第3章 そして王子はプリンとなる(4)

 あの頃のことを思い出していた。


 祖父の住む地下室はエルカにとっての楽園。

 新しい母親は、ここを気味悪がっていた。

 魔法使いと呼ばれた男。彼の集めている書物はどれも怪しいものばかりと彼女は考えている。

 彼女は今すぐにでも彼に私物を持って出て行って欲しかった。

 だが、愛する夫の父親だから仕方なく同居しているのだと彼女は言う。


 彼女は彼が嫌いなのに彼の所有する屋敷に住んでいる。

 ほとんど帰ってこないけど、住んでいる。

 彼は、もうすぐ死んでしまうから、それまでの辛抱……そんなことを話していた。彼が亡くなったら取り壊して新しい屋敷を建てようという計画を立てていた。そんなお金はないのに。

 曰くつきとはいえ、この広大な土地は手放したくないのだろう。


 この屋敷の主である祖父の地下室。

 書棚に囲まれた書庫。

 ここだけは、お城のように思えた。屋敷の中は汚いけれど、ここだけはキラキラとしている。おそらく、彼の魔法によるものなのだ。


 幼いエルカはここを訪れることが多かった。

 自分の部屋よりも、心地が良かったから。 


「エルカ、何を描いているのかね」

「絵本だよ」

 何年も、いや何百年もそこにあるような机の上。

 日記帳を広げて、パステルと木炭を握りながら、思い浮かんだ世界を描く。

 それがエルカの楽しみであり日常。

「これは、王子様かね」

 祖父が指さしたのは王冠をかぶった男の子の絵。

 眉を下げて、口をへの字にした男の子。

 とても不機嫌な顔をしている。

「そうだよ」

「王子様は笑っていないのかい?」

「この王子さまはね、プリンを食べると笑顔になるんだよ。これは、まだプリンを食べる前なの」

「そういえば、また大量に作っていたなぁ。じじぃの分はあるかね?」

「昨日作ったプリンは全部食べられちゃったよ」

「ハハハハハ育ち盛りだからねぇ。食べたかった………じじぃが高い卵を買ってやったのに、少しも食べられないとは……」

「私も食べてないから、落ち込まないで」

「食べていないのか?」

「うん、ソルが飲み物みたいに一気に食べちゃったの」

「幸せそうだったか?」

「うん、幸せそうだったよ」

 あんな幸せそうな顔を見たら、ついついプリンをあげてしまったのだ。

 プリンを食べることは出来なかった。それは残念だとは思うけれど、後悔はしていない。

「じじぃは孫娘の妄想に耳を傾けるよ。お前の妄想は甘美だからな、絵本を見せておくれ」

「これは試作品。執筆中だから内容が変わるかもしれないからね。内容は誰にもナイショだよ」

 エルカは書きかけの物語を祖父に渡す。


 どれどれと、祖父は物語を読み始めた。



☆★☆



あるところに、王子さまがいました。

この王子さまは、すぐに怒ります。


「イライラするんだ……だけど、何がイライラするのかわからない」


みんな困っていました。

王子さまも、困っていました。

王子さまは、ほんとうは、怒りたくないのです。

だけど、どうしたら良いのだろう。

どうすれば良いのか……わからないから、

王子さまは、いつも怒っていました。

怒れば、周りの人たちが困ることは分かります。

じゃあ、どうすれば良いのだろう………

考えているうちに、王子さまは道に迷ってしまったみたいです。


「なぜ、道に迷うんだ!イライラする!!」


怒りたくても誰もいません。誰も聞いてくれません。


「どうしたの?」


現れたのは知らない女の子でした。


「道に迷ったではないか、どうしてくれる?!」

「わたしに怒っても意味ないでしょう」


それは、いつもとは違う反応でした。

お城の人たちは、王子さまが怒ると謝ります。

だけど、この女の子は少しも謝るつもりがないみたいです。


「……そうだな」


当然です。女の子には謝る理由なんてないのですから。

そんなときでした。


グ―グーグー


王子さまのお腹が鳴きました。

王子さまはビックリしてお腹を抑えます。

だけど、お腹は鳴きやんでくれません。

女の子は言いました。


「心が泣いているのね。わたしは、まほうつかいなの。あなたの心を元気にするわ」

「心を?」

「お腹も、心もまんぷくにしてあげる」


女の子の手には杖がありました。それをクルクルと回します。


プルリンプルリンプリリリリリン

プルンプルンプリン


「おいでませ、プ・リ・ン」

すると、プルプルとしたプリンが目の前に現れました。

「これは?」


初めて見る食べモノから目がはなせません。

プリンという食べモノは知っています。

ですが、食べたことがありません。


これは、本当に食べモノなのでしょうか。

王子さまにはわかりません。


「食べてごらん、げんきになれるよ」


女の子が言いました。

食べモノのようです

王子さまは、恐る恐る口に入れます


「………」

「……どう?」

「うまい!!」

「でしょ!」


王子さまはプリンをペロリと食べきってしまいました。

元気になった、王子さま。

その日は元気にお城に帰りました。

王子さまはプリンが大好きになりました。

王子さまのプリン好きは国中に広まりました。

毎日のようにプリンが献上されました。

相変わらず、王子さまはすぐに怒ります。

不機嫌になります。

だけど、お城のみんなが……


「王子さま、プリンです~」


と、言うと笑顔になります


怒っていたことも忘れて美味しそうにプリンを頬張ります。

そんな彼をみんなはプリン王子と呼ぶようになりました。

プリン王子はプリンを食べることができれば幸せでした。


ですが、それだけでは満足にはなれませんでした。


☆★☆

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