第5章 閉ざされたエンドロール(1)

「作りすぎたかもしれませんね」


 王子の目はキラキラと輝いている。

 対照的にエルカとナイトは渋い表情を浮かべていた。

 テーブルに並べられたのは、大量のプリン。大きさはバケツサイズから、エスプレッソカップのサイズまで。ナイトが用意してくれたものと、厨房にあったものを使ったので様々なサイズのプリンを作ることが出来た。

 プルプルと不規則に揺れながら、輝くプリンたち。

 エルカはその姿に圧倒されていた。

 甘ったるい匂い。

 それは、部屋全体に漂っている。

「これなら数日はもつだろうな」

 ナイトが呆れ顔を浮かべて、そう言った。

「そうだね」

 エルカが同意する。

「数日ですか? 一日ですよ」

 王子は信じられないというような目を二人に向ける。

 その反応が、エルカは信じられなかった。

 これを、一日で食べると言うのだ。

「マジかよ…………失敗作を味見したからオレは限界」

 何度か失敗した。失敗したものは失敗作だからと言って王子は食べなかった。勿体ないからと、ナイトとエルカが食べたのだ。

 味に問題はなかった。

 形が悪かったり、綺麗に固まらなかっただけのもの。

「私も少し食べた。匂いだけで、お腹一杯。だから王子が全部食べて良いよ」

「本当ですか!」

 王子が目を輝かせる。

「うぅ……甘すぎる匂い。ダメ……耐えられないから外に行ってくる」

「オレも、ダメそうだ……さすがにコレは……」

「二人とも、情けないですね。うっとりする匂いなのに」

 ひと口でペロリと平らげる王子。

 その姿を見て、彼ならば本当に一日で食べきるような気がした。


***


 廊下に出て呼吸を整える。

 屋内にいるというのに、冷たい空気が流れていた。

 扉一枚を隔てただけで、こんなにも空気が変わるのだ。

「これから、どうする?」

 ナイトの問いかけに、エルカは視線を上げた。


 そして、微笑を作る。


「………少し、散歩してくるね」

「おう」


 城の廊下は複雑で道に迷いやすい作りになっていた。

 だけど、何も考える必要はない。

 適当に歩けば目的地に辿り着ける。

 エルカが行く先に……行きたい場所が現れるのだから。

 この世界はエルカが生み出した世界。

 だから、エルカは自由に移動できる。


 向かった先は、図書室の奥。

 ここが二人に見つからなかった理由も同じようなもの。

 

