間章 ー事件ー

◇◆◇ 


++


 放課後の図書室で二人は語り合う。

 静寂の中でページをめくる音だけがパラパラと聞こえていた。

 ここは、二人きりの特別な時間。

 

「例えばの話だけどさ」


 彼女は突然、声を潜ませて話し出す。

 少年にとって少女は特別な存在だった。

 彼女の話ならば、どんな話でも真剣に耳を傾けてあげたいと思っていた。


「ああ」

「目障りな人を消す方法が知りたい」

「え?」

「例えば……の話だよ。嫌な人を私の視界から消したいの、もう二度と見ないようにする方法」

「君は殺人事件でも起こしたいわけ?」

「……例えばだけど、そういうことになるね」


 あどけない笑みを浮かべる彼女に、少年は微苦笑で返す。

 司書や他の生徒がいなくて良かった。

 少年は思っていた。

 

 周囲を見渡して、やはり誰もいないことに安堵する。


 変わり者の少女の口から犯罪予告がされたのだ。

 彼女の言葉が本気ではないことぐらい少年は分かっている。

 だけど、誰かの耳に入って妙な噂が流れては大変だ。


「僕に聞くよりも、その読み終わった本に詳しく書いてあると思うけどね。物語の犯人の真似をして行動すれば良いんだからさ」

「なるほど」


 彼女が読んでいる本は推理小説。

 名探偵の孫娘が助手の執事(実は大泥棒の孫)や刑事の息子と、協力して事件を解決していくというものだった。


「確かその巻は……」

「放火に見せかけた殺人事件だよ」

「犯人は最後には探偵と警察によって牢屋送りだったな。君が同じ行動を起こせば、結果も同じ。君は捕まってしまうよ」

「捕まることは怖くないよ」

「訂正……捕まることもないね。君の力では大人を殺すことは無理だ。不可能だ」

「なんで?」

「腕力も体力もないお前には無理だな」

「えー……」

 残念そうに口を尖らせる。

 そんな細い身体では何も出来ないだろう。

「二人どころか一人も殺せずに、返り討ちにあうのがオチだろうな。それは最悪のバッドエンド」

「言い返す言葉がありません」

「だろ?」

「それじゃあ、戦い方を教えて。戦う力が欲しい」

「それは、駄目だな」

「なんで?」

「僕は探偵になる男だよ。友達が罪人になる手助けはできない」

「そうだよね。ごめんなさい。変なコト考えていたみたい」

 そう言って、眉を下げて申し訳なさそうな視線をこちらに向ける。

「いいよ。考えていることが変な事だとわかっていたんだろ? だから僕に相談したんだろ?」

「……そうだね。相談すれば、必ず止めてくれるから。止めて欲しいから、私は相談したんだよ」

 それは、誰かが引き止めなければ行動に移す可能性もあるということ。

 彼女は危うい。

 落ち着いているように見えるが、心に深い闇を抱えている気がする。 

「それじゃ、改めて言わせてもらうよ。君の力じゃ無理だから、やめてくれよな。加害者にも被害者にもならないで欲しい。被害者の君も、加害者の君も見たくないからさ」

「わかった。加害者にも被害者にもならないよ」


「約束だ」

 その言葉に彼女は強く頷いた。



 ++



 朝のホテルのカフェテラス

 少年は無言で朝食のサンドウィッチを口にする。

 隣の席では新聞を読みながら朝食をとる中年の男たちが、噂話に盛り上がっていた。

 聞きたくもない噂話に限って、どうして耳に入ってくるのだろうか。

 耳を抑えても、指と指の隙間をくぐって嫌な言葉が流れ込む。


「昨夜の火事は激しかったね。全焼だったそうだ」

「現場はあの幽霊屋敷だったらしいな」

「あそこって人が住んでいたのか」

「住んでいたぞ」

「ああ、きっと幽霊に祟られたんだろうよ」

「いやーだね、怖い怖い」

「だが、幽霊屋敷がなくなったのなら街も安泰だろう」


「「ハッハハハハ」」


 清々しい日差しに物騒な会話が飛び交う。

 彼らは他人の不幸を笑顔で話していた。

 聞いているだけで、食べているものを吐き出しそうになる。


 気持ち悪い。

 目の前の料理が美味しくない。

 少年は立ち上がると、逃げるようにカフェを飛び出した。


