第4章 物語の続き(1)

 これは、記憶の映像。

 幼い兄妹たちの遠い日の記憶。

 所々にノイズのようなものが入って良く見えない。

 過去とか未来とか、そんなことは考えていなかった。

 今だけを追いかけていた、そんな幼い記憶。



 テーブルの上に並べられているのは手作りプリンだった。

 傷だらけの汚いテーブル。

 だけど、プリンがあるだけで華やかなものに見える。

 エルカは兄を手伝ってプリンを並べていた。

 この日のプリンは特別だ。

 祖父が特別に買ってきた少し高い卵で作ったプリン。

「今日のおやつはプリンだぞ」

「やったー」

 兄の言葉に、ソルが駆け込んできた。

 そして、嬉しそうに一気に頬張る。

 いつもは不機嫌なのに、別人みたいな笑顔で。

 彼が笑顔だとエルカは安心できた。

「おいおい、落ち着いて食べろって………ってなんだよ、もう食べたのか」

 兄が呆れ顔を浮かべていた。

 食べ始まったばかりなのに、彼の皿の上には何も残っていない。

 それも二枚目の皿だった。

 初めから彼の前には二皿並べていたはず。

 まだ物足りないのだろう。物欲しそうな視線は、エルカの皿に向けられる。

「お前のプリン貰ってもいいか?」

「……」

「おい、こいつから取るなっ………て」

 返事を待たずに、ソルの手が伸びていた。

「良いよ」

 否定する理由は何処にもなかったので、エルカは頷いていた。

 承諾を得たソルの目が輝きを増す。

 そしてエルカの持っていた三皿目に取り掛かった。

 その三皿目も、もう少しで平らげそうだ。

「足りない…………もっと、欲しい」

「仕方ないな……オレのもやるよ」

「やったーー」

「そうだ、お爺様のは? 卵買って来てくれたのはお爺様だから」

 こんな時でも人の心配をするエルカの姿に兄は涙を浮かべている。

「もちろん。あるよ………って、ソル……何でじぃさんの分まで」

「え?」

 ソルは不思議そうに兄を見やる。

 これで、テーブルの上にあるプリンは全て食べてしまったらしい。

「そうか……オレのプリンが美味しすぎて、他の奴から奪うぐらい美味しかったってことか」

「はぁ?」

「兄さん、喧嘩したらダメだよ」

 せっかくソルの機嫌が良いのに、ここで火に油を差すのは良くない。

 エルカは兄の腕にしがみ付いて止めようとする。

 喧嘩になると、多分ソルが負けてしまうから。

 負けたらソルは更に不機嫌になる。その姿を想像する。

「……もっと、美味しいプリン……食べさせろよ」

「仕方ないな………明日の分だったけど、やるよ」

 そう言って兄は冷蔵庫から、残りのプリンを取り出す。

 それを見たソルの目がパァッと明るくなる。

「いただきまーす」

「これじゃあ、全部、お前に食べられちまうよ」

「そうだね」

「エルカ……食べられなくて悪かったな」

「私は大丈夫だよ」


***


 夢の内容を思い出してエルカは苦笑する。

 それは、取り戻すことが出来ない過去の思い出だった。

 幼くて、愚かな子供時代。

 ソルを大人しくさせるために、エルカたちは彼にプリンを食べさせた。

 ソルの笑顔は嫌いではなかった。プリンを頬張る時のソルは、心から幸せそうに笑う。だから、エルカも嬉しかった気がする。



「おはよう、ナイト」

 応接間にはナイトの姿があった。

 そのことに、安堵する。

 朝起きて、誰もいなかったら……と、不安を抱いていたのだ。

 その不安を察したのだろうか、ナイトは安心させるような笑みを浮かべる。

「怖い夢でも見たのか?」

「起きたら……ここが馬小屋だったらどうしようかって思っていたのよ」

「大丈夫、ここは馬小屋じゃないよ」

「そうみたいね」

「寝れたかい?」

「………まぁまぁ、かな」

 豪華なベッドは落ち着かない。

 フワフワの質感は変な感じで、なかなか眠れなかった。

 だから、変な夢を見てしまったのかもしれない。

「無理はしていないか?」

「大丈夫だよ。大きなベッドだったから落ち着かなかっただけ」

「なるほどね……確かにあれは大きいな」

 こんなことで、心配をかけたくない。

 何でもないように、ナイトと挨拶を交わす。

「起きたのなら朝食にするか?」

「そうだね」

「おう」

「そういえば……王子は?」

 本棚から料理の本を選ぶナイトの背中に問いかける。

「呼んだけど起きなかったよ。寝言でプリンって呟いていた。」

「きっと幸せな夢を見ているのね。寝かせてあげよう」

「そうだな……っと、この本にするか……ホットサンド」

 ナイトは持ち出した本を開く。

 そのページには美味しそうなホットサンドの写真が写っていた。

「ねぇ………王子は、あれで満足したのかな?」

「あんなに食べたんだぞ………それがどうしたんだ? お、これ……ビーフカツレツか……美味そうだな」

 ナイトが目を閉ざすと、そこにビーフカツレツのホットサンドが現れた。

「え? 朝から?」

「良いだろ……で、エルカはどうする?」

