時間は 21時になるところ。


バイクで先導するルカに案内されたのは

住宅街から少し外れた場所にある教会。

四の山、キャンプ場の山の麓だ。


沙耶ちゃんは 店に占いの予約客が来るということで、来たのは オレと朋樹だけ。

まあ、いつもの感じ。


車を近くのパーキングに入れると、ルカが待つ

教会の門へと歩く。

ルカは教会の門の隣に、塀に沿ってバイクを停めていた。


「路駐じゃねぇの? いいのか?」と 聞くと


「ハティは 教会に入らねーし。

歓迎されてないから って」と言う。


ハティ ってのは、ハーゲンティのことのようだ。


「ハーゲとか ハゲだと イヤみたいなんだよなぁ。

この国では侮辱的な意味を持つ、とか

抗議されてさぁ」


まあ、そうだろな。

ハーゲンティは ルカの用が済むまで、バイクに座って 読書をするらしい。



鉄柵の両開きの門を開け、門の内に入ると

周囲には、外塀に沿うように 木が植えられ

芝生の地面には、門から教会まで 石畳が敷かれている。


小振りな白い教会からは、光が漏れていた。

カラフルなステンドグラスに、ランプのような

緩い灯り。


「遅くまで開いてんのな。

いつでも入れるのか?」


朋樹が 教会を見上げながら言う。

屋根の先端には 十字架が据えられている。


「いや、普段は 夜8時くらいまで。

告解とか相談があれば別らしいけどー」


教会の両開きのデカイ扉を開けると、整然と 二列に並べて置かれている長椅子の 前の方の席に、

男が 一人座っていた。


アッシュブロンドの髪、ジェイドだ。


ジェイドは 長椅子から立ち上がり

「こんばんは」と、長椅子の間の通路をオレらの方に歩いてきた。


昨夜の その辺りにいるようなラフな格好とは違い、いかにも神父 って感じの出で立ちだ。

だが雰囲気は昨日と変わらず、穏やかで緩やかなものだった。


昨日は 賭けの最中で、榊が帰ったこともあり

よくは見ていなかったが

ジェイドは、綺麗という表現が似合う顔をしている。


アッシュブロンドの髪の下の、薄い色のブラウンの眼。陶器のような白い肌。

彫りが深い... というのか、眉の下に影ができ

正面から見ても その高さがうかがえる鼻。


唇の形は男だが、その色は女みたいな桜色をしている。本当に祓魔の儀式とか出来るんだろうか?



「タイガくんとは、昨日 お会いしたね」


「あ、うん」


オレが なんかマヌケな返事をすると、ジェイドは笑って、朋樹に

「はじめまして。ジェイド・ヴィタリーニといいます」と、握手を求めて 右手を差し出した。


「雨宮 朋樹、です」

朋樹も ぎこちなく自己紹介とかして

握手に応じる。


なんつーか、仕事の時に客に挨拶する時とは

ちょっと違うしさ。

朋樹の照れた顔が面白くてニヤケていると

ジェイドは オレにも手を差し出してきた。


「あ、梶谷 泰河っす... 」


オレも握手に応じると

ジェイドは「改めて、よろしく」と笑った。


オレの隣では朋樹がニヤケている。くそ...


