第10章 兄妹の結末(4)

 エルカは目の前のソルに微笑んでみせた。


「ソルは酷いね……このままだと兄さんが罪を被る……

そんなことを言われたら、私は、あの人を助けて、犯人として突き出さないといけないじゃない。私は他の誰かに重荷を背負わせる為にこんなことをしたわけじゃない」

「そうだな」

「でも、あの人を解放するのは………怖いよ」


 無意識に声が細く震える。


 初めて会ったとき、テーブルの下から見えたあの顔を思い出していた。

 目と目が合った瞬間、それだけで分かってしまった。この人に捕まってしまえば逃れられない。その先に死よりも恐ろしい何かが待っている……と。


 想像するだけで、恐ろしい。

 身体の節々が震え出す。


 これなら咎人として捕まった方がまだ怖くない。


 目を伏せた、エルカの頭にソルの手がのせられた。

 その温もりで身体の震えがおさまった。


「それは分かっている。俺だって怖いよ。でも、あんな奴の罪なんてお前が被ったらダメだ。そんなの俺が許さない。大丈夫だ、お前には家族がいるんだから心配することは何もない」


 ゆっくりと見上げる、その先にあるのは、ソルの顔。

 何を考えているのかわからない義兄の顔が頼もしく見えた。


「……………今のソル、お兄さんみたいね」


 エルカは笑う。


「いや、一応……お前の兄貴なんだけど」

「………そうだったね」


 長い時間を家族として過ごしていたのに、兄らしい姿を見たのは初めてだった気がする。思わず吹き出しそうになると、ソルがあからさまに不機嫌な表情になった。


「笑うなよ」

「ごめん、ごめん……そうだよね、ソルも私のお兄ちゃんなんだよね。うん、お兄ちゃんなんだよね」

 エルカはその言葉を噛みしめるように、繰り返した。

 義兄であることは意識していたのに、兄と呼んだのは初めての事だった。

「あ、ああ……そういう呼び方されると、照れる」

 ソルは「お兄ちゃん」だなんて呼ばれ慣れていないので急激に恥ずかしさが増して来た。頬が熱くなったので、プイッと顔を横にそむける。

「照れないでよ。言った私が恥ずかしいじゃない」

 エルカは突然恥ずかしくなって、慌てて視線を反らす。

「あ、悪い……えっと、鍵の場所は教えてくれるか?」


 軌道を外してしまった話題を戻す。

 ソルの見た感じ、機嫌はだいぶ良くなっている。今のエルカなら冷静に話に応じてくれるような気がした。

 愛らしい笑みを浮かべながら、彼女は教えてくれた。


「地下書庫の鍵ならにいる私が首に下げているよ」

「そうか……ありがとう」


「……私ね、ソルと家族になりたかった」

「俺もだ」


「でもね………あの人が来てから、それは無理だって気付いたの。私とソルは家族にはなれないって」

「あの後………何回も来たんだな、あの男」


「そうだね。頻繁に見かけるようになったのは二、三年年前からだけど」


 表情が暗くなる。

 エルカが引き篭もるようになってから頻繁にあの人の声を聞くようになった。

 下品な笑い声が気持ちが悪かった。


「……あの女と、お金の交渉の話をしていたの」

「ごめんな。全然、気付かなくて」

「気付かなくて当然だよ。ソルたちがいない時だもの。あの人たち内緒で話していたんだよ……私には聞こえていたけど」

「それは魔女だから?」

 エルカは唇に人差し指を立てて首を静かに横に振る。

「私は魔女じゃないよ。お爺様が色々な仕掛けを残してくれたの。地下は安全だよ。炎がまわることはない。あの人も数日は生きていると思う。今なら助かると思うよ。精神状態はどうだか知らないけど」


「そっか……」


 エルカの祖父グランは魔法をまともに使えない孫娘の為に地下書庫を遺した。

 あそこには彼の魔法の残滓がたくさんあるのだろう。


 グランの魔法が絡んでいるのなら、ソルの父親は今頃苦しみもがいているだろう。残念ながら殺された母親に対しても。加害者である父親に対してはソルは愛情の欠片も感じられなかった。


