第3章 そして王子はプリンとなる(3)

 図書室を後にしたエルカの足は厨房に向けられていた。

 厨房を覗くと、予想した人物の姿があった。

 ナイトは料理の本には手を触れていない。調理台にまな板を置きながら作業をしていた。ナイフを巧みに扱いながら、レモンとリンゴを切分ける。

 その手つきは慣れたもので、思わず見とれてしまった。


 切り分けられたリンゴとレモンの絞り汁を鍋に入れる。鍋を火にかけて、ひと煮たち。甘い匂いが漂ってくる。

 でも、何かが足りない……エルカは考える。

「そっか、シナモンが足りない?」

 エルカがそう言うと、ナイトが振り返って微笑を浮かべる。

「確かにシナモンがあったら最高だな」

「ごめん、邪魔だよね」

「そんなことはないさ……あ、ナイフには触るなよ……危ないからな」

「うん」

 ナイトに近づいてグツグツと煮える鍋を覗く。

 甘い匂いに喉が鳴る。

 これを、紅茶に入れたら美味しいかもしれない。

「火傷するから、そんなに近づいたらダメだよ!」

「もう、心配性なんだから」

「女の子が傷をつけたらダメだろ。ほら、こっちにおいで」

 ナイトは火を止めると、エルカの腕を引いて食堂に入った。

 椅子に座るように促されて、テーブルを挟んで向き合う。

「リンゴのコンポート、火を止めても平気なの?」

「外から採って来た果物で料理が出来た。それを確認できたから大丈夫だよ」

「後で味見しても良い?」

「もちろんだよ………それで、どうしたんだ?」

「ひと段落したから、何かを飲もうかと思ってきてみたの」

「応接間のティーポットは図書棺のものと同様だろ。淹れても減らない魔法のティーポットだ」

「そうだったね。ナイトは料理が得意なのね」

「まぁな」


「それじゃあプリンって作れるかな?」


「プリン?」

 そう言うと、一瞬だけ眉をひそめた気がする。

 そして、

「ああ、お菓子のか。王子のことかと思ったよ。まさか、人体錬成させるのかって……」

「ややこしい名前だよね。ごめんね」

「謝ることじゃないだろ? もちろん作れるけど……ここには材料がないな。食材のページを開いて念じても食材は出てこないらしい」

「そっか」

 エルカが図書室にいる間、ナイトは自分が出来ることを試していたらしい。

 完成された料理は召喚できても、それに使用した材料は召喚できない。

 そこで外に出て、食べられそうな果物を持ってきたらしい。

「鍋は? ここにあったの?」

「ああ、飾り物かと思ったが本物だった。この焜炉も本物、燃料はそこにあった。火は火打石がそこにあったから使った」

「火打石だなんて……凄いね」

 そんな発想はなかった。

 ナイトはサバイバル生活でもしていたのだろうか。羨望の眼差しを向ける。ナイトは褒められたことが予想外だったのか、恥ずかしそうに目を反らした。

「だけど、プリンは作れないな。卵もなければミルクもない」

「そっか……」

 材料がなければ料理はできない。

 エルカは少しだけ肩を落とす。

「プリンが載っている本があったから、それで召喚したらどうだ?」

「うーん、やってみるよ」

「何かあったのか?」

「考えたの、プリンが好きだから、プリン王子って呼ばれていた……まずは、そこから物語を始める」


 これ以上は考えても何も変わらない。

 一度、王子にプリンを食べて貰う。そして、その反応から考える。


「それは分かるけど、どうして作ろうとしたんだい? 手作りだなんて」

「なんとなく手作りの方が良いかと思ったの………なんとなく、だけど」

「………そっか……じゃあ、どうにか出来ないかオレも色々考えてみるよ」

「ありがとう」

「庭にリンゴやレモンがあった。外には動物がいるから、牛や鶏だって何処かにいるかもしれない。ミルクや卵を手に入れる方法もきっとあるだろう」

「うん」

「とりあえず…………今は本を探すか。今すぐには作れないからな、とりあえず召喚して食べさせる」

