第10章 兄妹の結末(3)

「な、何でそうなるんだよ。お前はあの二人を刺していないのに、どうして……」


 ソルはエルカに歩み寄っていた。

 刺す直前にあの男と遭遇したのなら彼女は遺体に触れていない。それがどうして、全員を殺したことになるのだろうか。

 困惑するソルの瞳に、エルカの無邪気な笑みが返される。


「結果的に、それが真実になるからだよ」

「違うだろ………やめてくれ」


 エルカが視線を上げると、涙でぐしゃぐしゃになったソルの顔があった。

 年上の男の人に泣かれると困るのに、こんな顔をされたら、もう言えなくなってしまう。


 自分が壊れないように、目の前の彼が心配しないように、笑顔を浮かべていたのに。もう無理だ、笑うことが出来ない。

 せめて涙だけでも堪えながらソルを見つめていた。


「………」

 困惑の表情を浮かべていたソルは片眉を上げてエルカを見た。

「やったのは、俺の父さんだ…………お前は何もしていない、お前じゃないっ」


 強い言葉で、懇願するようにソルは叫んだ。

 力強い手がエルカの両肩を掴む、そして強い視線で睨みつけてくる。


 それが真実だった。

 だけど、それではダメなのだ。


「でも………」


 犯人がエルカでなければダメなのだ。震える目でソルを見上げた。


「それに、俺の父さんはまだ生きているだろ?」

「そうだね」


 確かに彼はまだ生きている。地下に落とされた彼は幻覚を見せられているだけ。物理的に傷を負わされているわけではない。衰弱して命を落とすには、まだ早い。


「……地下書庫の鍵はどこにあるんだ?」

「まさか、あの人を助けるっていうの? 何、考えているの?」

「そうしないと、あの男の罪をお前が背負うことになる」

「それくらい……」

「違うな……お前の大好きな兄貴が被ることになる」

「…………っ」

「それは、嫌だろ?」

「兄さんが罪を被ることは出来ない。私の指紋のついたナイフ……それは現場に残してきた。刺していなかったとしても、凶器になるものが落ちていた。それが証拠に繋がる」


 あれがある限り、犯人は自分でしかありえないとエルカは考えている。おそらく、ナイトにはアリバイがある。あの時間、彼は確実に勤務中だった。


「お前が考えていることぐらい、ナイトには御見通しだろ?」

「……確かにそうだね」

「それに、俺も刺しているんだよ。俺が現場に来たのは、お前と俺の父親が別の部屋に移動した後になる。俺はあの二人を自分のナイフで刺したんだ。まぁ、別の部屋にお前たちがいるなんて知らなかったけどな」

「知っていれば、ソルは自分の父親を殺害しようとしていた?」

「成功しているかは分からないけど、そうしていただろうな。あの時は俺も……あの二人を刺すつもりで家に入ったんだ。気持ちも高ぶっていた。確実に出来ると思っていた。でも、実際に刺したのは、遺体だった。それで自分でやった気になって……バカみたいだな。でも、お前と違って俺は確実に刺している」


 晴れ晴れとした表情でソルは言った。手に感触は残っている……。曖昧な記憶だけど、確かにこの手で握ったそれで彼らを刺した。そうだ、この罪を背負うのは彼女ではなく自分なのだ。

 

「…………嘘だね」


 エルカがニコッと笑みを浮かべる。

 なぜ、笑うのだろうとソルは首を捻った。 


「え?」

「ソルも刺していない……」


 エルカの双眸はソルの手元を見据える。


「俺はナイフで、あの人たちを」

「だって、ソルのナイフは玩具だから」


「……………う」

 ソルが息を飲む音が聞こえたので、エルカは微苦笑を浮かべた。

「兄さんが言っていたよ、周囲を威嚇するために持ち歩いているだけの玩具のナイフだって」

「…は、はははは……気付いていたのかよ」

「ソルはナイフで刺したかもしれないけど、それは玩具のナイフ。そんなものでソルが犯人だって思う人はいないと思うよ」

「はははは………」

 その通りだった。ソルが持ち歩いているのは先端が丸い玩具のナイフ。そんな玩具のナイフでは殺害なんて出来ない。

「ソルが二人を刺したと思ってしまった理由はね、私の父さんの魔法の所為」

「え?」

「父さんはまだ息があったみたい。どうしてなのかは分からないけど、ソルに幻覚を見せたみたいね。彼らを殺害するという幻覚を」

「………そうだったのか」

「魔法の気配があったの。幻覚魔法によってソルは目的を果たしたと錯覚。目的を果たしたから、その場から立ち去ろうとした。実際にはソルは手を汚さないまま、現場を去っていった」

「………っ」

「話を戻そうか」

「ああ」

「………あの時の私は逃げることしか出来なかった。逃げて時間を稼ぐことが私の目的だった。あの男を興奮させて疲弊させて、そしてあの地下に落とす。後は、父さんの炎が全部焼いてくれる。地下に落ちたあの人のことは殺せない。けれど、地下に入ったら自力で外に出ることはできない。そうなれば世間的には行方不明になるよね……真犯人は闇の中。現場に残されたのは血塗られたナイフ。それが状況証拠になって犯人は私になる」

「お前は、そうすることで……自分の罪になるって本気に思っていたのか」

「もちろん」

「俺は自首しているぞ。俺が持っていたのは玩具のナイフだが、お前のナイフも残っていた。ナイトによれば、魔法で指紋が消える代物らしい。だから、考えようによっては俺が使って指紋を消したとも考えられるだろ」

「え………」


 ソルの口元には勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。指紋が消えるものとは知らなかったエルカは目を見開いていた。

 エルカの反応を確認してからソルは苦笑いを浮かべる。


「……まぁ、お前がどんな小細工をしようとも、ナイトは罪を被る気でいるよ……」

「……でしょうね」


 あの兄なら二人分の罪を被れるような気がしたエルカも苦笑で返していた。

 

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