終章

終章 物語は終わらない

***


 瓦礫の山と化した屋敷を母娘の冷めた双眸が映している。


「この土地は私が頂くわね。広い土地が欲しかったの」

「………勝手に使えば良いよ」

「私は、大きな建物なんて要らないわ。薬草園と小屋があれば十分」


 老朽化が進んでいた屋敷は生存者を救出した後、速やかに取り壊されていた。

 あの地下に続く扉があった場所は見る影もない。生活用品や私物を回収する余裕などなかった。


「……私物なんて大したものはなかった。彼の作ってくれたノートとコレットがくれた本さえあれば十分」

 エルカが抱きしめているのはコレットから受け取った本だった。

「まぁ……あの地下に被害はないのだけど」

「あの扉の向こう側……そこは土地を管理する魔法使いの許可がなければ入れない場所……だものね。本当に魔法って理解できないよ」

「小屋を建てたら新しい扉を作るわ。管理者は私。あの人の娘である私ならあの地下書庫に繋ぐことが出来るから。欲しい本があったら送るわよ」

「……うん、ありがとう………引越しのことも助かったよ」


 エルカはコレットを見上げて微苦笑を浮かべていた。


***


 頼りになるはずの義兄ナイト。

 彼は自分の能力を過信していた。彼は街の外に出たことがない。切符の買い方、列車の乗り方も知らなかった。

 彼は自警団に駆け込み、若い団員を脅して列車の切符を要求していた。それを目撃したエルカに連れ戻され大事には至らなかった。

 どうやら彼は力押しで切符を手に入れるつもりだったらしい。


 このままでは街を出る前に傷害事件を起こすのでは………

 そんな不安を抱いたエルカはコレットに協力を仰いでいた。娘からの相談を受けた彼女の行動は迅速だった。

 

***


 新しい街までは列車で半日ほど。

 コレットの手配してくれた切符での移動。座席も安全な一等車両なので、のんびりと過ごすことが出来た。車窓から見える風景がみるみると変わっていく。エルカがその変化を楽しんでいるうちに、列車は目的地に辿り着いていた。


 駅に降りると、全く違う空気を感じた。


 まるで別の世界に迷い込んだような不思議な気持ちを抱く。

 以前暮らしていた街よりも田舎だからだろう。深呼吸したくなるような、そんな空気だった。迎えに現れたルイの案内で三人は新しい住居へと向かった。


 エルカたちが辿り着いたのは、彼の叔父が経営する探偵事務所兼自宅の前だった。それは二階建ての大きな建物。一階には事務所、二階が住居になっているらしい。


 エルカは知らなかったことだが、祖父とルイの叔父の間には交友関係があった。変わり者の魔法使いと、変わり者の探偵はお互い通じるものがあったのかもしれない。その縁があったお蔭で、新しい住居も難なく確保することが出来た。


 三人それぞれに一部屋ずつと家財道具が用意された。くつろぐ間もなく、それらを運びこむ作業が始まる。危ないからと追い出されたエルカは何もすることがなかったので作業する彼らを眺めていた。それも飽きてしまったので仕方なしに空気を吸いに外に出ることにした。


 扉を開けると冷たい風が頬を撫でる。

 視線を上に上げると、澄み渡る青空を真っ白な雲はどこまでも流れていた。雲の流れる速度が速いということは、天気が崩れるという予兆。

 雨が降る前に作業を終わらせたい、だから、兄たちは休まずに引越しの作業を進めているのだろう。


 ふいに気配を感じた。


 視線を向けると、影が立っていた。

 長身の影が、こちらに視線を向けて立っている。


「……驚いた」


 先に言葉を発したのはエルカだった。

 現れた影は笑みを張り付けたまま、そこに立ったまま微動だにしない。

 しばらくの間を置いてから、影はゆっくりと口を開いた。


「これは、偶然だよ」


「……それは、偶然という必然ではないのかな」

「考えていることなんて、お互い同じだろ?」

「……同じではない癖に」


「同じさ。から俺も君もここにいる」


 そう言って彼はぎこちない表情を浮かべる。

 その姿をエルカは知っている。いつも彼の側にいた少年だ。

 親友、そういう関係だったはずだと記憶している。あの日、彼らが離れた理由をエルカは敢えて聞かなかった。

  

「え? どうして」


 そう呟いたルイの声。

 二人の視線は同時にルイに向けられた。


 エルカを呼ぶために外に出て来たのだろう。

 ルイは扉を開いたまま、彼の姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 それは決別したはずの親友だった。

 親友だった少年が、ゆっくりとルイに近付く。


 そして二人は向き合った。

 彼は苦笑を浮かべながら口を開く。


「お前より先に彼女に遭遇するとは思わなかったよ」

「どうしてここに?」


 声を震えさせたルイの問いに、彼は暗い表情を浮かべる。


「ルイの家で起きた事件を知って、お前のことが心配になったんだ。決別したとしても、やっぱり友達だったから」


 事件の二文字にルイは眉を潜めた。

 両親が何者かに殺害されたあの夜、凄惨な光景が無意識に思い出されたのだろう。眉間に深い皺を寄せて渋面を浮かべる。


「あの事件のこと知っていたんだな」

「新聞で読んだ……悩みに悩んで尋ねた時にはもうお前は引越していた後だった」

「………」

「手遅れ……って言うのかな。お前の助けになりたかったのに、お前は何処にもいなかった。何も言わずに姿を消してしまった」

「僕がいなくなっても、誰も気にしないと思ったから。ただ、直前まで顔を出していたからナイトさんには挨拶をしたんだ。それは多分、エルカとの約束を果たすという自分に対する誓いの為。そして僕と言う存在がいたことを誰かに覚えていて欲しかったから」

