第4章 物語の続き(2)

 エルカは廊下に誰もいないことを確認して図書室の中に入った。

 再度、周囲に気配がないことを確認して、秘密の部屋に足を踏み入れた。

 この部屋での行動は王子やナイトには気づかれてはいけないと、エルカは考えていた。悪いことをしているような気がして鼓動が跳ねる。 

 本を手に取り、適当なページを開く。

 文字が見えないのだから、ページは何処でも良いはず。

(ソル、お願いだから気づいて……)


 チリン


 期待をこめて鐘を鳴らした。

 その音は小さくて儚くて頼りない。

 本当に、この音がソルに届くのだろうか。

 二人は仲が良かったわけではない。

 むしろ、エルカはソルが怖かった。

 だけど、今は違っていた。


「ソル!」

『ああ』

 声が返って来た。

 エルカはそれが嬉しかった。

(でも……なんだろう、ソルの声が少し元気ない気がする)

 眉根を寄せて、本のページを撫でていた。

 意味はあまりないけど、そうしたかったのだ。

「どうしたの? 何かあった?」

『あ、何でもないよ。そっちは進展あったか?』

「うん、プリンを食べさせたら、凄く喜んだよ。物語は進んでいる」

 エルカは経過報告をする。

 物語の主人公、プリン王子のようにプリンを食べさせた。

 思った以上に彼は喜んだ。

 それは、きっと物語のプリン王子と同じ。

『……そっか』

「でも、この先は思い出せないの。これは、きっとハジマリでしかないから。プリンを食べて笑顔になった。それで終わりってわけじゃない。現に私たちの状況は変わらないから……」

 エルカは本を抱きしめていた。

 壁に背を当てて、そのままストンと床にしゃがみ込む。

 抱きしめた本に額を押し付ける。


(思い出せないのが怖いよ……でも、思い出すことも怖い……私が物語を思い出せば、過去のことも思い出してしまう気がする。それは、つまり……見たくないものが見えてくるってこと)


