間章 -噂話ー

 ◆◇◆


 ――この街に、魔法使いが居るらしいよ


 噂話の発端は、退屈に飽きた子供たち。

 彼らは、その話を広げて盛り上がる。

 より面白おかしくするために、噂話は次々と脚色が施されていく。

 それが広がっていく。

 どこまでも広がると、それは元の噂話とは違うものに変貌するのだ。


 

***



 空は夕焼け色に染まっていた。

 制服姿の女子たちが談笑する。本日の話題は、街の外れに住むという魔法使いの噂。何処かの子供たちが始めた噂話は、やがて彼女たちに流れ着いていた。


「知らないよ」

「何それ?」

「それって誰から聞いたの?」

「忘れたよぉ」


 路地裏の狭い道を彼女たちはのんびりと歩いている。

 これは噂話なのだから、詳しいことなんて分からない。

 すれ違った誰かが話していた話題にすぎないのだ。


「魔法使いは悪い子を捕まえて本に閉じ込めてしまうんだって」

「怖い、怖い」

「でも、居ると思うよ」

「だって、街外れの洋館。凄く怪しいじゃない」

「あそこ、人が住んでいないでしょ」

「住んでいるでしょ。ほら……」

「あの子の家だったの?」

「そうよ、知らなかったのね」

「だったら、あの子が魔法使いかもしれないね」

「だったら、あんた呪い殺されちゃうよ」

「いっぱい、苛めたもの」

「いや、あんな子が魔法使いなわけないでしょ」

「そうだよね、あんな」


「「「下らない子」」」


 彼女たちは噂話に夢中だった。


 狭い道を横に広がって歩いている少女たちを見て、通行人たちはそれを避けて歩いていた。

 大人とぶつかっても、彼女たちが謝罪することはなかった。

 この通学路は自分たちの為の物だから、他の通行人は道を開くべきだと彼女たちは考えていたのだ。

 彼女たちはただの子供だ。

 だけど、その親が街の権力者である可能性もある。

 権力者の娘を怒らせるようなことを、この街の住人はやらない。 


「そこ、邪魔」


 さっきまでの通行人は睨みつければ委縮しながら、道を譲った。

 だけど、その少年は譲らなかった。黒髪の少年は立ち止まり、不機嫌そうな表情で女たちを見渡す。


 彼女たちも立ち止まり、舌打ちを放つ。


「あんたこそ、何よ」

「………」

 少年は謝罪の代わりに一瞥すると、何も言わずに横を通り過ぎた。

 その無礼な態度に彼女たちは腹を立てる。

「何、さっきの! ムカつく」

「え………今の男って何処かで見たことあるような……」

「そういえば、クラスに居た奴に似てない?」

「あー、いたいた。地味でバカな奴」

「そんな奴もいたよね」

「………でも、アイツって……死んだはずじゃ」

「そうだっけ?」


 その噂話は誰から聞いたのだろうか。

 少女たちは首を傾げる。

 彼女たちの話題の種はいつも噂話。

 そこに真実の欠片もない。


「こ……殺されたんだっけ?」

「だって、ずっと学校に来ていないでしょ」

「うんうん、いなくなったよね。いつからだっけ?」

「忘れたよ」

「存在感ないからね」

「あ、思い出した。あの幽霊屋敷で呪い殺されたって噂があったよ」

「え…?」

「違うよ。親友に駅で突き落とされたんじゃなかったけ?」

「そうだっけ……」

「噂でしょ、噂」


 少女たちは、背筋をゾッとさせる。

 これは、噂話だ。

 死んだ人間が生き返って、更にそこに居たなんて考えられない。


 彼が死んだという話も噂話。

 死亡理由も噂話。

 実際に彼が殺される瞬間を見たわけではないのだから、恐れる必要はないのに……彼女たちは何かに怯えていた。


 彼女たちにとって、彼は興味のない相手。

 同じクラスに居たことすら覚えていない、存在感の薄いクラスメイト、

 だから彼の生死など興味がない。

 彼が死んでいたとしても、何も感じない相手。


 ある日、彼は不登校になった。


 彼が生きていたらつまらない。

 自殺でもつまらない、殺されていた方が楽しい。

 だから、そういう噂話を作った。


 彼は☓☓☓に殺された、と。

 

 噂話を広げれば、それは彼女たちにとっての真実と化す。


 そもそも彼が亡くなったという事実はなかった。

 彼が生きているか、死んでいるか。

 真実を彼女たちは知らなかった。

 

 彼女たちは、彼は亡くなったものだと考えていた。

 不登校になって、そのまま来なくなったのだから。

 転校したとか教師が話していた気がするが、そんなことには興味がなかった。


 彼は亡くなったのだ。

 彼女たちの話題の種としては、その方が楽しめる。


 だから、彼女たちにとってはそれが真実。

 だから、彼が生きていたと考えるよりも、生き返ったと考えてしまう。


「この話はやめましょう。あれは他人の空似よ」

「だね! 街に新しいクレープ屋さんが出来たんだよ! 行かない?」

「え? チョー気になる!」

「マジ? 行かなきゃ」

「下らない話はやめよう」

「そうだね」


 彼女たちは、話題を変えると大声で笑い合う。

 芽生えた恐怖心を振り払うように、大声で。


 その笑い声は、路地裏を出た少年の耳にも届いていた。

 彼は生きている、死んだ覚えはなかった。


 髪をかき上げて、静かに息を吐く。



◆◇◆

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