第5章 閉ざされたエンドロール(2)

 落ち着いてからエルカは一人で王子のもとに戻った。

 彼はまだ大量のプリンに囲まれてご満悦の様子。

 王子はエルカに気付くと、手招きをする。

「何をしているのです。一緒に食べましょう」

「そうだね、一緒に食べると美味しくなるものね」

 エルカは彼の隣に座る。

 目の前に差し出されたプリンに違和感があった。

「あれ?」

「はい、カラメルソースですよ」

 エルカたちが作ったのはプリンだけだ。

 カラメルソースまでは手が回らなかったはず。

「これ……王子が作ったの?」

「はい。ナイトにばかり良い恰好させられませんからね………」

「……っ」

 エルカの目から何かが零れ落ちる。

 それを見た王子は目を見開いて、目をパチクリさせてみせた。

「………って、エルカ?」

「美味しいよぉ」

「ああああ……」

 王子は慌てていた。

 エルカが泣き出したからだ。


(だって、こんなのはズルいと思う)


 エルカは、こんなところで泣くつもりはなかった。

 覚悟を決めて、王子のもとに来たと言うのに。

 王子はエルカが予想していなかった行動に出たのだ。


(ソルと同じことをするんなんて)


 あの日、エルカとソルは一緒にプリンを作った。

 ソルはエルカに内緒で、カラメルソースを作っていたのだ。

 あのサプライズを思い出す。

 あれは美味しかった。素敵な思い出だった。

 だけど、あの直後に、それは最悪の思い出に塗り替えられてしまった。

「当然ですよ、僕が作ったのですから」

 ナイトの前で泣いたばかりだというのに、どうしてこんなことをするのだろう。

 カラメルソースのほろ苦い味が口に広がっていく。

 少し苦い、だけど愛情かけて作ってくれたからほのかに甘い。

 不思議な味。

 あの時と同じ味。

「ううううう」

「泣くほど美味しかったのですか、仕方ありませんね」


 美味しかった……


「……ダメだよ」


 エルカの冷めた声が王子に向けられる。


「え?」


 笑顔が消えた王子に向けられるのは、冷めた視線。

 その視線に、王子は驚いて目を見開いた。


「私が描いた貴方の物語。この結末は違うの………だって、この話は塗りつぶしたから」

「え?」


 一瞬にして、周囲が黒ずんだ影に覆われた。

 パラパラと壁が落ちて来る。

 この世界が崩壊しようとしているのだ。


「どうしてこういうことをするの? ?」


 エルカは目の前の王子にそう告げる。

 彼は目を見開いて固まっていた。


「ま……待ってください、僕はプリン王子だ」

「………そのモデルはソルだよ。だから、ソルなんだよ」

「…………」

「物語の結末は違うの。プリン王子の前から、まほうつかいの女の子は消えて、城のみんなも消えて、プリン王子はひとりぼっちになるの。ソルがそうだった。みんなを突き放して、ひとりぼっちになった。あれは私が悪いのに……」

「………」

「こんなことをしても変わらないんだよ。物語の結末が変わっても、現実は変わらないんだよ。甘い幻想は見せないでよ」

「…………僕は」

「だから……」

「俺は………」


 エルカは、王子が発言することを許さなかった。

 だから、何も言わせない。



「サヨナラだよ。私がいなければ、ソルは幸せになれるから」




 その言葉で、物語は幕を閉じる。



 最後に見たのはカボチャパンツの王子様ではなかった。

 泣きそうな顔を浮かべる義兄ソルだった気がする。




***




 そこまでだった。


 エルカは、元の図書棺の中にいた。

 甘い匂いの代わりに、本と埃とインクの……慣れ親しんだ心地良い匂い。

 この匂いは乱れた心をいつも癒してくれる。

 戻って来たのだ。

 本の中から脱出することが出来たのだ。

 嬉しいのに不安になる。

「物語が結末を迎えた。これで、外に出られるわよ」

 振り返るとコレットが明るく微笑んで立っていた。

 本の外に出ることは望みだった。

 だけど、図書棺から出ることはエルカの望みではなかった。

「………」

 コレットの澄んだ目がエルカを見ている。

 エルカの濁った目と違って澄んだキレイな瞳。

 これ以上見つめられると、自分の中身が全て曝け出されるような気がして、咄嗟に目を反らした。

「ごめん、一人になりたいの。奥の部屋を借りるね」

「ええ、ここの本は貴女の本だから。好きにすると良いわ」

「ありがとう」

 エルカは、コレットに微笑んでお礼を言ったつもりだった。

 だけど、エルカはもう笑うことは出来なかった。

 笑い方を忘れてしまったのだ。

 今までは出来たのに、うまく笑えたのに……

 気が付くとコレットの姿はなかった。


 もしかすると、コレットという少女なんていなかったのかもしれない。


 きっと、この図書棺には初めからエルカしかいなかったのだ。

 そう望んだのはエルカだから。

 一人になりたいと望んだのはエルカだから。


 思い出してしまった。


 真っ赤な海に横たわる二人の大人。

「………」

 動かないそれを見る少女の目に感情はなかった。

 女はともかく、男は肉親だったのに。

 何も感じない。憎悪も哀れみも、哀しみも何も感じられない。


 どうして、倒れているのだろう。

 どうして、血まみれなのだろう。

 どうして、息をしていないのだろう


 浮かんだ疑問符はすぐに消えた。


 どちらでも、構わなかった。

 この二人は動かない、それだけで十分だった。


 少女の持っていたナイフが床に落ちた。

 血まみれの海に沈んだナイフは何を刺したのだろう。






××






 ここは魔法の図書棺。

 人の記憶や人生が本となった、その本の棺。


 ふと、お爺様の言葉を思い出す。


――人はいずれ「本」になるのだ


 ここは私の物語の棺。私の棺。







××

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