 勝手に朽ち果ててしまえば良いのに。

 その思いを心に刻んでいた。


 扉の前に立つエルカが少しだけ前に出ている気がした。

 エルカは少しずつ、少しずつ加害者を責めるように前ににじり寄っていた。。


「鍵の場所は教えたよね。私は、ここに居たいの。私の体は眠っているのでしょ、そこにあるから」

「エルカ………」


「ごめんなさい………これが解決しても私は外には出たくないの」

「そんなに、俺と居るのが嫌なのかよ」


「違うよ……私が引き篭もる理由とソルは関係ないから。これは私の問題だから、安心して……」

「………」


「やっと……最高の引き篭もり場所に辿り着けたのに、外になんて出たくないの……外に出たら、また………


■■■■を傷つけてしまうから」


「?」


 エルカは小声で何かを呟いていた。それはソルに対してではなく、自分に言い聞かせるように。ソルはそれを問いただそうと口を開いたが、


「ありがとう、私のことを家族って呼んでくれて……私がソルに望んでいたことを叶えてくれて」


 エメラルド色の髪をキラキラと煌かせて、初めて見るような綺麗な笑顔で彼女は言う。その姿に見惚れてしまいソルの口は言葉を発することができなかった。


 言葉だけではない、身体に力が入らない。ソルの意思では身体を動かすことが出来なかった。エルカの手で身体を反転されて扉の前に立たされる。身体は硬直したまま、その背中を押して彼を外に出す。ソルが振り返る前に扉を閉めた。


***


**


*



 他人同士が家族になることは難しいことだと思う。


 だがエルカとソルは家族になることが出来た。

 出会ってから、ずいぶん時間がかかってしまったけれど。


 だけど、


 家族になれたからと言って、全てを曝け出せるわけじゃない。



*


**


***



 ソルが目覚めたのは病室のベッドの上。身体を起こすと、側にはコレットの姿があった。図書棺で会った幼女ではなく、大人の姿をしているエルカの母親だった。


「やっぱり、ソルくんじゃダメだったか」

「すみません」


「あの子の心は救われているから」

「え?」


 失望されたのかと思っていた。だが、コレットは微笑を浮かべている。エルカを連れ戻すことが出来なかったのに、どうして。


「エルカとナイトくんは、ずっと貴方と家族になろうとしていたのよ。ようやく貴方は二人を家族だと認めてくれた。ありがとう」


 そうだった。ソルはずっと二人を家族だと認めなかった。

 認めてはいけないと思っていた。自分のような人間が彼女たちの家族だなんておこがましい。そう、思っていた。


 それは、ソルのちっぽけなプライド。ただの我儘だった。二人の優しさからずっと逃げていただけだった。家族になることが怖かっただけ。


 何度も差し出された手。あの手を、ようやく掴んだのだ。もっと早く掴むべきだった。あの二人は、彼女は大事な家族だった。 


「いいえ、こちらこそ。俺を家族に加えてくれてありがとう」


 二人がいなければ生きることに絶望していたかもしれない。

 

「良かったわね、家族になれて」


 コレットが満足そうに笑っていた。


「はい。地下の鍵……ですが、エルカが身につけているって言っていました」

「わかったわ。ソルくんは少し休んでいなさい」


 地下書庫の先に待っているのはソルの父親だ。

 行かなければいけないのは、自分かもしれない。

 だから、ソルは身を乗り出す。


「俺が鍵を開けに行きます」


 今まで何も出来なかった。

 だから、今は出来ることをやりたい。

 立ち上がるソルをピシャリと手で制したのはコレットだった。


「犯人じゃないのだから現場に戻らないの。鍵さえあれば、私が魔法でここから

………はい! 完了。

これで鍵は開かれた。地下書庫って分かりにくい場所にあったでしょ? 自警団の皆さんは地下書庫の扉に気付いていないの。でも、そろそろ見つけたわね」


「え?」


 魔女コレットは偉大な魔女だった。

 遠隔魔法で地下書庫から男を救出させた。


「魔法使いのやることに、いちいち反応しない方が良いわ」


 コレットはそう言って微笑む。

 どうやら、今の会話の最中に魔法で鍵を開けてしまったそうだ。


 魔法使いのやることは、分からないし考えるのも怖くなる。ソルは乾いた笑みを浮かべて視線を隣の部屋に向ける。その壁の向こうで彼女は眠っているのだ。


「あの………エルカはこのまま目覚めないつもりですか?」

「そんなことはさせない」


 コレットの口調は強いが、表情はまだ不安そうだ。

 母親としての表情を垣間見てしまったのかもしれない。


「彼女が引き篭もる原因は俺じゃないってナイトが言っていました」

「そうね……こういう時は………いつもは甘やかしているくせに、いざとなると強引になる、あっちの方が……ね」


 視線の先にはナイトの姿があった。

 その手には何やらノートが握られている。

 決心は固まっていた。

 あとは、動くための勇気だけ。


「オレも何処まで出来るかわかりませんよ。オレはあの日、引篭もることを許した人間ですからね」

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