19 琉加


「彼を 送ったの?」


竈の前に座る。さっきと同じとこ。


「祓ったよ」


ジェイドも座った。


「また水を汲んで 沸かしておいたわ。

コーヒー飲む? カフェラテだけど」


朱緒が袋から紙コップのインスタントコーヒーを取り出す。

そんなんまでキャンプ場から取って来てんのか...


ジェイドが「ありがとう。いただくよ」と言い

オレは無言で頷いた。


隣にいる琉地が オレの肩に前足を乗せ

髪に鼻を突っ込んで匂いを嗅ぐ。


やめろよ。今は遊ばねーよ。


そう思うけど

口を開く気力もない。


紙コップを受け取り、ぼそっと

お礼だけ言う。


「祓われると、どこに行くの?」


朱緒も カフェラテを飲みながら聞く。


「どこだろう。審判が下された先になるね。

煉獄なのか地獄なのか。天国なのか」


「... 悪魔として祓って、天国な訳ないだろ」

オレが言うと


「そうだな。だけど彼の枷を外すには、彼自身の納得が必要だった」と

カップから立ち上る湯気に息をかけた。


わかってるんだよ。半分くらいはさ。

終わらせなきゃならなかったことも

オレには 何も出来なかったことも。


けど、今は あんまり話したくない。


天国パライソに行くといいわね」


「朱緒。パライソっていうのは

極楽浄土とは... 」


「“御国がきますように”

観念みたいなものね。ここに、主は共に」


朱緒は自分の胸に手を置いた。


「でも、みんな楽園パライソへ行きたがっていたわ。

だから それでいいじゃない。

今、彼が そこに辿り着いていなくても

あたしたちが祈ることで、きっと彼は そこに近づくわ。彼の中にいつか御国パライソが訪れるのよ」


オレ見て言うなよな。

くそぅ。


「そろそろ あたしは戻るわ。

そのうち遊びにいらっしゃいよ。

あんた達がこの山に来る時は、ルチと旧道の方から来たらいいわ。またね」


「うん、また。食事とカフェラテをありがとう」


「ありがとな」


朱緒は オレらに手を振ると、狼に戻って駆けて行った。




********




竈の火の始末して、帰りもまた闇の中。


だる...

下り坂な分、行きより まだマシだけどさぁ。


どんどん歩いて、途中でちょっと休憩挟んでも

二時間くらいで洞窟教会についた。

座りやすそうな岩に座って水を飲む。


ここからはもう、教会墓地の近くの穴まで 一時間くらい。

けど、泥みたいに疲れてる時の 一時間って長いんだよなぁ...

出口付近には中腰で進む 高さ1メートル部分が

控えてるし。


ザックからチョコレートバーを出して食う。

溶けてるよな そりゃ。竈の前にザック置いたし。

なんとか棒状を保ってるけど包装の内側は チョコでドロドロ。


琉地が壁の十字架の前に二本足で立って、前足でカシカシと十字架を掻く。


「琉地、ダメじゃないか」


ジェイドが 十字架をライトで照らす。

十字架の周囲も照らして点検しながら、手を止めた。


「... 窪みがあるな」


窪み? 気になってチョコレートバーの包装をザックに突っ込み、オレも十字架の下へ行った。


ジェイドが指し示したのは、十字架のすぐ左下の石の壁の部分だった。

注意しなければ見えないくらいの薄い薄い窪みだ。形は小さい楕円型。


「これ、落ちてたメダイじゃねーの?」


「そうかもしれない。

最初に ここに着いた時は、メダイが嵌まっているようには見えなかったけど... 」


ジェイドは昼間、ここの十字架の下で祈ってた。

メダイに気づいたのは祈り終わった時で、何か落ちた音がしたからだった。


「暗いしさ、見落としてたんじゃねーの?

窪みに嵌まるかどうか試してみりゃわかるじゃん」


ジェイドはザックのポケットからメダイを取り出して、窪みに嵌めようと手を伸ばす。


カチ という微かな音を立てて、メダイが嵌まった。


ざ と、何かが ざわめいた。


琉地が 歌うような細い遠吠えを上げる。

頬に風を感じた。


風の精だ。


ざわめきが増していく。

風の中で、それは声になった。



『... 天にまします われらの父よ... 』


祈る声がする。


少し離れて、はしゃぐような子供の笑い声や

大人達が穏やかに話す声も。



『... 願わくは御名の尊まれんことを

御国の来たらんことを... 』


『... 田口様のおかげで

こうして生きることが出来る』


『待つことが出来る』


『祈りを』


『神の身許へ近づかれた同志のために』


『わたしの このこころのために』


ぼんやりと滲むような灯りが

あちらこちらの岩に灯る。



『... 御旨の天に行わるる如く

地にも行われんことを... 』


『生きねば』


『地を這ろうとも 尚』


灯りは次第に強くなっていく。

壁や十字架を照らし、天井までを照らした。



『... われらの日用の糧を

今日われらに与え給え... 』


『母さま パライソに行けるのですか?』


『お顔をよく、主に向けるのですよ

眼を開き、耳を開いて、お祈りなさい』



『... われらが人を赦す如く

われらの罪を赦し給え... 』


『いつか』


『いつか、お導きになられる方が

きっといらっしゃる』


『主が、この身を心を支配されるよう

わたしの内に御国がきますよう』


『いつか』



『... われらを試みに引き給わざれ

われらを悪より救い給え... 』


『生きろ 生きるのだ』


『いつか世にも 地上にも』


『いつか... 』


パライソを



風が止み、ゆるゆると灯りが薄れていく。


アーメン と

ジェイドが祈りを 確かに と宣言して結ぶと

また静寂が訪れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る