第6章 目覚め(2)

「少し冷静になりなさいな」


 見知らぬ穏やかな声が、フワリと現れた。


「……コレットさん」


 ナイトにそう呼ばれた女性が柔らかな笑みを浮かべる。

 淡い翡翠の髪を揺らした幻想的な女性は静かにそこに立っていた。少しだけエルカと似ている気がする。つまり、彼女は……


 ソルが女性の正体について考えていると、ナイトが掴んだ手を緩めた。

 見上げると彼は困ったような表情を女性に向けている。


「ナイトくん、お久しぶりね。そして貴方とは初めましてね。私はコレットよ」


 コレットと名乗った女性は音も立てずに近寄ってくる。

 歩いているのに、足音が少しも聞こえない。


「どうやって、ここに? 誰も入れないようにと頼んだはずですが」

 ナイトの口調は明らかに不機嫌だった。

 彼にとって、彼女はあまり関わりたくない相手なのだろう。そんな彼を茶化すように、コレットはクスクスと笑う。

「私は魔女よ。それぐらい簡単だわ」

「……そういうことして、捕まっても知りませんよ」

「え………魔女?」


 コレットの妖艶な笑みにソルは息を飲みこむ。

 自らを魔女と名乗る人物を見たのは初めてだった。彼女の美貌に飲み込まれそうになって、開いた口がそのまま放置される。


「ええ、魔女よ。目が合った、貴方の魂はいただくわ」

「え?」


 背中に冷たい汗がスッと流れる。周囲の気温が急激に低下したような気がした。魂が抜き取られてしまう。そう考えると無意識に顔が真っ青になった。

 そんなソルを見て、ナイトがハァっと大袈裟なため息をついた。


「コレットさん、ソルで遊ばないでください」

「そうね」

「ソルも心配するな。そんなことで魂は抜かれないよ」

「そ、そうか……」

「クスクス………ソルくんは可愛いわね」

「え?」


 女性から可愛いと呼ばれたことが初めてだったソルは目を見開いたまま固まる。


「だから、遊ばないでください。コレットさん、何をしに来たのですか?」

「魔法使いのトラブルは魔法使いが仲介するのが決まりなのよ」

「そうですね」

「ナイトくんは、あの子の側にいてあげなさい」

「………コレットさんは」

「私はソルくんと話がしたいのよ。ほら、行ってあげなさい」


 コレットは隣の病室、おそらく彼女がいるであろう部屋を見つめていた。


「ソルと話って何を考えているのですか?」

「いいから…………ほら」

「………わかりましたよ。言っておきますが、ソルに何かあったら許しませんからね」


 促されたナイトがエルカのところに向かう。

 それを確認して、コレットはソルを振り返る。

 ソルは呼吸をすることが出来なかった。自分は、これから何をされるのだろうか。一抹の不安を抱えながらソルはコレットの次の行動を待っていた。


「ソルくんはこっちよ。さ、手を掴んで」


 言われるがまま、差し出された手を掴む。

 拒むという選択肢はなかった。

 相手は魔女だ。ソルが拒んだところで何も変わらない。


 彼女の手は冷たかった。

 ゾクッとしたものが背中を這い巡る。


「え……何を」


 何かが身体の中に入り込んでいるような、何かが身体の中から出ていくような、不気味な感覚に陥る。

 不安になってコレットを見る。


「………エルカのところに連れて行ってあげるわ。今のあの子は、自分の殻に引き篭もっているのよ」

「………っ」

「最後に傍にいた貴方の方が、彼女に辿り着きやすいのよ」


 彼女に掴まれた手が熱くなると、生暖かい何かが全身を駆け巡るのを感じていた。


「こういうのは、俺より」

「ナイトくんはあの子には甘いから……あの子が望んだ通りにしてしまうと思うの……あの子が死を望めば、彼は喜んで彼女を死なせて自分も死を選ぶでしょうね」

「……」


 それは理解できる。ナイトなら、そうするだろう。


「ここはソルくんにお願いしたい」


 コレットの瞳から目を反らせなくなっていた。

 その瞳しか見えなくなっていた。


 意識がボンヤリとする。


 立っているのか、仰向けになっているのか、座っているのか、自分の状況が全く把握できない。


 一体、今はいつなのだろう。


 一体、俺は何をしようとしているのだろうか。


 何も、わからない。


 ふいに身体が持ち上がり、そして、どこかに落ちていく。

 落ちていくのは意識だけのような気もする。


 ただ、落ちているのだと。

 その感覚だけを感じていた。


 ドスンっとした音が耳に響いた。


 それまで感じていなかった感覚を突然思い出したみたいに、打ち付けられた腰に激痛が走り目を閉じる。

 それだけではなく、吹き上がった砂埃で息苦して激しく咳き込んでいた。


「なんだ、これ、」



 そこは暖炉だった。

 見覚えのない暖炉だ。



 そして、目の前には驚いた表情のエルカがいた。

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