16 琉加


「... 琉地 ...ちょっと待って」


地下の洞窟教会を抜けると、道は ほぼ

登り坂と階段で構成されていた。


階段、っていっても

しっかりと段がある訳じゃない。

土に段が付いた登り坂って感じだ。

高さは 1.5メートルほど。膝にも腰にもくる。


五回目くらいの休憩中。

座って脚を伸ばし、水を飲んで

飴を 一粒口に入れた。


「うまっ!」


やたら甘く感じる。


「そろそろ行程の半分くらいは越えたかな?」


「どうだろな... 」


これ、一人だったら

よっぽどの理由がないと無理だな。

進んでも進んでも、無音に近い闇の登り坂。


さっきの休憩の時、二人でヘルメットのライトを消してみると

今までに体験したことのない闇に飲まれた。

本当に生きてるのか と、妙な気分になるくらいに。


「なぁ 琉地、あと どのくらい?」


琉地は あくびして鼻を鳴らす。

まだまだって風にも取れるぜ... 聞かなきゃ良かった。


水のペットボトルをザックにしまう時に、スマホで時間を見てみる。


「14時半?!」


穴に入ってから 5時間くらい経過している。


「休憩を取りすぎたかもしれない」


「けど、オレらは探検素人なんだぜ。

体力考えりゃ、休憩は妥当だろ」


とにかく、また進む。

生まれて初めて 杖が欲しい と思ったりしながら。


また 一度 休憩を取ると、側面の壁に手を着きながら、ひたすら登る。

この山って、高さ どのくらいだろう?

隣のキャンプ場の山は子供の時に行ったことがある。

確か、標高は 700メートルくらいだった気がする。

あんまり変わらなく見えたんだけどな...


「山の胎内にいる気分になるな」


「ジェイドおまえ、疲れてんな だいぶ」


オレもだけど。


「そう。こんなに身体を動かしたのは久しぶりだ。だけど生まれる時が来たようだ」


ジェイドの言葉に、自分の足元から視線を前に動かすと、洞窟内に光が差すのが見えた。


光あれ。


つい、旧約聖書の言葉が浮かぶ。

疲れてんな、マジで。


「... 抜けた」


あまりの眩しさに 眼を細める。

木の緑とか草の色が 静かに輝くように見えた。


草の上に へたっと座り込んで脚を伸ばす。

まぶたを閉じてみても やっぱり眩しい。

暑くても清々しかった。


「森の中だな。崖の側面に掘られている」


今、オレらが出てきた穴は

ジェイドが言うように、崖に掘られていた。


山の中腹辺りだと思う。

崖の下の森にいる。


「ハティが言った山村跡があるとするなら

崖の上なんじゃないか?」


「えっ! おまえ、そんなこと言うなよ!」


この崖を登るのか?

嘘だろ... 7~8メートルはあるしさぁ...


「地下の教会は 隠されていなければいけない。

それなら、今いる位置より下に村があったとは考えにくい。

洞窟に入るところを下から見られたら 意味がないだろう」


まあ、な。

崖を降りて行くより、どこかに登っていく姿の方が 見つかりやすそうだしな。


オレの隣で穴堀りしてる琉地に

「おまえ、抜け道とか知らない?」と聞いてみたけど、ワフッと くしゃみしただけだった。


「ちょっとさぁ、もう少しだけ休憩してからにしようぜ」


さすがに ジェイドも頷き、手袋を外している。


「手袋の前に ヘルメット取ったら?」


「ああ、被っていることを忘れていたよ」


ぼんやりしてるよな、相変わらず。


琉地が、だいぶ掘った穴から顔を上げて

ピッと耳を立てた。


「ルチ」


え? 女の声だ。


「誰が連れて来たの?」


崖の上から声がする。


見上げると、長く緩やかなウェーブの髪の女がいた。逆光で顔が よく見えない。


ウォ ウォ と琉地が答えている。

知り合いのようだが、オレもジェイドも警戒して立ち上がる。


女は なんと、その高さから飛び降りて

普通に着地した。


ブルネットの髪に碧眼。はっきりとした眉。

口角が上がり、ふっくらとした唇。

ロシア系かな? 日本人の顔付きじゃない。


ぴったりと身体を包む 赤いキャミソール。

乳、でか。

黒いレザーのパンツに赤いピンヒール。

山だよな、ここ...


「ヒトね。どっちが ルチの相棒なの?

どっちも ドロドロだけど」


胸の下までのウェーブの髪。女が 琉地に聞く。

また琉地が答えると、女の碧い眼がオレに向いた。


あ。

こいつ、人じゃない。


「あんたが ルカね。

子供たちに チキンやボールをもらったわ。

ありがとう」


「え? ... 待て、琉地

おまえの彼女か何かなのか?... 子供!?」


「違うわ。あたしは人妻なの。

琉地とは お友だちよ。亭主もね」


ジェイドが「山犬か?」と聞くと

「惜しいわね」と笑って、人から姿を変えた。


白銀の狼だ! マジかよ?

すげぇ... 霊獣ってやつじゃん、こいつ。


また女の姿に戻り

朱緒あかおっていうの。よろしくね。

山の こっち側にいるなら、あんたたちも名乗ってちょうだい。ああ、ルカじゃない子だけ」と

腕を組んだ。この辺は朱緒たちの縄張テリトリーりらしい。


「ジェイド・ヴィタリーニ」

ジェイドが手を差し出すと、朱緒が握手し

オレとも握手する。


「悪い子たちじゃないわね。ルチの相棒と友達だしね。でも、山で何してるの?」


「山村の跡を探してるんだ」


朱緒は「村跡ね」と、崖の上を指差した。


「上にあるわ。

ねえ、その穴。街に通じているの?」


オレらが頷くと

「じゃあ隠さないとね」と

碧い両眼を上に向けて ため息をついた。


「なんで?」


「亭主が遊びに行っちゃうからよ。

多分、しょっちゅうね。

お酒飲むと すぐ尻尾出すんだから。

“狼が... ” なんて、噂になっても困るの。

あ、そうだわ。

今は子供たちと寝てるんだけど、静かにね。

起きると面倒だから」


朱緒は「ついて来て」と 崖に沿って歩き出した。

「この上に登るなら、あたし達しか知らない道があるわ。案内してあげる」


琉地が 朱緒に並んで歩き出したので

オレらも ザックやヘルメット持って後に続く。


朱緒は 育児の合間のリフレッシュの散歩中だったらしいが、途中で 二頭の野犬に

「朱緒様!」と声を掛けられた。


「人ではないですか!

なぜ、こちら側に... 」


「あたしの客なの。上の村跡に用があるのよ」


二頭の野犬は、それを聞いてなぜか

「ああ」と納得する。


「お魚や山菜くらい用意しておいてちょうだいね。火も使うわ。それと、史月しづきには... 」


「もちろん、内密にいたします」


野犬の返事を聞いて、朱緒はニッコリと笑った。

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