 ナイトが立ち上がると、書棚の方に足を向けたのでエルカも椅子から下りて、その後を追い駆けた。並べられた料理の本は何処に何があるのか分からない。

「そうだね。お菓子作りの本を探さないと」

「えーっと」

「待って! 自分で探すよ」

 ここまでナイトの世話になるのは申し訳がない。

 そう思って、彼の服の裾を引っ張る。すると呆れ顔のナイトの視線が向けられた。

「オレ、ここの本は確認しているからさ。何処に何があるかは把握している。言っただろ、エルカの手伝いするって」

「あ、ありがと」

「っていうか………女の子に危ない事、させたくないからな……」

 そう言いながら、ナイトは高いところに置かれた本に手を伸ばす。

 そんな高いところにあったらしい。

「そんな場所に?」

「そう、エルカの身長じゃあ……椅子に乗っても……どうにか届くかってところだろ?」

「……否定できないわね」

「家庭で出来るお菓子作りの本……ここにあるらしい。場所を移動できれば良いのだけど、なぜか本は元の場所に戻ってしまうんだよ」

「それも魔法なのね」

「必要なときは言ってくれよ、いつでも取ってやるからさ。家庭料理以外のなら、お前でも届く位置にあるけど、お前が欲しいのは、こっちなんだろ?」

 ジーッとナイトがエルカの瞳を見据える。

「うん」

 なぜだか、ナイトには嘘はつけないらしい。

 だけど、ソルと会ったことは言ってはいけない。

 きっと、エルカが何かを隠していることなんて彼は御見通しなのだろう。

「何があったんだ?」

「………図書室に行って本を読んだの、その結果」

「ま、今は追及しないが……無茶なことはしないでくれよ」


***


 エルカはナイトが見つけてくれたお菓子の本を手に応接間に向かった。

 部屋の中で王子は不貞腐れている。

 自分の物語なのに、何も出来ないのがもどかしいのだろう。

 無言で彼に近づき、持ってきた本を彼の前に差し出す。

「エルカ?」

 エルカは目を見開いた王子の前で本を開いた。

 そこにはプルプルとしたプリンの写真があった。

「この中は図書棺と同じ、これを開けばプリンが出てくるのよね」

「はい」

「じゃあ、やってみるね」

 甘くて美味しそうなプリン。プルプルとしている。ほろ苦そうなカラメルソース。甘ったるい匂いが溢れる。そんなことを考えていると、目の前にプルプルのプリンが現れた。

 皿にのせられたそれに熱い視線を向ける者がいた。

「……」

 王子だった……先ほどの不機嫌な表情は消えている。

「………これで、どうかな?」

「おおお」

 王子は飛びついてプリンを口に放り込む。

 無心にプリンを口に放り込んでいく。

 エルカはそのスピードに驚きながらも、追加のプリンを召喚させた。

「プリン王子がプリンを食べる、まさに共食いだな」

 エルカから遅れて入ってきたナイトが彼に聞こえない程の小声で呟いた。

「おお、何て美味しいプリンなのですか」

 彼は子供のような、いや女の子のようにうっとりとしている。

 しばらく、観察しているとスプーンを持つ手が止まった。

 静止したまま、ロボットみたいなスローペースの動きでエルカとナイトを交互に見やる。

「二人とも、そんなに見ないでください。折角の美味しいプリンが不味くなります」

「そう言われても……」

「な、何ですか。エルカ、僕に恋をしても無駄ですよ」

「それは、ないない」

「否定するの早っ?」

「…………今、美味しいって言ったよね」

 エルカの言葉にプリンは顔を赤らめた。

 そして、思い人を言い当てられて気恥ずかしくて仕方がない乙女のように目を反らす。

「はい、美味しいですから」

「美味しいのか?」

「はい。プリンでしたら幾らでも食べますよ」

 そう言って微笑む彼はプリンを食べたからだろうか。

 心底幸せそうである。

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