「ルイがいたことを俺は忘れるはずがない。お前のいない日常が寂しかった」

「………僕も寂しかった」

「忘れていたよ。俺みたいな馬鹿を親友と呼んでくれたのはお前だけだった。それなのに、俺はお前が大変なときに何も出来なかった。それが悔しかった」

「あの日から、お前と決別した後悔が俺を責め続けた。俺はお前の居場所を探した。自分勝手なのは承知の上だ。お前と親友としてやり直したい」


 そう言って深く頭を下げる少年をルイはジッと見ていた。

 その視線をエルカに向ける。


「……仲直り、しなよ」

「エルカ?」


 エルカはルイを見上げる。彼女はルイの心配に気が付いたのだろう。

 呆れたように、困ったように微笑する。


 二人は「特別な友達」というあやふやな関係の下にある。

 強くなったとはいえ、エルカの心はまだ脆く不安定なままだ。


 ルイは恐れていた。自分の小さなミスで彼女を傷つけてしまうことを。ルイが親友と仲直りすることは、彼女にとって良い方向に向かってくれるのだろうか。


 悩みながらエルカをジッと見つめる。

 エルカは小さく笑みを零した。


「貴方たちの親友関係に私の許可なんて必要ないけど。何だか、私のことを気にしているから」

「それは……」

「気を使われるのは嫌なの。それにね、この人が貴方と離れなければならなかった。その原因は私にも……」

「それは違う。ルイから離れた俺が悪かったんだ。俺が臆病だったからだ」


 彼は拳を握りしめてエルカの言葉を遮る。

 言葉を断ち切られたエルカは不満そうに口をへの字にした。そしてルイと彼を交互に見てから、もう一度ルイを見つめる。


「つまりね、ルイくん……私たちはね、みんな臆病だった。ただ、それだけだと思うの。貴方たちが親友関係を修復したぐらいで、私は崩れない。そんなに脆くないんだからっ」


 向き合いたい方向、向き合わなければならない方向、そこに背を向けて反対方向に全速力で走って逃げてしまった。


 ルイと彼が決別をした理由だった。

 エルカとルイが喧嘩をしてしまった原因だった。


 逃げてしまった先にはループする空間が待っていた。

 エルカたちは出口のない迷路を彷徨っていた。

 出口への扉が目の前にあるのに、本当は見えているのに、気が付かないフリをしてグルグルと迷い続けていた。


 その扉を開けるのが、ただ怖かっただけ。


 ルイはエルカの髪を撫でる。

 ジッと瞳を見れば、彼女の目が震えているのが分かる。

 そんな彼女をひとりにはしたくなかった。


「分かっているよ。君は強くなった。でも……」

「……こう言えば良いの? お願いだから、彼と仲直りして」


「え?」

「ちょ……」


 突然のことだ。

 エルカは二人の腕を強引に掴むと、その手を重ね合わせる。


「貴方が私を心配するように、私も貴方が心配なの。本当は仲直りしたい癖に、意地張らないで。見ているだけで辛いの。私の為だからって自分の気持ちに嘘を吐くルイくんを見ているのが辛い。大事なんでしょ? ずっと気にしていたのだよね? だから仲直りしてよ」


 二人の男が目を丸くして、同時にエルカを凝視する。

 そして、ルイは静かに彼に向き直った。

 

「また、親友と呼んでもいいか?」

「当たり前だ」

「……ありがとう」

「学校も同じだからな、またよろしくな」

「まさか、転入してきたのか」

「当たり前だろ」

「まったく、とんでもない奴だよ」


 固く握手を交わす二人の男の子をエルカは眩しそうに見ていた。


 きっと、ルイは知らなかっただろう。


 エルカは好きだったのだ。

 ルイが親友にだけ浮かべる無邪気な男の子の笑顔を。

 それはエルカの前では見せない隙だらけの表情だ。

 あの表情が自分に向けられる日が来るのだろうか。


 そんな夢を抱いていた。



 冷たい風が吹いたのでブルっと身震いさせる。

 空を見上げると、分厚い雲がその面積を広げていた。

 そろそろ雨が降りそうだ、エルカがそんなことを考えるとそっと肩を叩かれた。


「そろそろ、家の中に入ろうか」


 いつの間にか、親友と呼ばれた彼の姿はなかった。

 ルイがすぐ隣にいたので、エルカは笑みを浮かべながら頷く。


「今のルイくん、凄く嬉しそう」

「そうかな?」

「うん」

「ありがとう。エルカのお蔭で仲直りできたよ」


 そう言って微笑むルイの表情はいつもの柔らかい笑顔だった。


「でもね……少しだけ、彼に嫉妬したかも。男の友情にはまだ勝てない、かな」

「え?」

「でも、いいよ」


 その甘くて柔らかい笑顔は彼には向けないだろう。

 彼には見せなくて、エルカには見せてくれる表情があるのならそれで良かった。


 自分だけに向けてくれる笑顔、それがあることに幸せを感じているは内緒の話。

 エルカは細やかな幸せを噛みしめる。




 物語は終わらない。

 ここからまた、始まるのだ。





【終】




 




 





 

 


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エルカの図書棺 Roko(ろこ) @rokoron

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