13 琉加


カフェに バイクを停めて、中へ入ると

制服やジャージ姿の中学生たちが、窓際の席で

窓にへばりついていた。


「あっ、ルカさん!」


オレに気づいた仁成くんが言うと、みんな 一斉に

こっちを見る。仁成くんを含めて5人。


「よう、仁成くん。

一緒に来た友達は、ここに みんないる?」


「はい、います」


テーブルから会計用紙を取って

「オレさ、ちょっと十字架んとこ行って来るから、みんな まだ外に出ないでね。

後で戻ってくるよ。ピザか何か食う?」と

聞いてみる。


「えっ! いいんですか?」


「うん。おすすめで何か作ってもらうよ。

これ、預けとくわ」


持ってたヘルメットを仁成くんに手渡して、店のカウンターで 一度精算をし

「あと、これであの子たちに、ピザと何かおすすめでお願いします」と五千円渡して店を出た。


ジェイドが被ってた方のヘルメット被って

バイクで そのまま河原へ降りる。

坂になってるし、エンジンかけずに惰性で。



「やめて! 離して!」


女の人が両脇を掴まれて、二人の男に引き摺られている。


呆然と立ち竦んで それを見ている人。

しゃがみこんで震えている 二人。


ジェイドは 十字架の下で、憑かれたのであろう

おっさんの額を片手で掴んでいる。


「棄教しろ」


「バカを言うな。するものか」


掴まれている おっさんはジェイドの片手を両手で掴んで逃れようとするが、なかなか うまくいかないようだ。


「離してっ! どうして私なの?!」


オレが 女の人を引き摺る 二人の方に近づいている間に、呆然と立って見ていた人に髷の霊が近づいて憑いたのが見えた。

うわぁ、もう。大混乱になりそうだよなー...

でも とりあえず、こっちからだな。


「ちょっと待って」


女の人の腕を掴む 一人の前に立ち

両肩に手を置き、正面から虚ろな眼を覗く。


当然、髷の霊が入っている。


オレが肩を掴んでいる こいつは止まったけど

女の人は もう 一人に また引き摺られそうになって、泣きながら座り込んで 抵抗し始めた。


「いやよ、助けて!」


「すぐ なんとかします。ちょっと待ってください」


とは言ってもなぁ。憑かれた人に向き直ってみたけど、話して通じんのかな?


「身体から出なよ。

勝手に お邪魔したらダメじゃん」


「... 棄教しろ」


うーん、会話には なりそうにない。

キキョウって、棄教だよな?


「転ばせようとしてんの?」


転ぶ というのは、キリシタンに拷問を与えて棄教させた場合に使う。

転ぶと聞いて、虚ろな眼に力が見えた。


「棄教しろ。仏教に帰依するのだ」


「うん。じゃあ、棄教するよ。仏教に入る」


これ、うちの母さんだったら無理だろうな。

オレは軽く言えるけど、ジェイドもまだ

「しないと言っている」って言って

相手を地面に転ばせてるし。


「あれ?」


オレが肩を掴んでた人から霊が出て、憑かれていた人は気絶した。なんか簡単に身体から出たな。

憑いていた霊は その場に立っている。


霊の足首には、黒い足枷が見えて

そこから鎖が 十字架の方へ伸びていた。


霊は オレに背中を向けて歩き始めた。

しゃがみこむ人の方へと...


「ルカ! 枷には 聖水が効く!」


ジェイドが駆け寄って来る。


十字架の下には、さっきジェイドに転ばされた

おっさんが、気絶したのか ぱったり倒れていて

髷に袴の霊が ぼんやりと立っていた。


「聖水が?」


「かけたら枷が消えた。

だが、僕には憑依が解けない。

無理に解けば、強制的に審判の場へ送ることになる」


ジェイドは、今オレが憑依を解いた霊の足元に

聖水を振り掛けた。足枷と鎖が消えていく。

霊は立ち止まり、ジェイドを見た。


『これは... 』


おっ。霊に使う言葉じゃないかもしれねーけど

正気に戻ったっぽい。


「十字架の下に、あなたの仲間がいる。

そこにいてください」


ジェイドが言うと、霊は戸惑いながら

十字架の方へ向かった。


「枷を外せばいいんだな」


「そのようだ。僕が聖水で外すから

おまえは憑依を解いてくれ」


ジェイドが他の霊の元へ走って行く。


オレは「お待たせしました」と

女の人を引っ張るヤツの肩に手を置き、中の霊と眼を合わせた。


「オレ、クリスチャンなんだけど棄教するよ。

仏教に入るから」


やっぱり霊は呆気なく離れる。

泣きながら座ったままの女の人の隣に、憑かれていた人が倒れた。


「ジェイド、こっちも頼むー!」


ジェイドは大半の霊の枷を外したようで、髷に袴の霊たちが、十字架を目指して歩いて来ている。


「ルカ、おまえは こっちだ。

そっちの霊と、彼の憑依を離せば最後だ」


ジェイドが憑かれた人の腕を引いて来る。

腕を引かれながらも尚、棄教を迫る相手に

「するものか。頭を冷やせ」と

律儀に答えながら。


「棄教はオレがするよ。仏教に入るし」


また すんなりと霊が離れた。


ジェイドが枷に聖水を振りかけ

「最後だ」と、座って泣いている女の人の隣に立つ霊の枷も消すと、十字架も消えた。


「なんで? どうなってるんだ?」


「さあ...

でも今は、あの侍たちを送らないと。

あなたたちも仲間の元に行ってください」


ジェイドが霊たちに言うと、霊たちは戸惑いながら歩き出した。



にぃ、しぃ、ろく... 全部で9人か。


「お役人さんたちって、キリシタンを転ばせてた人たちだよね?

なんで急に出てきたんだよ? 今さらさぁ」


髷の男たちは顔を見合わせる。


『... 永く眠っていた気がするが』

『わからぬ。気づくとここに』

『我らは成仏しておらなかったようだ』


えー...

本人たちにも、わからねーのかぁ...


「罪は等しく赦される。祈ることによって」


ジェイドが言うと、男たちは狼狽うろたえた。


『いや、そのような... 』

『我らは数多くのキリシタンを... 』


「もう関係ない。あなたたちは死んだんだ。

いつまでも囚われることはない。

あなたたちが忘れても、僕らは忘れない。

だから、安心して逝くがいい」


霊たちが黙ると、ジェイドは祈り始めた。


「主よ 永遠の安息をかれらに与え

絶えざる光を かれらの上に照らしてください」


オレも両手の指を組み、ジェイドの祈る声を聞きながら、彼らの罪が赦されるようにと祈る。


「人類の救いをよろこび

罪人をゆるされる神よ

いつくしみをもって わたしたちの祈りを

聞き入れてください」


霊たちも眼を臥せ、手を合わせたり

自分の胸に片手を置いて、それぞれに祈り始めた。

少しずつ輪郭が薄れていく。


「この世を去った わたしたちの兄弟が

聖母マリアとすべての聖人の

取り次ぎに助けられ

罪の束縛から解放されて

終わりのない喜びに入ることが出来ますように

わたしたちの主 ジェズ・クリストによって

アーメン」


ジェイドの祈りが終わると

霊たちは、まだ暮れてきたばかりの空気の中に

穏やかな表情で溶け込んでいった。

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