「おっ、氷咲くん。

ごめんね、急に呼んだりして。

忙しかったかな?」


「いや、暇っすよ 全然」


昨日は 映画観て、父さんと酒飲んで

今日も実家でゴロゴロしていると、仕事の電話で呼び出された。


ビルの 一階にある小さな店にいる。


ここは... 良く言えば、古物店とか

アンティークショップだけど

リサイクルショップに毛が生えた感じだな。

すげぇ値段の掛け軸とかは ないけど

そこそこな値段の絵とか食器はある。


オレは当然、価値の目利きは出来ないけど

違う目利きのために、時々呼ばれる。


「いやぁ、通販で買い取り始めたら

がばっと物が増えちゃってねぇ...

バイトの子が、絵か喋るって言うんだよね」


「えっ、すごいっすね。どの絵?」


オーナーのおっさんが指したのは

印象派の画家の絵の、よく出来た贋作だった。

日傘をさす白いドレスの貴婦人を、見上げる位置から描いてるやつ。


オレは その絵の前に立って、意識を向けた。


うーん、何もないと思うんだけどー...


「なんかねぇ、三上さん... あ、バイトの子ね。

その子が言うにはさ

その絵から “こっちだ こっちだ” って 聞こえた

なんて言うもんだから、気味悪くてねぇ」


「うん、それは気持ち悪いっすね。

男の声で? 女の声?」


「あっ、聞いてなかったわ。

三上さんに電話してみようかな」


おっさんが店の電話に手を伸ばした時に、その声は聞こえた。


『こっちだ こっちだ』


子供の声だ。

ただし、絵ではなく 背後からだった。


「氷咲くん」

「聞こえましたね。探してみます」


おっさんはビビりながらも、気持ちワクワクしてるように見える。

この人絶対、UMAとかも好きだな。


振り向いて背後を見ると、そこには

細工硝子のグラスが並んだ棚があった。


この中の ひとつかな?

移動するようなやつなら、また違うとこに行っちまったかもだけど。


グラスの ひとつひとつをチェックする。


もう 一回喋らねーかな?

子供の声って幼いと、男の子か女の子かわかりづらいよなー。


あっ、いた


いたけど、そいつは特に害があるヤツじゃない。

物の精、付喪神つくものかみって言われるヤツだ。

今は赤いグラスの中で

シャボン玉みたいな形で入っている。


グラスに指を入れて触ってみると

そいつは、一輪挿しの花瓶の付喪神だということがわかった。


「店に、硝子の 一輪挿しとかあります?」


おっさんに聞くと「あれかな?」と、棚の下の段の隅を指差した。


オレは その 一輪挿しを手に取り、赤いグラスの中の付喪神を、元のそれに戻した。

こいつ、本体離れて何やってたんだろ?


絵やグラスを もう一度チェックするが

そこには やっぱり何もない。


一輪挿しを持ったまま 狭い店内をうろつく。


しばらくは何の反応もなかったけど

店のレジの下に置いてあった段ボール箱に近づくと、一輪挿しは手の中で震えた。


おっさんに その段ボール箱の中身を聞くと

閉店する同じような店から引き取った物が雑多に詰まっているようだ。


「そうそう、その段ボールの中身の物も

氷咲くんに みてもらおうと思ってたんだ」


段ボールを開け、中身を確認する。

木製コースター、湯飲み、絵皿、懐中時計...

ひとつずつ手に取り

問題ない、これも、と チェックしていく。


... これは元の持ち主のとこに帰りたがってんな。

そういうのは、脇に どけておく。


次に、手鏡を手に取った。


「あっ」


「えっ? 何? どうしたの?」


これだ。


「これ、ヤバイっすねー」


ブロンズのフレームの手鏡には

持ち手にも背面にも葉の模様が彫られていて

鏡面には 少し腐食も見られた。


「やばいって、どんな?」


おっさんは興味津々な表情だ。


「怨念っすね。

鏡面はあんまり見ないほうがいいっすよ」


端があちこち腐食した鏡面には、憎悪の眼をした青白い皺肌の女が覗いていた。


おっさんは、オレの言ったことに腰が引け

茶色い厚紙を持ってくると、それに手鏡を包む。


「氷咲くん、なんとか出来ないかな?」


「あ、オレ無理っす。

もっと力がある人に頼むか、お寺とかに引き取ってもらった方がいいっすね」


「うーん、そうかぁ...

鏡自体は かっこいいんだけどなぁ」


「でも、念が強すぎますねー。

そのうち悪いもん呼びますよ、それ」


おっさんは慌てて、厚紙に包んだ鏡をレジの棚に置いた。今日明日にも寺に持っていくらしい。


「あと、この懐中時計は元の持ち主がわかったら、そこに戻してやったほうがいいです。

ここに置いといたり、他の人に買われても

動くかなんかしますね。寂しくて。

他の物は、特には問題ないです。

さっきの硝子の 一輪挿しは、出来たら売らずに店に置いといた方がいいっすよ。

あの鏡のことを伝えようとしてたし、店とオーナーさんを気に入ってます」


仕事の料金は、いつものように振り込んでもらうことにして、オレは古物店を出た。



うーん...


仕事の後、よく思う。

中途半端なんだよな、なんか。

目利きは出来ても、さっきみたいにオレには対処出来ないもんもあるし。


霊とかの場合だと、普通のやつなら話聞いてやって、説得でなんとか出来ることもある。


けど、憎悪してるのが常態のヤツは

オレには無理だ。


こっちが話したって 何も聞きゃしないし

そいつも語ったりしない。

口に出すのは おどろおどろしい怨念の言葉だけで、会話が成立しない。


もう元の人物より、憎悪の感情の方が本体なんだよな。

下手したら、本体はスッキリと成仏してて

念だけが残ってたりする。


けど、そういうのに当たる度に

こうやって断り続けんのもなぁ...


ちょっとコーヒーでも飲もうかと

カフェにバイク停めて、店内に入る。


エスプレッソをダブルで注文して、奥の方のテーブルについた。


コーヒーは、実家のやつに慣れていて

どこで飲んでもちょっと薄い気がする。


うちでは、直火でコーヒーを淹れる。

母さんがイタリアから持ってきたアルミとかステンレスのコーヒーマシンで。


濃さは、エスプレッソより薄く、普通のコーヒーよりは濃い。

豆にモカを使っていなくても、モカコーヒーと呼ばれるらしい。


まあオレが、そういうコーヒー出してくれる店を探しきれてないだけなんだろうけど。


テーブルに置かれたカップのエスプレッソ飲みながら、窓に眼を向けると

道の向こうの河原沿いの桜の花びらが

風に舞うのが見えた。


いいよな、春って。


河原にはタンポポもたくさん咲いているようで、柔らかい草色の中に、明るい黄色の花がたくさん見える。


これ飲んでカフェ出たら、河原に寄ろかな... とか考えてると、スマホが鳴った。


知らない番号からだけど、仕事用にとったセカンドナンバーにかかってきたし、そういう電話だな。


電話に出て話を聞いてみると

中学生の息子の様子がおかしい、という

母親からの、疲れた声の相談だった。


「すぐ伺っても 大丈夫ですか?」


住所を聞いて、エスプレッソを飲み干すと

そこへ向かった。

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