第17章 開扉される棺(2)

 ソルの父親……

 その姿を脳裏にかすめただけで気分が悪くなる。

 暗い目の男だ。

 笑顔に見えない、不気味な笑顔を浮かべて立っていた。


 その足が、近付いてくるのを想像して首を横に振る。


「君にとっては、嫌な存在だね」

「……あの人は嫌い」


 彼はエルカの父親になろうとしていた。

 エルカは。そこに違和感を覚えていた。

 だけど、あの不気味な笑みを見る度に思考は停止される。

 あの微笑には底冷えする何かが潜んでいた気がする。


「あの男が君と出会うことは避けたかった。それなのに出会ってしまった」

「私たちが出会うことは避けられなかったのよ」

「そのようだね」

「女の子は要らない……それは組織の意見。あの人の本音は別にあった……だから私と接触したのだと思う……あの人の目的なんて興味ないけどね」

「目的か、心当たりはあるのだけど」

「それ以上は言わないで。それは父さんの憶測だよね? 最後の会話で不安を煽るような発言はしないで欲しいの」


 エルカは、何かを言いかけた父親の口を手で制する。知りたいのは真実であり、憶測ではないのだから。娘の強い眼差しを受け、マースは柔らかい笑みを浮かべた。

「そうだったね、でもこれだけは……あの時も、今回も怖い思いをさせたことは、すまなかったと思う」

「大丈夫だよ。今頃、怖い思いをしているのはあの人だから」


 彼は地下へ続く急な階段から転げ落ちた。


 闇の中に取り残されたのだ。

 どんなに目が慣れても、黒色一色の闇を映す空間。

 見えないどこかに家具が置かれている。知らないで箪笥の角につま先を当てている可能性は十分あり得る。


 今頃は救出されているだろう。だが十分な恐怖心を抱いたはずだ。

 下手をすると気が狂ってしまっているかもしれない。


「ハハハ、そうだったね。あちらにはコレットもいる。だから更に酷い目を見ているかも」

「そうなの?」

「彼女はボクより優秀な魔法使いで、誰よりもサディストだ。あの男とも面識はあるし、ボクの知らないところで因縁があったのかもしれない」

「……あの二人は面識があったのね………」

「奴はボクがコレットの兄だと知っていた。組織は優秀な魔法使いたちを警戒している。コレットのことも父のことも」

「……父さんに近付いた……本当の目的はコレット魔法使いの息子が欲しかったから」

「そうだよ。魔法使い同士、身内同士なら男が生れる可能性は高くなるからね。優秀な魔法使いの子供なら優秀な魔法使いが生まれる、魔法使い同士であれば更に強い子供が……身内ならもっと強い……彼らは、そう考えた。そこで、相手として身内であるボクが選ばれた」

