20



神父の葬儀が終わって、二週間が経った。


ジェイドは まだ日本にいる。


イタリアの協会に連絡すると、ジェイドがいた

教会に 後任の司祭が決まりつつある という。


『日本の教会に入るかもしれない と、こちらにもバチカンにも、日本の協会から連絡を受けていたが... 』


「まだ、考えています」


『どちらにしろ、決まり次第連絡を。

こちらにしてみると、ヴィタリーニ司祭が退くことは痛手だが』


... と、いうことらしい。


どうして神父は、会ったばかりの ジェイドに

自分の教会を任せようと思ったんだろう。



「この国は、なんでも受け入れるんだね」


オレの仕事に付き合った時に

ジェイドが言った。


「一体、どれだけの神がいる?

人や動物でなければ神 って 感じがするね。

興味深いけど、危険も多い。

良くないものも受け入れてしまうから」


ジェイドは、神父の葬儀が終わってからも

まだ何かの視線を感じているようだった。


『... なんかさぁ、うちらより 一個下の子が

行方不明になったらしいよ。

学校も違うけど、怖くない?』


『やばいよね』


隣の リンの部屋から

マユちゃんとミサキちゃんの声がする。

二人は声がでかい。元気だな、今日も。


リンは退院し、今学期いっぱいは学校を休むことになった。

けど、スマホにたくさんの連絡が 二人から入っていたので、リンから連絡すると

二人は毎日 学校の帰りに寄って帰る。


新学期に入ってからずっと、手分けして

リンのノートを取ってくれているようだ。


『っていうか、リンのお兄ちゃん

実は かっこよくない?』

『あの金髪のキレイなお兄さん誰?』


オレとジェイドは顔を見合わせる。

つーか、“実は”? それ 要らんくね?


『イタリアの従兄弟だよ。

お見舞いに来てくれたの』


リンが言うと『いいなぁ!』と

一際でかい声がした。


『ジェイドは わかんないけど

ニイは余ってるよ』


リン...


『いやーん、まじで?』

『ちょっとだけ、お部屋に突撃しない?』


なんか やばいな...


その時、ちょうどオレのスマホが鳴った。

山口からだ。


部屋がノックされ、ジェイドが出たが

通話するそぶりのオレを指差し

リンの友達たちは すごすごと退散した。


電話に出ると 山口は

『氷咲にさ、前に電話もらってたよね?』と

普通に言った。

それ、だいぶ前だぜ。今さらかよ...


『ちょっと忙しくてさ。その日は かけ直せなかったんだけど、そのうち忘れちゃってて』


「あ、うん」


『で、何?』


「山口さ、レナちゃんて覚えてるか?」


山口は 電話の向こうで少し考え

『あたし、見たよ』と答えた。


山口は 忘れていなかったらしい。


「見た? って、どこで?」


『彼氏とキャンプいったんだけど、キャンプ場の山の麓に 教会があるよね?

その裏の... あれは 教会のお墓なのかな?

そこに 一人で突っ立ってた。

あたしは車だったし、見かけただけだけど』


「マジか! ありがとうな!」


またそのうち飲もうぜ、と電話を切り

ジェイドと家を出た。



教会の裏側には、歩いて行ける距離に教会墓地がある。神父も ここに埋葬される予定だ。


墓地の近くにバイクを停め、ジェイドと墓地に入った。

ジェイドが 死者の為の祈りを捧げる間、少し待つ。


平らな墓石や 十字架が並ぶ向こう

大きな木の下に、レナちゃんが立っていた。


ツインテールに 黒いリボン。

黒いタイをつけたシャツに 黒いスカート

あの時と同じ格好だ。


オレと ジェイドが近づくのを、レナちゃんは

黙って見ている。


「久しぶりだね」


オレが言うと、レナちゃんは微笑んだ。


「君は、何者なの?」


レナちゃんは答えずに

「預言は成就されましたね」と 言った。


「妹さんは、よく頑張られました」


ジーパンのポケットから、魔法円の紙を取り出して、「これは、君が描いたの?」と聞くと

レナちゃんが頷く。


「天使の印です」


「違うよ。これは ソロモンの悪魔の魔法円だ。

間違っているけどね」


ジェイドが口を挟むと、レナちゃんは空中に視線を浮かせた。


「でも、あの方は... 」


“あの方”?