 笑い声はやまなかった。


 ずっと、ずっと 他人の不幸を笑い続けていた。

 嫌な笑い声。

 少年は我武者羅に走っていた。

 走り出すしかなかった。


 道行く人々が不審なものを見るような視線を向けるけど、そんなものは気にならない。

 ゴミ箱から新聞を引っ張り出す。

 破れた新聞だった。

 でも、どうにか読めそうだったのでザっと目を通す。


「あらやだ」

「はしたないわね」


 通行人が笑う。

 けれど今の少年の耳には入ってこない。


 時間が止まったような感覚に陥った。


 □□放火殺人事件が発生□□

 昨夜未明に街外れの洋館で火災が発生


 頭の中が真っ白になった。


***


 少年は無意識にそこに辿り着いていた。

 そして野次馬に紛れて、それを見た。

 焼け焦げた屋敷がそこにある。

 自警団によって作られたバリケードがあるから中を伺うことは出来なかった。


 ツンとした異臭に顔を覆う。


 野次馬の声が耳に入ってきた。


「遺体は二人らしいな」

「大人が二人だってさ」


 遺体と聞いて、ゾッとした。

 彼女がやったのだろうか。

 そんなこと出来るはずがないというのは、少年の希望だった。

 出来たのかもしれない。


「……ルイ」


 誰かに名前を呼ばれたような気がした。

 周囲を見渡すと野次馬がドッとざわめく。

 何故だろう。

 無数の視線が自分に向けられていた。


「……」


 違う、視線の先は背後に向けられている。

 振り返ると……


「話したいことがあるから、こっちに」


 無表情のままの男が立っていた。

 仕事中ではないからサングラスはしていない。本人曰く、サングラスは仕事着だそうだ。


「え?」

「ここじゃ話せないから、はやく」


 強引に腕を引かれて路地裏に入る。

 しばらく歩いてから、足を止めて振り返ると神妙な面持ちで話し始めた。


「実はな……昨夜、うちが火事になった。被害者は父親と母親の二名だ」

「あいつは?」

「……無事だよ」


 彼女が無事ならば、それで良い。

 だけど、どうして彼は思いつめたような表情を浮かべているのだろうか。

 彼女が無事なら、彼は側にいるべきだ。

 それなのに溺愛する妹を置いて、どうしてここにいるのだろうか。


「……それで、犯人は?」

「わからない」

「え?」

「現場にあったナイフはあの子のものだ」

「待ってください! あいつには無理です」

「分かっているさ。義弟おとうとも同じくらいに無理なんだ。あの二人には動機はあっても実行に移すまでの度胸がない。度胸があるのは……オレぐらいだな」

「………」

 それは、自虐的な笑みだった。

「残念ながら動機も度胸もあるオレにはアリバイもある。昨夜は仕事をしていた。勤務先にオレがいたことを証言できる人間はいる。火事があったことを知ったのだって、勤務先に近所の人が駆け込んできたからで……オレが駆け付けたときには、あの二人は救助された後だったさ……」

「じゃあ誰が犯人……」

「あのな、お前に話したのは、犯人捜しをしてほしいってわけじゃないからな」

「僕は探偵じゃありませんよ。どうして話してくれたのですか?」

「念のためだよ。詮索されて危ないことに頭を突っ込まれても迷惑だ。この件について、お前は考えなくて良い。あの子が目覚めたら仲直りしてくれよ。それだけに集中すれば良いんだ。それを、お前に伝えたかったんだよ」

 投げやりのような口ぶりだが、もしかすると彼はルイの身も案じているのかもしれない。そう思うと自然に笑みが浮かぶ。

「……はい」

「お前たち二人の喧嘩は、お前たちだけの問題だ。今のこの状況はオレたち家族の問題。お前は自分がこの街に帰って来た目的を考えるんだ。余計なことは考えるな!」


(余計なことは考えるな……か)


 この件に関しては首を突っ込むな、犯人を探すな、そう言っている。

 これ以上、踏み込めば……もっと良くないことが起きるのだろう。


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