第14章 壊れたキズナ(2)

 ルイは空き教室の扉を乱暴に開けていた。

 その向こうに女王様とその取り巻きたちが屯していることを知っている。


 教壇を椅子代わりに座る女王様の姿を見た。その前の机に取り巻きたちが座っている。誰も椅子には座っていない。彼が扉を開いたと同時に、下品な笑い声がパタリと止んだ。


 彼女たちは現れた部外者ルイを、冷めた目で見ている。


「なによ」

「返せよ!」


 自分に向けられる冷たい視線に、一瞬だけ躊躇した。

 だがルイは一歩ずつ前に踏み込む。


「え?」

「あいつの本……返せよ」


「は?」

「エルカが持っていた本だよ」


「何の話かしら」

 しらばっくれる女王様の正面に立ち、ルイは声を強くする。

「掃除の時間。あいつがゴミ捨てに行っている時に盗んでいただろ? 僕は見ていたんだぞ」


 ルイの言葉に、女子生徒たちはニンマリと笑った。


「あー、あれね……捨てたわ」

「え……」


 何を言っているのか理解できない。

 女王様は笑顔で楽しそうに続ける。


「だって汚い本だから、捨てたわよ。窓からポイってね」

「親切ね」

「そうね、捨てられないみたいだから代わりに捨ててあげたの」

「やさしぃ」


 ケラケラと笑う声が耳に障る。

 どうして、笑っているのかルイには理解が出来なかった。だから拳を握りしめ、それを机に叩きつける。ドンっという音に、女たちの笑い声が止まる。


 視線を動かすと、彼女たちの表情に変化はなかった。

 ルイを嘲笑するような笑みを浮かべるだけ。気味の悪い、同じような笑顔が並んでいる。初めて言葉を交わした時にエルカが言っていた。クラスメイトが同じ顔に見えるというのは、こういうことなのだろうか。


 自分に向けられる感情が同じだから、同じ顔だと認識してしまうのだろうか。


って?」


 殴りかかりたい衝動を抑え込んで、確認をする。

 ここで暴力を振るうことは良くない。


「何、ムキになっているの? 気持ち悪いわ」

「気持ち悪いのはお前らだろ」

「あの子、ずいぶん大事にしていたものね」

「きっと、ショックを受けてどうにかなるかもしれないわね」

「それなのに、どうして捨てたんだ?」


「あの子がどうなろうと、私たちには関係ないからよ。それに


疑われるのは……間違いなくアンタだよ」


「………っ」

「私たち、あの子の本は気持ち悪いから触らないもの」

「アンタだけが、普通に触っていたからね。他の子も見ていたわよ」


 休み時間に交わした何気ない会話の中で、ルイは彼女の本に触れていた。それを他のクラスメイトも見ていたが、ルイは気にも留めなかった。まさか、こんなことになるとは考えてもいなかった。


 あの日の何気ない行動、それが疑われる理由になってしまった。


 掃除の時間、教室にいたのはここにいる女子生徒たち。

 そして、花瓶の水を取り替えていたルイ。


 ルイは横目で彼女たちのその犯行を見ていた。

 笑いながら彼女の机に近づくと、手袋をはめて机の中から本を引っ張り出した。まるで、汚いものを触るかのように。


 この時、阻止すれば良かった。

 でも、出来なかった。

 あの場にいたのは……ルイと彼女たち。


 ルイは教師に命じられて花瓶の水を取り替えていた。

 ルイが教師に頼まれている姿は、他のクラスメイトからも目撃されているし、水を入れている姿も見られているはずだ。


 何より、教師からの証言が得られる。


 だけど、彼女たちが教室にいた、という証拠はない。


 例え目撃していたとしても女王様に逆らえないクラスメイトたちだ。教室にいた、なんて彼女たちが不利になる証言は出来ないだろう。


 彼女たちが【ルイが盗んだ】と証言すれば、それが真実。

 親が権力者というだけで彼女たちの言葉は正義だった。


 ルイの言葉なんて、真実であっても嘘になる。


(こいつらは屑だ)


 拳をギュウっと握りしめたまま、ルイは何も言えなかった。

 自分だって屑なのだから。


 握った拳をそのままにして、空き教室を出て行った。

 背中で、屑女たちの笑い声が聞こえる。


 嗤えば良い。

 嗤われて当然なのだから。


*


 ルイが飛び出した後の教室は重い空気が漂っていた。誰も言葉を発していない。エルカは何も見ていなかった。誰も彼女に声をかけられずにいた。そこで時が止まったかのように、生徒たちは、誰もが動けなかった。