そいつが 言葉を預けているのか?


「誰が、これを教えたの?」


レナちゃんは少し迷って、微かに首を横に振った。


「... 預言は、成就されます。

あなたも この地に留まる」


ジェイドに眼を向けて言う。


ジェイドが、日本に来るってことも

誰かが画策したことなのか?


いや、そんなこと 出来るはずがない。


「それが、五つ目の預言」


「誰が 君に預言してるの?

どうしてそれを守ろうとする?」


レナちゃんは微笑んだ。


「私、17年前に死んだの」


えっ? だって身体が...


レナちゃんの首に 青黒い縄の跡が浮かぶ。


「だけど、迷いから救われた。

そして預言が成就された時

私は、天に昇ることが出来る」


レナちゃんの輪郭が 白く淡い光に包まれ

首の跡が薄れていく。


オレが もっと近づこうとするのを

ジェイドが腕で制した。


「どうか、私のために... 」


祈って


レナちゃんは 身体の奥から光を発すると

灰になって、その場に崩れ落ちた。




********




あれは、なんだったんだ...

ジェイドにも わからないという。


山口に連絡してみたが

もう、レナちゃんのことは忘れていた。


「あーあ、イタリア 行きたかったなぁ... 」


庭に咲く グラジオラスの花や

ダリアの蕾を見て、リンが言う。


今年のイタリア行きは 断念したようだ。

それも自分で決めたけど、やっぱり何か燻っているらしい。


リンはまだ、外に出ることが出来なかった。

夜中も頻繁にうなされるので、最近は母さんと

一緒に寝ている。


「イタリアは 逃げないよ」


ジェイドが リンの隣に座って言う。


「たった半日で着くしね」


「うん... 」


リンが、花を見ながら頷くと

ジェイドは 自分のロザリオを リンにかけた。


「あげるよ、お守りにね」


リンは ジェイドの顔を見た。


「いいの?」


「いいよ、僕は新調するよ。

ちょうど僕も お休み中だし」


ロザリオの十字架を手に取って見つめ

リンは ほっとした笑顔になった。


「ありがとう」


ジェイドは リンに微笑み

「竜胆、たまには僕とデートしないか?」と

誘った。


「でも... 」


「大丈夫だよ、僕がいるから。

ルカの服を借りてばっかりだし、ちょっと買い物したいんだ。一緒に選んでくれないかな?」


リンは思いきったように頷いた。


「でも、それには軍資金がいるね」


ジェイドが言うと、二人でオレを見る。


「行って来い」と

財布を ジェイドに投げて渡した。



「母さん、なんか手伝うことある?」


母さんは リビングで、昼間の よくわからん

テレビドラマを見ていた。


「ん? ないわ... 」


観入っているようで、そっけない。


暇だよな、なんか...

こないだまでより ずっといいけど。

ちょっと家に戻るかな。


母さんに 一言いって、実家を出た。



暑くなってきたよなー、ずいぶん。


ジーパンの中には なけなしの小銭が少し。

コンビニに寄って炭酸水を買った。


バイクに腰を下ろして飲んでいると

駐車場に車が入ってきて

降りて来たヤツに なんとなく眼を止める。


そいつは、誰かと通話中で

「なんだそれ、めんどくせぇな」とか

言いながら、コンビニに入って行った。

誰だろう?


なんか見たことあるような気がするけど

知り合いとかじゃない。


あ、あれに似てる。


リンが観てた映画の時は 子供だったけど

若くで死んだ俳優に。

つんとした鼻とか、涼しげな眼とか。

髪 伸ばして 顎ヒゲがなきゃ もっと似そうなのに、惜しいな。


それで、見たことあるヤツな気がしたのかな?


ま、いっか。


オレが ヘルメット被ってバイクに跨がると

そいつはまたでかい声で喋りながら、コンビニを出てきた。騒がしいヤツ。


自分の車に向かいながら

「朋樹、おまえ ふざけんなよ!

それは おまえの仕事だろ?」と、悪態をついている。


ともき?


古い記憶が甦る。


いや、まさかな...


そいつは もう、駐車場から車を出して

走り去って行った。

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