第14章 壊れたキズナ(4)

 青白い光がその輝きを増した。

 眩しさに目を細めながらその向こう側の映像を見つめる。

 最初に映るのは、引き篭もりを決意した少女の姿。


+


 エルカはナイトの部屋を訪れていた。

 彼の部屋は殺風景で生活感の欠片もない。彼にとっての部屋は寝る為の場所だ。だから寝床さえあれば十分なのだろう。それにしてもベッドと小さな箪笥しかないのは寂しいし、落ち着かない。エルカにとって本のない部屋というのは苦痛を伴う場所だった。

「学校には行かないから」

 要件だけを伝える。それを告げる為に訪れたのだ。

「そうか、好きなようにすればいいよ」

「どうして……なのかは聞かないのね?」

「噂で聞いている」

「………そう」

「でも、不登校になるってことは、この家にずっといるってことだ。大丈夫なのか?」

 それは、あの両親と顔を合わせる可能性が高くなるということ。

 父親は娘に無関心だが、義母は明らかな嫌悪感をぶつけてくるだろう。再婚相手の娘というだけで、前妻の面影があるからという理由で嫌悪されていた。

「大丈夫、ずっと地下にいるから……出なければ、会わなければ問題はないよ」

「わかった……とりあえずコレを渡すよ」

 おもむろに取り出したのは銀色のナイフだった。

「……ナイフ?」

「オレが居ない間に何かあったら……それを使え。お前の爺さんからの預かりものだ」

「待って……これって、人を傷つける道具だよね?」

 エルカが刃物に触れるのは初めてだった。手にした瞬間、何か大きな力を手にしてしまったような気がしてエルカはうそ寒さを感じる。

「違う、自分を護る道具だよ。オレが護れないときは、こいつで自分を護るんだ」

「……うん、ありがとう」


 エルカはナイフを見下ろした。

 鈍く光る刃に眉根を寄せる。

 こんな小さな刃でも人間を傷つけることが出来るのだ。


(こんな物騒なものを……どうして、私に……)


 兄の意図を考える。エルカが、これを握ることがあるのだろうか。

 もしも、そんな機会があるとすれば……


(私は誰を………)


 考えれば、ドロドロとした感情が溢れ出る。


 その感情に蓋をした。


 見上げると、無表情の兄と目が合った。

 これを手渡す意図は少しも見えてこない。


 エルカは目を見開いて、ポンッと手を叩いた。


「そうだ、本を読まなきゃ」

「なぜ、オレの顔を見てそうなる?」

 エルカは首を傾げながら、兄を指差す。

「その顔……」

「顔?」

「私が食事より読書を優先して篭っているときの……部屋に勝手に入って来るときの兄さんの顔。ああ、本を読まなきゃって思い出した。ありがとう、本を読むことを思い出したよ」

「読め、とは言っていない」

「読むなって言われても読むけどね」

「そうか、食事はしてくれよな」

「もちろん……ねぇ、兄さん……探して欲しい本があるの?」

「どんな本?」

「何でも良いから、ミステリー小説」

「珍しいな」

「このナイフの使い方を調べるのに参考にしたいの」

「え?」

「使い方が分からなければ、使えないでしょ」

「確かにそうだな」

「お爺様の部屋にあるミステリー小説は全部読んでしまったよ。でも情報は多ければ多い方が良いと思うの」

「………了解……何でも良いと言った以上は文句言うなよ」

「もちろん……じゃあ、部屋に戻るから」

「おう」


 ナイトはエルカの頼みを聞いてくれる。だから、何かしらの本を用意してくれるだろう。余計な詮索をされる前に、エルカはナイトの部屋の扉を開いて廊下に出る。


 突然、周囲が薄暗くなった。生暖かい空気が漂う。別世界のような、不気味な空気。静まり返った廊下を音を立てないように歩き進んだ。


 足早に、慎重に歩いていた。

 扉の前に辿り着いて安堵する、静かに地下の扉を開くとゆっくりと地下に下りていった。

 

 地下書庫には、生活する最低限のものが揃っている。だから、そこから出る必要は殆どなかった。食事はナイトが届けてくれる。タオルや着替えもナイトが洗って届けてくれる。


 大好きな本に囲まれる時間は、エルカにとって至福の時間でもあった。半分が本で埋まったソファーに横になる。ふと伸ばした手で一冊の本を取っていた。


 読みかけの本。

 面白いと勧められた本。


 それを見て眉根を寄せる。


 この本を読んでも、もうその感想を聞いてくれる相手はいない。それなら、読む必要はない。エルカはそれを机の奥にしまい込んだ。

 

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