第18章 開かれた未来(2)

 マースに見せて貰った過去の中でコレットはと言っていた。それが本音なら。この問いの答えはあまり良いものではないだろう。不安で満ちた瞳でコレットを見上げる。


 コレットは柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと娘に近付いて……


「……何を言うかと思えば……」


 そして、一人娘を胸に抱き寄せて頭を撫でる。


「え?」


 エルカは目を細めた。

 コレットの言葉が耳にではなく、頭の中に流れ込んでくる。


『最初は哀れな子だと思ったわ……

 私の子供として生まれてしまった可哀想な子って……


 私は誰も愛することができない魔女。

 私を愛した男すら傷つけるような酷い魔女。

 実の兄を見下してばかりのちっぽけな魔女。

 そんな魔女から生まれてしまった不幸な子。

 ただ、そう思っただけ………


 でも不思議ね。

 別れてからは、娘のことが気になって仕方がなかったの。

 何で、気になるのかわからない。

 娘が理不尽な仕打を受けるのは耐えられなかった。


 自分でも理解できない感情が産まれていた。

 愛情なのか、わからない。だけど、

 抑えきれなかった。


 だから、

 私が娘を引き取ろうとも思った。


 でもそれは、父から孫娘を取り上げる行為になる。

 ナイトくんから妹を奪う行為になってしまう。

 私は二人から生きがいを奪うことはできなかった。


 私は貴女の母親になることを放棄してしまった愚かな魔女。

 そんな愚かな魔女のまま生きることにしたの。


 棺の中でも言ったわよね、それでも私は母親だって。

 今は、それなりに母親の自覚があるぐらいには……


 貴女のこと大事だから』


 エルカは目を瞬かせて、コレットを見上げる。


「……ほ、本当に?」

「もちろん」

「……ありがとう……どうしよ、うれしいの」


 目尻の涙を拭いながらエルカは笑みを浮かべる。


「すぐに泣いて、困った子ね」

「だって、嬉しいのだもの」


 泣いたら恥ずかしいのに、とめどなく流れてくるのだ。


「ところで、さっきから目をキョロキョロさせているけど……を探しているの?」


 その一言で、エルカの涙は止まった。

 エルカの視線は無意識に左右に動いていたらしい。

 目覚めてからずっと、ここにはいない誰かを探していたのだ。


「だ、誰って?」

「当ててあげるわ。ナイトくん?」

「今は、ナイトとは会いたくない」

「じゃあ、ソルくん?」

「気になるけど、ちがう」

「じゃあ……」


「……は何処にいるの?」


「隣の病室よ」

「……私、行ってくる!」


 エルカはベッドから跳ね起きると、側にあったストールを羽織って病室から駆け出していった。その背中にコレットは微笑ましいものを見るような視線を向ける。


 そして、視線をグイッと動かす。その先はカーテンが閉ざされた窓辺。


、ですってね」

「嫌われること、しましたからね」


 エルカは気が付かなかったが病室の隅っこで兄ナイトは立ち尽くしていた。

 気配を消して声を出さずに母娘の様子を見守っていたのだが、今は顔を青くして何かに打ちのめされたような表情を浮かべている。


「私があの子の質問に何と答えたか気になる?」

「あいつの反応見れば分かりますよ。嬉し泣きさせるようなことを言ったのですよね」

「教えないわよ。母と娘の大事な会話ですから。あの子からも聞き出さないようにね」

「聞きませんよ」


 ナイトがしょんぼりと肩を落としていると、病室の扉が開いた。


「あいつどうしたんだ? 血相を変えてルイの病室に入っていったけど」


 病室に足を踏み入れながらソルが首を傾げる。

 

「ソル、丁度良い所に来たな」

「何がだ?」


 ソルはナイトの声がした方に首を動かした。次の瞬間、


「ぐぇ」


 ナイトの拳がソルの鳩尾に打ち込まれる。

 身体はくの字に折曲がりそのまま背中から倒れた。

 ソルの視界には白い天井が映った。


「……ナイトくん、八つ当たりは良くないわ」

「そうだぞ、俺だって怪我人なのに」

「そこにいるのが悪いんだよ」

「何だよ、それ」


 睨み合う二十歳の男たちを交互に見て、


「心配になってきたわ。私の娘をこの二人に任せるのが」


 そんなことをコレットが心配している頃……

 隣の病室ではルイが目を覚ましていた。

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