『喜んだ王子は、それでどうしたんだ?』

「え?」

 突然ソルが問いかける。

『プリン王子は満足しなかったんだろ?』

「そうだね、喜んで笑顔になった……でも、これだけじゃダメだった。だから、どうしたんだろう……」

 思い出そうとしても、真っ黒なものしか見えない。

 その先には見てはいけないものがあるような気がする。

『………お前ってさ、食べなかったよな』

「ん?」

 ふいに、ソルが口を開いた。

『昔の話だよ』

「え?」

 ソルの方から話を切り出すとは思わなかった。

 だから、エルカは目を見開いて本を凝視する。

 別に彼の顔がそこにあるわけではないのに。

 少し照れたような彼の横顔が浮かんだような気がした。

『ガキの頃、おやつに食べてたプリン。全部、俺に渡していたよな』

「…………うん」

 それはプリンをソルにあげないと怒るからだ。

 逆にプリンをあげれば、怒らなかった。

 だから、エルカのプリンはいつも彼にあげていた。

 彼を笑顔にするために。

 その為なら、自分がプリンを食べれなくても構わなかった。

 エルカが我慢するだけで、少しだけでも穏やかになるのなら。

『だけどさ、一度だけ……一緒に食べたよな』

「……………そうだね」

『……………あれが、さ…………』

「ソル?」

 ソルの様子がおかしい。

 言いたくないことを口にするような、そんな雰囲気が伝わってくる。

『…………あの……プリンが一番美味しかった気がする』

「…………だって、ソルが作ったんだから………」


 思い出した。


 ソルがプリンを作ったことがあったのだ。

 兄は学校に通っていて、修学旅行で三日間不在。

 だから、大量のプリンを作って置いて行ってくれた。

 三日分のプリンが祖父の部屋にある冷蔵庫に入っている。

 そのプリンをソルは、一日で食べ尽くしてしまった。


***


 父も義母あの女も家にいなかった。

 祖父も検査入院で不在。

 エルカは、苦手なソルと二人だけでの留守番が不安だった。

 この三日間をどう過ごそうか悩んでいた。

 プリンを食べきってしまったから、機嫌を取る手段が何もない。

 関わらなければ、それで良いと思っていた。

 だけど、キッチンに立つソルの姿があまりにも異様だったので、声をかけたのだ。


「どう、したの?」

「プリンを作ろうと思ってさ」

 現れたエルカを一瞥すると、ソルは腕組みをして視線の先にある卵を睨みつけた。睨んだだけではプリンは作れないのに。

「プリン? 兄さんが作ったよね」

「食べたよ」

「………あんなに………あったのに」

 エルカは自分の分もあるだろうと、思っていた。

 少し恨めしそうに見るとソルが舌打ちする。


 いけない、怒られる……


 エルカは目を閉じるが、殴られる衝撃はなかった。

 目を開けると困ったような表情のソルがそこにいた。

「イライラしているときは、甘いものが欲しくなるだろ」

「そう、だね」

「それで、足りないから作ろうと思ってさ……いや、思ってはみたんだけどさ」

 腕組をして首を傾ける。

 きっと、作り方がわからないのだろう。

 そう思ったが、エルカは口には出さない。

 怒らせてしまうような気がしたからだ。

 だけど、周囲を見渡したエルカは見てはいけないものを見てしまった。

「……バケツ」

「おお、バケツプリンを作ろうと思ってだな」

 大きなプリンは、きっと美味しそうだろう。

 エルカは、バケツに近づいてその中身を確認してソルを見上げる。

「ダメ………私も手伝う」

 袖をギュッと引っ張って、必死の視線をソルに向けていた。

「え?」

「このバケツ、汚い。こんなのでプリン作ったら、お腹痛いよ」

 汚れたバケツをソルに突き付ける。

 ステンレス製のバケツの中はヘドロや苔で汚れていた。

「そんなの、洗えば良いだろ」

「洗っても、ダメ。ソルは食べられるの? もしも兄さんのプリンの型が……えっと……た、例えば、おばさんの香水が入っていた瓶だったら……食べられるの?」

「おげぇぇぇぇ」

 心底嫌そうな顔をする。

 エルカも自分で想像したら泣きたくなってしまった。

「だから、私も手伝うよ。プリンの型、バケツはないけど……このお鍋とかで、どうかな? いつも兄さんがが料理作るときに使っているやつだから汚いのじゃないよ」

 エルカは綺麗な鍋を見せる。

「そうだな、お前天才かよ」

 目を輝かせるソルは受け取った鍋を見てガッツポーズをする。


 それは、幸せだった記憶。


***


「ソルと一緒に作ったプリンは美味しかった」

『そうだな。お前がいなかったら、オレは自分で作ったプリンで腹壊すところだった………っと、そこまで思い出せばプリン王子の物語も思い出せるだろ』

「え?」

『………物語の続き、思い出したか』

「え?」

 ソルの声色がこんなにも優しいのは、初めてのような気がした。

 そこには何もないのに、頭に手がのせられているような不思議な感覚。

 そんなこと、ソルはしたことなかったのに。

 どうして、そう思ってしまうのだろう。

『物語のプリン王子はどうしてた?』

「確か、自分で……みんなでプリンを作った」

『ほら、思い出しているじゃないか』

「ソルって、もしかしなくても本当は全部知っているの?」

『知るかよ………プリンに関する思い出がヒントになると思っただけだ。とにかくお前は物語のことだけ考えればいいんだ』

 そう言葉を返すソルの声は何だか悲しそうだった。


☆★☆


 王子さまは森に向かいました。

 そこには、まほうつかいの女の子がいました。


「こんにちは」

「やぁ」

「また、お腹が空いたの?」

「ちがう」

「もっと、おいしいプリンが食べたいのだ」

「おうじさま……」


 女の子は困りました。

 だって女の子の用意できるプリンはまほうでしか出したその1種類だけなのだから。


 王子さまの、心が泣いている。

 王子さまのお腹が泣いている。

 泣いているのはお腹だけではないことを、女の子は知っていた。

 プリンがあれば、王子さまのお腹も心も満たされていたはず。


「また、嫌なことがあったのね」

「ああ」

「でも、魔法のプリンはそれ以上にはなれない」

「ダメ、だろうか」

「王子さま、プリンを作ったらどうかしら」

「僕が作れるものか?」

「私のまほうでは、これ以上のものは作れないの。ごめんなさいね。」

「そんな……」

「うううう」

「……」


 女の子はおどろきました。

 王子さまが突然泣き出したからです。

 かわいそうな王子さまは、ずっとお城で一人でした。

 みんなの気を引きたくて怒っただけ。

 怒れば、みんなが来てくれるから。

 だけど、今は違う。

 王子さまが怒れば、プリンを差し出されるだけ。

 また、一人になってしまった。

 だから、みんなの気を引きたくて、

 もっと美味しいプリンが食べたいと叫んだだけ。


「王子さまはプリンが食べたいのではないのね」

「……」

「プリンが食べたい」

「そんなに好きなら……一人で食べるプリンじゃ満足できないのなら」


 女の子は王子さまの手を握りました。


「みんなで一緒に作って、みんなで一緒に食べれば良いのよ」

「……」

「材料なら魔法で出せるからね」

「あ、ああ」


☆★☆



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