第17章 開扉される棺(1)

「こうして、君は生まれました。めでたし、めでたし」


 ふいに聞こえたマースの声。

 エルカは目を瞬かせる。

 それまで視界いっぱいに映っていた映像が突然パタリと途切れた。

 視線を動かすと隣にはルイがいた。その存在を感じたエルカは安心するように目を細めた。


 ソファーから離れたところには父の姿。

 自らの狂った過去を語り終えた彼は悲しそうに笑っていた


 これは、少しもめでたくない物語。


 闇に潜む組織に関わってしまった魔法使いの男マースは、組織から家族を護る為にその命令に従った。

 そして組織の為にコレットとの間にエルカを授かった。


 それがエルカが産まれた理由。


 二人の間に男女の情はなかった。

 エルカの視線は開かれたままのページに向けられている。まだ続きがあるのに、その先のページを捲ることが出来ない。それは彼がこの先をエルカに読ませたくないからだろう。


「この先は見せたくない。だから、君に見せることが出来るのはここまで。さ、本を閉じてもらえるかな?」


 エルカが本を開いている間、マースは視線を本に向けなかった。

 開かれたページを一瞬でも見てしまえば、本の主である彼は取り込まれてしまうからだろう。エルカは本を閉じると、両手でそれをマースに手渡した。


「私が知りたいこと……それは私が生れるまでの話だもの。だからこれで十分」


 本がマースの手に戻るのを見ながらエルカは皮肉気な笑みを浮かべた。マースとコレット、二人は仲の良い兄妹だった。そんな淡い期待とは裏腹に歪んだ兄妹の真実を見せられてしまった。


「ボクたちは兄妹としては最悪の仲だったと思うよ。強い魔力を持った才能のない兄と、そんな兄を疎ましく思いながら才能に恵まれた妹。周囲はボクたちを比較しながら見ていた。仲良くなんて出来なかった」


 マースは眉根を寄せる。


 どちらかが悪かったわけではない。


 兄として生まれなければ、妹として生まれなければ。

 それぞれが一人っ子として生まれていたのなら、どちらも幸せに過ごせたのかもしれない。


 魔法使いの男は、チャンピオンベルトを生まれた瞬間から身に着けているようなもの。だけど、マースにはそのチャンピオンベルトに相応する才能には恵まれなかった。


 彼は一方的に期待され、一方的に失望された。


 妹が優秀な才能を開花させるごとに、マースは失望されていた。


 コレットの視界には生まれた瞬間からチャンピオンベルトが目に入っていた。

 そのチャンピオンベルトの持ち主に才能はない。だけど、その存在は常に脅威的な何かとして視界の端から離れなかった。


 コレットは努力で魔法使いの才能をもぎ取った。

 それなのに周囲は無意味に愚兄とコレットを比較しては彼女を褒めていた。


 人々はマースと比較することをやめない。

 比較する必要もないほどにコレットが力をつけていると言うのに。


***


 エルカはしばらく考えてマースを見上げた。


「まだ何か知りたそうな顔をするね、エルカ」

「知りたいことはあるよ。貴方が答えてくれるなら、だけど」

「答えられることなら、答えるよ。これは父と娘の最後の会話だからね」


 最後という言葉が重くのしかかる。


 コレット母親とは、まだ話せる。

 マース父親とは、ここでの会話が最初で最後になるのだ。


 エルカはマースに自分を見て欲しかった。それはエルカが抱いていた気持ち。

 では、マースはエルカをいたのだろうか。

 その答えを聞くのが怖い。それでも知りたいからエルカはマースに尋ねる。


「私が生れた時、貴方はどんな気持ちだったの?」


「………嬉しかったよ。愛おしいと思った」


 マースの顔に微笑が浮かんだ。

 その笑みはとても柔らかい暖かな表情。

 心からの笑顔を向けられるだけで、胸の奥が熱くなる。


「どうして、嬉しかったの?」

「だって、こんな可愛い子がボクの娘なんだよ。それに女の子だ。男の子だとすぐに組織に引き渡さなければならなかった。助けてあげることは不可能だった。女の子だから護ることができる…………でも、その喜びを顔に出すことは出来なかった」

「それは、組織の人たちに喜んでいる姿を見られたくなかったから?」

「ああ………彼らが知るボクの望みはだから……だから女の子が生まれてボクが喜ぶことはおかしい」

「薬を得るという望みが叶わなかったから落胆したのね」

「ボクは大袈裟に落胆した。薬が欲しかったことは本当だったし、それが手に入らなくて悔しい気持ちも本当だからね……演技するまでもない」

「生まれたのが男の子じゃないと知って組織の人たちは怒らなかったの?」

「怒られたよ。蹴られて、殴られて、役立たずと罵られたさ……」


 マースの瞳が黒く染まる。

 命じられた通りに子供を設けたというのに。彼に向けられたのは労いの言葉ではない、暴力だった。


「痛く……なかったの?」

「痛かったのは最初だけ。次第に痛みを感じなくなったから」


 父が組織でどんな扱いを受けていたのかエルカは想像しか出来ない。

 エルカが知っているのは、組織で何かをされた後の、廃人のようになった父親の姿だった。昼夜問わず街中を放浪する父親の姿。それを見た住人達は幽霊と勘違いして騒ぎ立てていた。


 そんな幽霊のような父親が、見知らぬ女を連れて現れたときは驚いた。

 少しだけ生気が戻ったような表情で彼は再婚するのだと家族に告げた。

 相談ではない。事後報告だった。

 女は荷物と自分の息子を連れて現れたのだから。


 それと入れ替わるようにコレットは姿を消した。

 最低限の家事をこなしていたコレットと異なり、現れた女は何も出来ない女だった。役立たずだ、そう思っていた。

 それを思い出してエルカは首を傾げる。


「父さんとあの女ってどうやって出会ったの? あんな廃人みたいだった父さんに出会いなんてあるとは思えない。女の趣味も悪すぎる」

「酷い事、言うんだね」


 そう言ってマースは乾いた笑みを浮かべる。


「本当の事だもの。悪いけど男としての魅力は感じられない」

「……彼女の夫からの紹介だ。仕事の後に何度か会っていた」

「……ソルの父親からの紹介?」

「ああ、あの男のことも知っているね」

「……うん」




 

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