 エルカがそう望んでいたから。

 ここは、エルカしか入れない、エルカにしか見えない、秘密の部屋だった。

 エルカ自身が彼らを案内しない限り、彼らは絶対に入れない場所。


 テーブルの上には1冊の本がある。

 それを開いて、エルカは鐘を鳴らした。


 チリン


 しんと静まり返った部屋に頼りない鐘の音が響く。


「……ソル、聞こえる?」

『…………』

 エルカが声をかけるが、返事はなかった。

 でも、それでも良かった。

 これを告げれば良いのだから。

「物語は進んだよ。みんなでプリンを作って、みんなでプリンを食べたの」

『…………』

「ソルは…………この後、どうしてほしいの?」

『………っ』

「貴方の考えていることは、いつも分からない。教えてよ」

『………』

「言わないのか、言えないのか………どちらでも良いけど。このまま私は物語を進めるよ。良いよね」

『………』

「………何も言わなくてもいいよ。じゃ、行くね」

 返事がないことを確認して、エルカは本を閉じる。

 その本の表紙を、撫でた。

 表紙には日記帳と書かれていた。

 誰のものかは、知っている。

 どうして、ここにあるのかは、分からない。

 ページを開いても、もうソルの声は聞こえない。

 今まで見えなかった文字が、今は鮮明に見える。

 日記の文章は、あまり上手ではない字で、だけど丁寧に書かれていた。

 部分的に黒で塗りつぶされていて日記として読むことは出来なかった。

 それを少しだけ読んでエルカは閉じる。

 そして、その場を去った。


***


 廊下にも甘い匂いが漂っている。

 先ほどよりも、匂いが濃くなっているような気がした。

 立ち止まっていると眩暈を起こしそうになる。

 エルカは逃れるように客室に駆け込んだ。

 適当に入ったつもりだった。だけど、その部屋にはナイトの姿もあった。

「紅茶でも飲むか?」

 ナイトはエルカが部屋に入ってくることを知っていたのだろうか。

 戸口で立ちつくすエルカを手招きすると、すぐに紅茶を用意してくれた。

「………うん」

「じゃあ、そこに座って待ってなよ。話をするのは、それからだ」

 エルカが「話をしたい」、そう思っていることに気付いているようだ。


 これは王子に聞かれてはいけない話。

 ナイトは二人分の紅茶を淹れると、エルカの隣に腰をおろした。


「ありがとうね、やっぱりプリンを作るのが上手なのね」

「んー……作り慣れているからだ」

 ナイトの手際の良さには目を見張るものがあった。

 実際のところ、エルカは殆ど見ているだけだった気がする。

 王子は邪魔をしていただけだ。

 その邪魔の所為で、幾つかのプリンが失敗したのだ。

「……ナイトがいなかったら、ここまで物語を紡げなかったよ」

「そのためにオレはここに来たのだからな」

「ところで、探し物はみつかったの?」

「もちろん」

「そっか……じゃあ、そろそろお別れだね」

「でも、みつかった後のことは考えてなかったんだよな」


 ナイトは微笑む、悲しそうに傍らの少女を見た。

 この部屋に入ってから、エルカは意識的にナイトと目を合わさないようにしている。今も、彼女の視線はひと口も飲んでいない紅茶しか見ていない。


「それって、問題発言だよ。あの王子に怒られちゃうよ」

「そうだな」

 ナイトは苦笑する。

「………私、この物語の結末は思い出しているの」

「そうか……」

「ナイトも知っているんだよね?」

「……いや、知らないよ」

「そっか………」

「………本当に知らないんだ」

「うん」

「お前が望むなら………このままこの世界に留まるのも悪くはないと思う」

「え?」

「ここでの生活は何の不自由もないだろ?」

「何を言っているの? こんなメルヘンチックな世界は嫌だよ。それに、私一人の為にみんなを不幸にしたくない。だから、物語は終わらせる」

「そうか………いつも言っているけどさ」

「え?」

「あんまり心配かけさせるなよ……そうやって目を合わせてくれないとさ……不安になるんだ」

「………っ」

 ふいに大きな手が頭に乗せられる。

 視線を動かせば、見えるいつもの表情。

 迷惑をかけているのはエルカなのに、いつもこうして心配してくれる。


「やっと、目を合わせたな……」

「…………っ」

「全く、こんなところに閉じこもってさ……引篭もることは許していたけれど、ちょっとやりすぎだな」




「………ごめんなさい、兄さん」




 その言葉を口にするのを堪えていた。

 口にすれば、自然に涙が溢れ出てしまう。

 ナイトはずっと待っていた。

 エルカが思い出すのを親切な通りすがりのお兄さんを演じながら、ずっと待っていてくれた。

 いつも守っていてくれた手で力いっぱい撫でてくれる。

 痛いぐらいに撫でまわす。

「やっぱり………思い出していたのか………オレのことも、他のことも」

「…………うん」

 あの日に起きた惨劇も思い出した。

「もう、オレには止められないのか?」

「うん」

「無理にでも引き留めたいけど、お前はそれを望まないんだよな」

「ごめんな……さい」

「物語を終わらせるのなら、行ってこいよ」

「……はい」


 ナイトは何度も何度も、名残惜しそうに頭を撫でまくる。

 行ってこいって言いながら、離してくれない。

 知っているのだ。

 きっと、これが最後だと言うことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます