第18章 開かれた未来(3)

 バンッ


 突然、開かれた扉の音。その音にルイは薄目を開いた。


 ぼんやりとした視界が少しずつ鮮明になる。

 白い天井が見えた。規則的に落ちる点滴の音が聞こえた。消毒液の臭いがする。ここは病室だった。 

 どうして自分は病室で寝ているのだろうか。

 記憶が曖昧だ。ぼんやりとした意識を整えようと身を起こした身体に走る痛みに目を閉ざす。次に瞼を開いた、その視界に飛び込んで来たのはエルカだった。


 その姿を見た瞬間、曖昧だった記憶が一気に鮮明になる。


(無事に帰って来れた)


 身体中が痛い。

 どうやら、夢のような空間から彼女と共に帰って来たらしい。


 この全身の痛みは彼女と再会する直前の、彼女の兄に殴られた時のものだ。あれは突然のことだった。気付くと目の前に彼の拳があって……そのまま目の前が真っ白になったのだ。


***


 心配そうに眉を潜めるエルカとルイの視線が合う。


「ルイくん、その顔……ひどい」

「大したことじゃないよ」

「大したことだよ……こんなに腫れ上がっているのだもの」


 ナイトから告げられた、という言葉から軽傷ではないことをエルカは覚悟していた。

 だが、これほどまでに重傷とは思っていなかったのだ。

 頬が痛々しい程に腫れ上がっている。身体には包帯が巻かれていた。


「君のいる場所に行くために必要なことだったからね」

「大丈夫なの?」


 包帯姿のルイは「大丈夫」と言うように微笑を浮かべる。

 その顔にエルカは手を伸ばしていた。


「……っ」


 右頬を触れるとルイは痛そうに顔を歪める。

 その痛がり方はではない。


「ごめんなさい」

「これは自業自得だよ。君が謝る必要はないからさ」

「でも……」

「僕だってそんな顔させる為に、殴られたわけじゃないんだよ。君の色んな表情が見たいけど、僕が見たいのは君のだ」

「私、今すごく苦しいの。私は怪我なんてしていない。それなのに、包帯姿のルイくんを見ているだけで、とても痛い。大切な友達を傷つけられると、こんなにも胸が痛むのね」


 エルカは胸に手を当ててギュッと目を閉じる。

 まるで、何かで締め付けられているかのような痛みと、息苦しさが感じられた。それが錯覚だと思っていても苦しみが消えない。


「きっとナイトさんも同じだったんだ。大事な妹が僕に傷つけられたと知ったとき、とても痛かったはずだ。その痛みを怒りに変えて、怒りを拳に込めて僕を殴った。君を思うがあまり、力の加減が出来なかったんだよ」

「そうかもしれないけど、そうだとしてもやり過ぎ……力自慢の二十歳の男が軟弱な十四歳の男の子に怪我をさせるなんて、大人げない……」


 エルカはルイの手を握り締める。

 もしかするとナイトは大人である自覚がないのかもしれない。

 彼にあるのは、エルカの兄である自覚ぐらいだ。それも幼い頃のエルカとして見ている。子供扱いがすぎるのは、その所為かもしれない。


「軟弱って……酷いな」


 ルイがしゅんと俯いたのでエルカは慌てて訂正した。


「ち、違うよ……ナイトと比べたらって話だよ」

「いや、軟弱なのは事実だ……一発で意識が飛んだし」

「一発で、そんなに怪我したの?」

「うん、どこかに身体をぶつけたのかもしれないね」

「殴り飛ばされたってことなの?」

「意識が飛んだから何とも言えないけど、おそらくはね」


 ルイの話を聞いていたエルカは不機嫌そうに表情を歪めた。

 

 ルイは少しだけ困っていた。先ほどから彼女はルイの好きなを見せてくれない。それだけ、兄に対する怒りが深いのだろう。

 その怒りはルイの為なのだから喜ぶべきところなのだが。


「酷い兄で、ごめんなさい」

「だから謝らないで。僕はね、これで良かったって思うよ。手加減なしで殴ってもらえたから、自分がとんでもないことをしたって改めて自覚したんだからさ」


 そう言ってルイは微笑む。

 彼は暴力的なナイトの行為を肯定していた。一歩間違えれば、こうして目覚めることもなかったというのに。


「ルイくんって……良い人すぎるよ。そこまで重傷を負わされたんだし、少しぐらいナイトのことを恨んでも良いのよ」

「恨む理由なんてないよ。ナイトさんの行動は君の為のものだからね。君の為だと言われれば納得できる。僕は君の為にナイトさんに殴られたんだって思うと清々しく思える」


 爽やかな笑顔を浮かべるルイにエルカは苦笑を向けた。

 こんなにエルカは怒っているのに、ルイは怒るどころか嬉しそうに目を細めているのだ。


「その結論は少しおかしいと思うの。殴られたのはルイくんなのに」

「そ、そうかな? とにかく、エルカの為だったわけだし……ナイトさんのこと許してあげなよ」

「簡単には許したくないのだけど、ルイくんがそう言うなら」


 不満そうに目を背けながらエルカは呟く。

 素直になれない彼女の、そういう表情もルイは好きだった。


「じゃあ、今すぐ行ってきなよ」

「……い、今すぐ? それは……こ、心の準備が」

「僕にできることがあるなら手伝うけど」

「……じゃあ、手を握って……勇気が欲しいの」

「もちろん良いよ」


 エルカはルイの手を握っていた。

 それをルイは握り返す。

 そして、エルカは額をルイの胸に押し付けた。


「私、殴ってしまうかも」

「大丈夫、君の手はそんなことしないよ」

「ルイくんがそう言うのなら。貴方の為に、そんなことはしない」

「ああ」


「ありがとう、もう大丈夫だよ。行ってくるね」


 エルカはルイから離れると、ぎこちない笑みを向けた。

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