第11章 友の頁(3)

 ナイトの視線はエルカの持つノートに向けられた。

 それは、ルイが届けたもの。


「ルイが嫌いなら、それをどうして持っている?」

「………っ」


「嫌いなルイがお節介で用意したものなんて捨てるべきだろ」

「…………」


「オレが燃やすか? って言っても拒否しただろ」

「…………」


「ここで、燃やしても良いんだ。そうすれば、ルイももうお前に関わらないだろう」

「………」


「何も言わないのなら、燃やすぞ」


 いつの間にか、ノートは全てナイトの右手の中にあった。エルカは彼の左手を凝視する。その左手には蝋燭。オレンジ色の炎が微かに揺れていた。

 ゆっくりと炎が、それに近づく……


「それは、ダメ‼」


 エルカの声にポンっと音を立てて、蝋燭の炎が消えた。ノートは燃えなかった。焦げてもいない。安堵したエルカの手に、再びノートが手渡される。

 受け取ったそれを、ギュッと抱きしめていた。


「………やっぱり、大事なんだろ。こいつのことが………燃やされたら泣いちまうぐらいに」


 ナイトはそう呟いた。

 そして、エルカは気付いた。

 自分が泣いていることに。


 これはルイによって作成されたものだ。

 この綺麗な字は良く知っているものだった。


「持っていてくれたんだ。てっきり捨てられたのかと思っていた」


 背後でルイの驚いたような声がしたので、エルカは振り返る。


「捨てるわけないよ。だって、凄く丁寧に書いてあるから」

「……」


 黙ったまま、ただ立ち尽くすルイをエルカは見上げた。


「私ね、ルイくんの本当の気持ちがわからなかったんだ」


 ――彼は私を傷つけた。

 ――私は彼を傷つけた。

 

 それなのに、どうして優しいのだろうか。


「本当の気持ちを知るのが怖かった。だから、ルイくんとは会いたくなかった。私の聞きたくない言葉を聞いてしまう、そんな気がしたから……」

「…………」


「ノートの字がとても丁寧だよね。自惚れかもしれないけれど、ルイくんが私の為に書いているのかなって……思って」


 このノートにはルイの心が詰まっているような気がした。これを捨てることは、ルイを捨てることになる。このノートを燃やすことは、ルイを燃やすことになる。

 そんなのは、嫌だった。


 喧嘩して、決別しても、それでも彼は大事な存在だから。


「………怖かったんだよ。私がこのノートから感じた【優しさ】も嘘なんじゃないかって……また、裏切られるんじゃないかって。そう思い始めたらキリがなくて………」


 言ってしまった言葉は取り消せない。

 エルカは、溜め込んでいた気持ちを吐き出していた。それを、ルイは黙って聞いていた。以前からそうだった。彼はエルカの話をちゃんと聞いてくれる。それなのに、エルカは彼の話を聞こうとしなかった。


「分かっていたよ。あの時だって、私はルイくんの本音は聞いていなかった。ルイくんが盗ったって言ったのはあの子たちで、それをルイくんは肯定しただけで……証拠なんてなかったのに、私は……私はあの子たちの言葉を信用して、責めてしまった……私が責めたから、ルイくんは犯人になってしまった」

「悪いのは僕だよ」

 ルイが低く呟くと、エルカは首を横に振ってみせる。


「ルイくんが悪いっていう、その証拠がなかった」

「僕の証言だけじゃ証拠にならないのか」


「貴方がそれを言うのはおかしいよね。探偵を志している貴方が証拠不十分な状況で、犯人を特定するだなんて」

「………それは」


「本当は……あの子たちがいない場所でもう一度事実を確認すれば良かったんだよね?」

「………」


「それが、出来なかった。もう一度確認して、また肯定されるのが嫌だった」

「………」


「私は逃げていた。ルイくんに会わない為に引篭もったの。外に出たら、また私は自分とルイくんを……傷つけてしまうから。それが、嫌だった」


 信じたいのに、信じられない。

 考えることを放棄して、引き篭もったのだ。


「逃げていたのは僕も同じだよ」


 ルイは苦笑すると、綺麗に折りたたまれたハンカチを差し出した。

 ずっと泣いていたエルカの目はきっと真っ赤で、涙と鼻水で酷い顏をしているのかもしれない。


「………ルイくん」

 受け取ったハンカチで目尻を拭いてから、ルイの顔を見上げると、黒い瞳がこちらに向けられた。交差した視線を反らさないように、彼の真剣な瞳を見つめながら、彼が語るのを待っていた。。


を君に話したら、もっと嫌われるんじゃないかって思った。本当のことを話すことから逃げて、僕は偽りの真実に身を委ねた。僕が犯人になった方が楽だと思ったから」


って?」


 小首を傾げるエルカにルイは悲し気な表情を向けた。

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