「なぁ、ジェイドー、裏で話そうぜー。

どっちにしろ時間まで まだあるしさぁ」


「うん、そうだね」


教会の前方の高い位置に据えられている 十字架に磔にされたイエス像に、ジェイドは 軽く眼を臥せた。


前方の壁の左端には 通用口のようなドアがあり

オレらは そこから教会の裏へ出た。


教会の裏には、右側に 二階建ての小さな家と、

左側に 家庭菜園規模の小さな畑がある。


「この教会の 前の神父の家なんだ。

教会に入る時に、この家も貰い受けたんだよ」


「どうぞ」と、通された家のリビングには

広い木のテーブルを挟み、長いソファーが二つ。

その 一つに オレと朋樹が並んで座り、対面にルカが座った。


赤ワインのボトルとグラスをテーブルに置き

ジェイドも ルカの隣に座る。


「僕は 最近こっちに来たんだけど、日本はきれいな国だね」と

ジェイドが四人分のグラスにワインを注ぐ。


ジェイドは 神学校を出ると、一度イタリアの教会に入り、そこからの推薦で

バチカンのエクソシスト養成講座を受け

エクソシストとしても活動し始めていたようだ。


しばらくして、ルカの妹の件が起こった。


ルカの両親は、元々ルカの母親の知り合いであるこの教会の浅井神父を頼ったが、何度目かの儀式の途中で神父は倒れたらしい。


神父は 70歳を超える高齢ということもあり、そのまま入院することとなってしまった。


困り果てたルカの母親は、自分の兄... つまり ジェイドの父に連絡を取ると

翌々日、ジェイドが日本へ到着した。


ルカの妹と対面する前に、ジェイドは病院に入院している神父の元へ向かった。

見舞いをし、儀式や相手の概要を聞くためだ。


「相手の悪魔は、名乗らなかったらしいんだ。

何度か儀式をして聞き出そうとしたようだけど、べリトだとか ベルゼブブだとか

適当な名前を言ったみたいだった」


日本には、エクソシストは いないらしい。

養成講座自体もなく、なかなかバチカンへの推薦ともならない。そもそも必要性が低い。

この国で人に憑くものといえば

大方、狐などの獣や人霊、生き霊とかで

悪魔という概念自体が薄かった。

神道や仏教という日本の宗教を考えれば

そうなんだろうと思う。


人々が信じるものによって、神々が住み分けをしているように、魔と呼ばれるもの達も住み分けているようだ。

認知されないのなら存在するのは難しい。

オレらの根底に根付いているものは、古来から語られるこの国の妖の者達だ。

人霊、化け狐や鬼はいても、悪魔は少ないのだろう。


神父も エクソシストではなかった。


それでも、救いたい 一心で

エクソシスムについて出来るだけ調べ

祈り、儀式を執り行った。


「でも、ムリなんだよな。

オレも出来ることはしようとしたけど、通用しねーんだよ、まったく」


ルカは 自分のグラスの中のワインを見ながら

「根が違うんだ」と、めずらしく難しい顔をしている。


「浅井神父は無理をして それに臨んでた。

神父が倒れたのは、その悪魔に

『お前を呪ってやる』と言われた日だった」


ジェイドは神父を見舞った後、ルカの妹の悪魔祓いに臨んだ。


神父は祓うことは出来ずとも、幾度かの儀式で相手を弱らせていたこともあって

ジェイドは 一度の儀式で そいつを祓った。


悪魔の名は、まったく無名のものだった。

大物の名を騙ることは よくあることらしい。

これで ルカの妹だけでなく、神父の呪いも解けた。


「病院の神父に報告に行ったんだ」


ジェイドが病室に入ると、窓から差し込む陽光の中で、神父は穏やかな顔をしていた。


「すべて終わったのだね?」と微笑み

ベッドに横たわったまま、両手でジェイドの手を取った。

「よくやってくれた、本当にありがとう」


ジェイドが頷くと、神父は

「君に、教会と私の家を託したい。

どうか この地で苦しみ悩む兄弟姉妹たちを

救ってはくれないだろうか」と告げた。


躊躇するジェイドに

「君には本当に感謝している」と述べ

そのまま、静かに瞼を閉じた。


神父は入院中に、ジェイドが元いたイタリアの教会やバチカンにも許可を得ており

この教会や家を譲る手続きもすべて済ませていたという。


「浅井神父の葬儀の後だった」


神父が墓地に埋葬された日、ジェイドは視線を感じていたらしい。


「あれは、悪魔のものだ。

この国にも同じ信仰をもつ人達がいる。

元々は この地のものでないモノ達も、徐々に人々に近づけるようになってきている。

それに、この教会は... 」


ジェイドは 一度視線を空中に さ迷わせたが

その先を続けることはなかった。


「日本は美しく、おもしろい国だ。

なんでも受け入れる。表向きはね。

僕は、この国で暮らすことにした」と

ジェイドは右手に持ったままだったグラスに

ようやく口をつけた。


「なんといっても 春には毎年桜が見れるようだし、ここには ルカたちがいるしね」


ジェイドが言うと「おう、まぁなー」と

ルカが照れ隠しに グラスを 一気に空けた。

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