第16章 魂の懺悔(3)

 魔法使いの子供を作る為に必要なもの。

 それは、魔法使いのマースと、人間の女。

 その二つがあれば良い。

 そして、呼吸をするように自分は知らぬ女との間に子供を作る。

 愛情の欠片もない相手との間に子供を作り続ける未来。

 残酷だが、愚かな自分には合っていると思っていた。


 それは道具としての己の末路。

 壊れて使い物にならなくなるまで、無慈悲な道具は弄ばれる。


 視界が、ゆっくりと、黒に染まろうとしていた。

 意識が堕ちていく。


「お前には妹がいたな。そいつとの間に子供を作れ」


 しかし、男が命じたのは予想外のことだった。

 無慈悲な道具になりかけたマースは目を見開いた。

 その眉間に皺が寄る。


 男の指示に頷くはずだった首を横に振った。


「と、突然、何を言い出すのですか?」

「おかしなことを言っているつもりはないが?」


 男は感情のない声色でマースの心臓を突き刺す。

 その痛みで僅かに残されていた理性が呼び起こされたのだろう。

 拳を固く握り、賢明に声を絞りだす。


「確かに魔法使い同士の間に生まれる子供ならば、お望みの男児が生まれる確率も高いでしょう。だからと言って彼女なのですか。どうして……薬のことも、借金のこともボクの問題。ですが家族を巻き込むわけには」

「見知らぬ相手ではないのだ。悪くない話ではないだろう。近親婚なら男児の生まれる確率も高い……と聞く。これは良い話ではないか」

「だからって、ボクが彼女と……どうして」

「なら、組織の誰かとお前の妹との間に作れば良いか。使えない兄の代わりに仕事をしてもらうのも悪くはない……家族に仕事を肩代わりしてもらうことは珍しい話ではない」

「待て! 彼女を巻き込まないでくれ……………っ」

「薬が欲しくはないのか……楽になりたいだろ?」


 薬は欲しかった。

 楽になりたい。


「だからと言って、家族を売りたくはありません」


 声を張り上げて男を睨む。


 キーンキーン

 頭の奥で何かがけたたましい音を立てる。

 まるで、警告音のように鳴り響いた。


 もうすぐ自分は壊れるのだとマースは理解する。

 大声を上げるマースを見て、男は口端を上げた。 


「………ああ………まだ、壊れてなかったのか」


 ニタリ

 男は哂う。


「………なにを言って………」


「簡単に壊れると思っていたのだが意外としぶといな。だが、お前は組織に借金している。ノーなんて返答は許されない。ノーと言えば、お前の家族に借金を返してもらうことになるだけだ」


 スッ


 目の前に、短剣が突き立てられた。

 その切っ先の鈍い光を見て、背中に脂汗が流れるのを感じた。


 自分が拒否を示した場合、家族がどうなるのか分からない。

 優秀な魔法使いだから大丈夫だという保証なんて何処にもないのだ。


 この短剣が家族のもとに向けられては……と考えて息を飲みこむ。


 キーンキーン

 静寂の中、警告音は鳴りやまない。


 もう壊れてしまおう。

 マースは自分の手で自分を壊す事に決めた。


「……………わかりました。ボクと妹との間に子を成します」


 マースの声は穏やかだった。

 据わった視線を男に向ける。


「……さすがに他の男に手を出されるのは嫌なのか」

「当然です。ですが、必ず男児が生まれるという保障はありません」

「ああ」

「それと、魔法使いの女は生涯一人しか子供はつくれません」

「……それは知っている」

「………なら分かっていますよね。何をしても彼女の子供は一人だけですからね。彼女を巻き込むのはこれっきりにしてください」

「仕方ないな。面倒な体質なのだな、魔法使いの女は」

「そういう特殊な体質ですからね。ですが、魔法使いの男には多くの愛人がいます。子孫を増やす為に愛人が許されています。実際、ボクと彼女は腹違いの兄妹です。彼女がダメなら……ボクを利用してください。期待はしないでください。男児はそうそう生まれませんからね。だからこそ希少価値は高い」

「まぁ、期待しているよ」

「はい…………もしも生まれて来るのが女の子だった場合はどうするおつもりで?」

「女のガキには興味ない。価値のある男と違って魔女なんてどこにでもいるからな。それに弱い奴らが多い、気が付くとすぐに死んでしまう。何よりお前に似た女なんて興味ないさ」