「だけど、生まれたのは私。魔法使いの女の子……それは彼らにとっての予想外だろうけど優秀な魔法使いの子供には変わらない、どうして私は無事なの?」

「奴らは魔法使いの男に拘っていた。だから女の子が生まれた場合……エルカのことを祖父に預けるという約束をすぐに交わした」

「約束、守る連中ではないでしょうに」

「だから、すぐに預けた。エルカを父に預けることが出来ればそれで良かった。父の魔法は強力だろ?」

「……うん」

「優秀な魔法使いの力は偉大なのさ……この世から旅立っても君たち三人を守っている」


 それを聞きながらエルカは笑みを零す。

 エルカは優秀な魔法使いの娘である。つい先ほどまでは赤点ギリギリ常習犯として、両手でバケツを持って立たされレウ


 優秀な魔法使いからは、優秀な魔法使いが生まれる、それが正しいのならおかしいことがあった。


「残念ながら、私は劣等生よ」

「ボクも偉大な父の息子だが劣等生だ」

「それじゃあ。私は劣等生の父さんの娘だから、劣等生なのかも」

「魔法使いの才能に血筋は関係ないさ。本人次第なんだからさ……自分の才能のなさをボクの所為にしないでくれよ……そういう意地の悪そうなところは母親似かもな」

「はーい」


 優秀な遺伝子を持ちながら、マースとその娘エルカには才能がなかった。不完全な二人の魔法使いは互いを見て皮肉気な笑みを浮かべる。


 ふと、エルカの視線はルイに向けられていた。

 気を使ってくれているのだろう、ずっと黙っている大事な友人を見る。


 彼は目を閉じて、両手で耳を抑えていた。

 それで自分の存在を隠しているつもりなのだろう。

 その手をエルカは強引に剥がした。


「何してるの?」

「え? プライベートな話を僕が聞いたらいけないような気がして」

「別に、貴方に聞かれて困ることは話していないよ……」


「私、自分に魔法の才能があるかどうかなんて興味ないよ」

 そう言ってエルカは再び父を見上げる。

「そうだね」

「だって、ルイくんと生きるのに魔法の才能なんて関係ないもの」

「!」


 ルイが顔を上げてエルカを見つめた。

 爽やかな笑みを向ける少女に、ルイも笑みで返す。


 エルカが側にいたいと強く思うのはルイという少年だった。

 ルイと共に在る為に魔法使いである必要はなかった。


「彼の側で生きるのに、魔法使いである必要はないでしょ?」

「そうだね、魔法使いとして生きるつもりがないのなら、優等生だろうと劣等生だろうと関係がない。僕も同じ考えだったよ。父娘だからかな、同じ生き方を選ぶのだね。嬉しいよ!」

「人として劣等生にはなりたくないけど」


「父親の真似はしないようにね」


 娘のもっともな意見にマースは力なく項垂れたのだ。


*


 俯いていた顔を上げてマースが言葉を続ける。

 まだ話は途中半端だったのだ。


「他に聞きたいことは?」

「あるよ……ソルは組織と関係しているの?」


 ソルの両親は組織の人間。

 だとすれば、その息子であるソルが無関係ではないはず。

 エルカは震える目で父を見上げる。あの純粋で暴れ馬のような義兄が何かの陰謀に加担しているなんて考えたくなかった。


 だから、この質問をすべきか悩んでいた。

 答えによっては、目覚めた後のソルとの関係に亀裂が生じるだろうから。


「心配するな。ソルくんは組織とは関わってはいない」

「でも……彼の父親は組織でも上の立場の人なのよね」

「そうだ。だからこそ、彼は捨てられた」

「捨てられた?」

「ソルくんの父親は組織の幹部候補、母親は幹部の娘。ソルくんは幹部候補生として生を受けた。二人の間に愛情の欠片もない。優秀な子供を作る為の婚姻だった。だが、彼は未熟児だった。使い物にならない子供を生んだ彼女は罰を受けた。勘当された彼女に告げられたのは“魔法使いの男を篭絡させ、魔法使いの子供を作ること”」

「卑劣な組織なのに、生まれた時点でソルは殺されなかったの?」

「母親が再婚する際に必要だからね」

「どういうこと?」

「魔法使いの中には「哀れな子供は放っておけないお人好し」がいるだろ? ボクたちの婚姻は反対されていた。だけど、放置されるソルくんを哀れに思った父は仕方なく承諾したんだ」

「そうだったんだ」


 ソルが来た頃、祖父から彼が新しい兄弟だと紹介された。

 そして家族になろうとナイトと共に日々奮闘していたことを思い出す。あれから十年もかかってしまった。

 でも今は胸を張って家族だと言い切ることが出来る。


「ソルくんのことは心配いらないだろう」

「本当に?」

「彼にもグランの加護があるからさ」

「お爺様の加護……それなら安心だね」


 祖父の加護の強さはエルカもよく知っている。

 家族が今まで無事で過ごせたのは彼の加護によるもの。それは、あの屋敷そのものにかけられていた魔法。ナイトという過保護すぎる兄の存在。日記帳にナイフ。それらに残された魔法がエルカたち三人を今日まで守ってくれた。


「他には、質問あるかな?」

「薬の影響はまだあるの?」


 その問いにマースは柔らかな笑みを浮かべた。


「それは………もう死んでいるからね」

「あ………そうだったね。ごめんなさい」


 エルカはハッとして目を反らした。

 今の質問は、酷かったかもしれない。


「ハハハ………こうして話しているわけだ。錯覚するのは仕方がないさ……」


 彼は皮肉気に笑う。

 此処は図書棺の中だから、マースは立ってこうして笑っていられるのだ。


 本物のマースは血塗れの姿で炎の中で息絶えた。

 エルカはこの目で見たのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます