第4章 物語の続き(3)

 エルカは廊下を歩いていた。あの後はソルは何も語らなかった。早く物語を進めて来いとだけ告げると、それっきり。

 だからエルカも部屋を出た。


 物語を進めることは難しい。

 プリンを作るという行為がこの世界では無理なのだから。

 前方からはナイトが歩いてくる。

「どうしたの? その恰好」

 ナイトの雰囲気が違っていた。

 旅にでも出るような、大きな荷物を背負っている。

「ちょっと行ってくるよ」

「………え?」

 エルカは少しだけ眉根を寄せてナイトを見上げる。

 自分を見つめる瞳が震えていることに気付いたナイトは笑顔を浮かべた。

「この世界から出て行く……って思った?」

「え? 違うの?」

「出て行かないよ。プリンを作るとなると材料が必要だろ? そいつを調達してくるだけだ」

「あ………」

 ナイトが出て行くと勘違いしてしまったエルカは顔を赤くして視線を反らす。

「寂しがってくれるのは嬉しい」

「材料……調達できるの?」

「本の中から取り出すことは不可能。だけど、この世界には植物がある、よく見れば動物だって居る。だから探してくるだけだ」

「………大丈夫なの? この世界では何が起こるか分からないのに」

「心配してもらえるのは有難い。でも、安心しな」

「?」

「考えてごらん、それはエルカが物語を進行させる為に必要なものだ。必ず手に入るはず……エルカが物語を完結させたいと思っていればね」

 考える。

 ナイトの言う通りだった。

 物語を進めるには王子と一緒にプリンを作らなければならない。

 これを行うにはプリンの材料は必要不可欠。

 何かの方法で手に入れることは可能だ。

「ありがとう……これって、私がやらなきゃいけないことだよね」

「違うよ。オレは、その為にここに居るんだ。剣が持てない女の子の為に、剣を持つ為に」

 ナイトがニヤリと笑った。

 騎士の名は伊達ではないとばかりに胸を張る。

「私はどうすれば良いの?」

「お前はあの王子を見てやりなよ……行ってくる」

 そう言ってナイトは姿を消した。


***

 

 ナイトが城を出てから、することが何もなかった。

 物語を進行させるための道具は、ナイトが探しに行ってくれている。

 道具がなければ、物語は止められたまま。

 応接間の前を通ると、不機嫌な表情を浮かべた王子の姿があった。


「どうしたの?」

「プリンが食べたい」


 まるで幽鬼のようにフラフラと歩く王子の姿が不憫に思う。


「……分かったよ。ナイトから預かっているコレで」


 エルカは本を開いてプリンを召喚した。

 これは子供向けの料理本でエルカの手が届くところにあった。

 いつもナイトに取って貰う本と比べて、プリンのクオリティーは低い。

 現れたプリンを皿の上にのせて、王子の目の前に差し出した。


「……美味しい」


 王子は幸せそうに頬張る。

 その様子をエルカは眺めていた。

 

 ソルのことも気がかりだった。だけど、何の進展もない。そんな状況で話しかければ、ソルは不機嫌になってしまう。

 それに、目の前にいる王子を放置しては、王子も不機嫌になってしまう。

 エルカは、ナイトが戻るまで彼のご機嫌取りをしながら過ごしていた。


「むむむ……このプリンは飽きました」

「本が高くて届かないの……ごめんなさい」

「べ、別にエルカを責めているわけじゃありません」

「今日は、こっちの生クリームがのっているやつを召喚するね」

「はい」


***


 そして、数日後……


 厨房に人影があったので、エルカはそっと覗いていた。

「あ……」

 そこには大量の卵に、ミルクの瓶が置かれていた。

 そして、それらを並べているナイトの姿があった。

「……ふぅ」

「おかえりなさい」

「おう」

 久しぶりに見るナイトの姿に安堵する。

 もしも、あのまま居なくなったらどうしようか……エルカは不安だった。

 材料も無事に調達できている。

 材料が、こうして集まったということは……エルカが、物語を完結させようとしている、その証拠になる。

「怪我とかしていない?」

「大丈夫だ」

 ナイトは涼しい顔で微笑んでいる。

「良かった」

「そこに卵を割れないように並べて貰えるか?」

「うん、任せて」

「うぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!」

「何だ?」

 声を上げて猛ダッシュしてきたのは王子だった。

 彼は、並べられた食材の一つ一つに一喜一憂する。

「ナイトが集めてくれたんだよ」

「あれも、コレも、揃っている……」

 王子はエルカの声が聞こえていないらしい。

 食材や材料を手に取って、その度に目を輝かせていた。

 そして、最後に端におかれたソレを手に取る。

「……………バケツ! 完璧だな」

 大量の材料を羨望の眼差しで見つめている。

 一番の功労者であるナイトはやれやれと肩をすくめていた。

「おつかれさま」

「おう」

 三人揃ったので、エルカは考えていたことを二人に告げる。

「どうせ作るなら特大プリンを、みんなで作ろうよ。ちょうどいいバケツもあるしね」

「あれ? バケツって調理後の掃除に使うんじゃないのか?」

「新品で綺麗なやつって頼んだよね」

「冗談だって。もちろん、エルカに頼まれたとおりに未使用で綺麗なものを探して来たよ」

「なら、大丈夫」

 あのバケツはナイトに頼んだものだった。

 きっと、食材探しより大変だったかもしれない。

 バケツでプリン。ソルと作った、あの思い出のプリン。

 それを作る為に必要な道具。

「エルカ? みんなで……と言うのは」

 私とナイトのやり取りを眺めていた王子の表情が曇る。

「みんなで、だよ」

「僕とエルカで……ではなく?」

「ナイトがレシピを知っているのよ。私たちだけじゃ作れない。私、作れないし。王子だって作れないでしょ」

 エルカはまだプリンの作り方を思い出せていないのだ。

 あの日の光景は思い出せるけど、どうやって作ったのかが思い出せない

「そうでしたね」

「……」

 つまらなそうな王子の反応に、ナイトは控えめに笑う。

 エルカはそんな二人を交互に見た。

 もう少し、仲良くすればいいのに。

「物語ね、少しだけ思い出したの」

 エルカの言葉を二人は黙って聞いてくれた。

「プリン王子はね、美味しいプリンを探そうとしたけど見つからないの。だから自分で作ることにしたの。自分で作ると美味しいんだって、教えてもらったから。だからね、王子……みんなで作ると美味しいの」

「はぁ?」

 王子が信じられない、というような目で私を見る。

「みんなで食べると、もっと美味しいんだよ」

 エルカは王子をジッと見据える。彼は驚いて目を見開いていた。

「そ、そうですね、大きなプリンが……僕は食べたい」

「うん。ナイト、帰って来たばかりで疲れているだろうけど手伝ってもらえる?」

「もちろん」


 そして、三人で三人のためのプリンを作ることになった。




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