 ルイが教室に戻ると、エルカ以外の生徒たちが同時に振り返った。注目を浴びたルイは視線を反らしながら中に入る。そして、その背後から女王様と取り巻きたちが教室に入る。わざとらしい笑い声を上げながら現れた。


「あら? どうしたの?」


 白々しい笑顔を浮かべて、女王様がエルカに尋ねる。声をかけてきたのが女王様だと気が付いたエルカは暗い表情で俯いた。何かを言わなければいけないのに、声を出すことが出来ない。

「………」

「エルカの本がなくなったって」

 答えられないエルカの代わりに、側にいたクラスメイトが答えた。

「あら……それは大変ね。誰かが盗んだのかしら」

「………」

 答える者は誰もいなかった。

 その沈黙に頷いた女王様はルイを指さす。

「教室に居たのは、ルイだけでしょ」

 女王様の言葉の後、無数の視線がルイに向けられた。嫌悪、憎悪、嘲笑、様々な感情がこもった視線。

 ここにルイの味方なんていないのだと、突き刺すような空気が物語る。

「そうでしょ!」

 女王様は周囲に同意を求める。その目に肯定を強要する力が込められていたのだろうか、生徒たちは機械のような動きで頷いた。

「え……?」

「だから、ルイが盗ったんでしょ」

「ま、まてよ……」

 「違う、そいつが犯人だ」、そう言いたいのに言葉が出てこない。

 ルイがそう言ったところで、誰も信じないのだから。それでも、何かを言わなければいけないと思った。他の誰にも信じて貰えなくても、彼女だけは……


 そう思っていたルイの言葉は


「ルイくんが盗ったの?」


 エルカの声に遮られた。


「あ……う……」

 彼女にそう言われると何も言えなくなってしまう。彼女ならばルイの言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。そう期待していたが無理だった。

 違う、盗ったのは自分ではない。

 そう言い切れるけれど証拠がなかった。

 犯行を目撃したが、何も出来なかった。何も出来なかった、そんな後ろめたい気持ちがルイから言葉を奪う。

「それとも、あんたの自作自演?」

「……え?」

 女王様は今度はエルカを見て笑みを浮かべた。

「被害妄想じゃないの?」

「……っ」

 目を見開き、茫然とするエルカに視線が集まる。同じ顔と言っていた、クラスメイトの視線が一斉に。

「時間の無駄になるから、そういうの止めてくれる?」

「………ちがう、本当になくなって」

「なくなったって証拠もないでしょ」

「それは……そうだけど」

 女王様に圧倒されるエルカは狼狽えるように声を震えさせる。


 追い詰められていく姿を見たくなかった。

 ルイは前に進み出る。


「僕だよ」


 この言葉で、全ての視線がルイに向けられる。


 今の自分に出来ることは、これしかなかった。

 女王様とエルカの間に立って、ジッとエルカの目を見た。彼女の濁った目にはルイの姿が映っている。その姿が醜い魔物の姿に見えた。


「どうして」

 エルカの感情のない瞳はルイだけを見ている。

「その本を失くしたら、どんな顔……をするのかな……って」

 本当は違う。だけど、それが正しいのだとルイは自分に言い聞かせた。

 色んな表情を見たかったのは本当のことだから。

「……」

「………僕がやった」

 惨めな悪役は項垂れた。周囲の目なんてもう見えていない。見えるのは、目の前の彼女だけだ。

「ルイくんが……?」

「……あ、ああ……」

 エルカの目が絶望的な色に染まる。

 今日まで、積み重ねてきた時間が壊れてしまった。一人の女の子の為に友情を捨てたことが間違いだったのだろうか。

 はやく、この場から離れたかった。

 だけど、彼女の目がそれを許さない。

「それで、本はどこにあるの?」

「ごめん、ちょっと手違いがあって……それで、あ……えっと……窓から落ちて、森に………」

「森に……」 

「………ゴメン………ごめんなさい」

 頭を下げるルイから、エルカの目が外れる。エルカは勢いよくルイの横を通り過ぎた。

「……っ」

「お、おい」

「……酷いよ、大事なものだって言ったのに、酷い」

「……約束する。探す……だから、待ってい……」

「ルイくんの言葉が信じられない。もう知らないよ、ルイくんなんか」

 次の瞬間、エルカは教室から飛び出していた。


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