「私はそっちのトマトとレタスので良いよ」

 エルカも同じように目を閉じて、ホットサンドが食べたいと願う。

 ポンっという音とともに、トマトとレタスが挟まったホットサンドが現れた。

「肉は食べないのか」

「朝からは無理かな……あのね、話を戻すよ。あのプリンでは満足出来なかった、その王子さまは……もっと美味しいプリンを食べたいって願うの」

「おや? 物語を思い出したのかい?」

 ナイトにそう問われて、エルカは首を横に振る。

「思い出したのはそこまで。だから満足できなかった王子さまが何をするのか、それを思い出さないと」

 首を傾げて考える。

「こっちの王子も、まだ満足していないのか………気になるってことか」

「どうなのかな?」

「さぁな」

「これは毎日プリンを食べさせて観察するしかないね」

「……観察か」

 プリンを食べる彼を観察していれば思い出せるかもしれない。

 エルカはお菓子作りの本を受け取ると、しおりを挟んでいたページを開く。いつでもプリンのページを開けるように挟んでいたのだ。

 目を閉ざして、このプリンが食べたいと念じる。

 目の前にはキラキラとしたプリンが姿を現した。

「このプリンを見ていれば王子の気持ちが分かるかな」

「そうだなぁ」

 二人はジーっとプリンを見つめる。

 プルプルと震えるだけで、プリンは何も言ってくれない。

「分からない。私にとっては、ただのプリンだもの」

「同感だ」

「気が遠くなる作業だね」

「食べて考えたりはしないのか?」

「食べるのは王子だけ、私の分もあげるのよ。私は食べないの」

「どうして?」

「そうしないと、いけないからね」

 なんとなく、そんな気がする。

 理由は分からないが、そんな気がしたのだ。

「………プリンが嫌いってわけじゃないのだろ?」

「どちらかと言えば好きよ。でも物欲しそうに見られるのなら、先に食べさせた方がトラブルは減る」

「トラブル?」

「私の想像した王子さまと同じなら、あの人はすぐに怒って、まわりに迷惑をかける。彼は自分が怒っている理由がわからないの、だから突然前触れもなく怒り出す。理由のない怒りを発散したいから……」


 すると、背後からドタドタと駆け込んでくる姿があった。


「エルカ! 何をしているのですか」

「何って、朝食を食べながら物語を思い出しているのよ」

「どうして、僕だけ放置しているのですか」

 王子は怒っている。

 そんなに目を血走らせなくてもいいのに。

「王子は寝ていたから」

「僕が寝ていたからって、どうして……どうして僕はイライラしているのだろうか」

「話をしていると、自然に思い出せると思ったの。だから、私たちは会話をしながら朝食とプリンを食べようかと思って。王子も一緒にどう?」

「誰が……」

「ほら」

「………っ」

 視線を止める。

 そこにはプリンがあった。

 エルカたちはプリンを見て今後のことについて話し合っていた。

 プリン好きの王子さま。

 その気持ちを理解するためにプリンと向き合っていた。

「プリン食べても良いよ」

「ほ、本当ですか」

 王子が目を輝かせる。

「どうぞ」

「食べてもいいぞ」

 プリンの皿を彼の前に差し出す。

「何と言う、幸せ」

 ひと口で頬張ると、目を輝かせてうっとりとする王子。

 その笑顔が嬉しく思える。

 だから、もっと喜ばせたいと思った。

「もっと出そうか?」

「そこまで食い意地はありません。落ち着きましたよ」

「……」

 そう言って席につく。

 視線はナイトに向けられた。

 エルカに対しては笑顔だが、ナイトに対してもそうはいかないらしい。

 彼に不機嫌な視線を投げかける。

「どうした?」

「ナイトの目的、探し物は見つかったのですか」

「いや……今はエルカの手伝いをするよ」

「むむむ……」

 どうやら、二人は仲が悪いらしい。

 一方的にナイトを嫌っているように見えた。

 ナイトの方は、よくわからない。

 なんとなく楽しんでいるようにも見える。

「どうしてナイトが苦手なの? 私はナイトがいると安心できるけど」

「それは、有難いな」

「こういう状況で年長者がいることは本当に助かるの」


 ふと、ソルのことを考える。

 ソルは大人で男だけど、たった一人で密室の中にいる。

 不安なはずだ。

 時間をみつけて様子を確認した方が良いだろうか。


「……」


 ニコリとナイトが微笑んだ。この笑顔には安心感がある。

 同時に、何かを探られているような気にもなる。

 その不安を悟られないように笑みを返した。


「僕は、苦手です」

「………オレも王子は苦手だなぁ」

 そう言いながらも、ナイトは王子のことを気にかけている。

 今朝だって様子を見に行ってくれている。

 面倒見の良いナイトと、我儘な王子を交互に見てエルカは肩をすくめてみせた。

「喧嘩はしないでよね」




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