「そうですね。では女の子が生まれた場合はボクの父に預けますね」

「それで、お前はどっちが生まれて欲しいんだ」


「…………男ですよ。貴方に引き渡して借金が返せるのなら。あの薬が飲めるのなら」


 心の中では逆のことを叫んでいた。


 どうか、娘であってくれ。

 そう心の奥底で願った。


「………薬の為、子供を売る為、妹との間に子供を作る……なかなかの悪人だな」

「………はい」


 作り笑顔を浮かべた。

 笑顔を作ることは慣れている。

 

 今までは仕方なく罪を犯す被害者面をしていた。

 だが、これからは完全な加害者になる。


 組織の為、妹に自分の子供を生ませるのだから。

 狂っている。

 魔法使いにとって、近親婚は禁忌ではない。

 より強い血族を遺すために、わざと近親婚を行う家もあるらしい。


 組織の男と出会わなければ、あの手を取らなければ、色々な後悔が脳裏をよぎる。どんなに後悔しても、引き返すことは出来ない。


 落ちるところまで、堕ちてしまったようだ。

 己に待っている結末は不幸でしか有り得ないだろう。

 

 乾いた笑みを浮かべながらマースは重い足取りで、帰路についた。


***


「……お前、何があったんだ」


 数か月ぶりに帰って来た。

 そんな息子を迎えたのは、彼の父グランだった。

 放任主義の父も流石に心配していたらしい。


 マースは妹に視線を向ける。

 ピンと背中を伸ばした妹は冷ややかな視線を兄に向けていた。

 いつも彼女はそういう目で兄を見る。


「頼みがあるんだ……コレット」

「何かしら、愚兄」


 気高き妹は実の兄を見下すように見つめる。

 腹違いの妹は才能に恵まれた魔法使いだった。

 遊び人の兄と違い、日々修行を怠らない真面目な妹。

 彼女には魔女として輝かしい未来が待っていたであろう。


 そんな彼女の人生を壊すのだ。

 潰して、滅茶苦茶にするのだ。

 マースは、膝をついて土下座する。


「ボクの子供を作って欲しい‼」

「………………何の為に?」


 コレットの冷めた声が頭の方から聞こえる。

 兄の頼み事に驚いた様子はない。

 内容なんて、彼女は興味がなかった。


「理由は聞かないでくれ……でも、そうしなければ……」

「………」


 コレットはしゃがみこむと、マースの顎を指先で持ち上げた。

 視線が合う。

 冷めているのに、美しい瞳。

 そこに吸い込まれそうになる。

 組織内の拷問よりも恐ろしい瞳だ。


「その必死な姿、無様だと思う」


 コレットはそう言って笑う。

 心から嬉しそうに哂った。

 昔からそうだ。


 コレットはマースが惨めであるほどに喜んでくれていた。


「…………頼む。酷いことを言っていることは承知している……でも」

「分かったわ。ただし、私は生まれて来る子供を愛せない。貴方のことも軽蔑する。それでも良いのなら……引き受けるわ」

「…………ああ、頼む」

「仕方ないわね。その必死な姿………そんな珍しいものを見られたから引き受けてあげる」


 そう言うとコレットは立ち上がった。

 そして、スタスタと歩いて自分の部屋に入ってしまった。


 入れ替わるように、それまで黙っていた父がマースの胸倉を掴んで立ち上がらせる。


「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「分かっている」

「よく考えるんだ‼」


 激しく怒鳴る父に対して、マースは魂が抜けたような表情を浮かべていた。


 キ ー ン キ ー ン

 警告音が弱くなる。

 そろそろ自分が保てなくなっている。

 その前に、まだ理性が残っているうちに父に頼まなければならない。


「彼女にあんなことを頼んだ理由は今は言えない」

「マース!」

「……これからボクが言う事は変なことかもしれないけど……もしも、生まれてくる子供が女の子だったら護ってくれ。ボクは護ることも愛することも出来ないから」

「男だった場合は?」

「ボクが育てるよ。そして、この家とは縁を切る」

「………俺もコレットと同じだ。その願いは引き受けるが、お前のことは軽蔑する」

「ああ、ありがとう」

「お前にもコレットにも似ない可愛い孫娘が生まれることを期待するよ」

「そう願っていて欲しい」


 マースは拳を握り、奥歯を噛みしめて。無表情を父に向ける。

 心の底から泣きたかった。

 泣いて本当のことを何もかも父に話したかった。


 だけど、これは自分が招いてしまった結末。

 涙を堪えて、父と目を合わせないようにしながらマースも自室に向かって歩き出した。


***


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