間章 ー告解ー

◆◇◆


 そこは礼拝堂。

 中にに入ると女神像が待ち構えていた。

 少年は前髪をかき上げて、女神像を見上げる。

 綺麗に磨かれた女神像だ。

 その表情は微笑んでいるようにも、嘲笑うようにも見えた。

 少年の心の中を、女神像は見ているようだ。

 目を瞑り、手を組むと、少年は静かに膝をついた。


 +++


 僕は友人を傷つけてしまいました。

 どんなに謝っても許しては貰えませんでした。

 会うことも叶いませんでした。

 許されないまま、僕は街を離れました。

 親の仕事の都合、なんて理由で。

 大人の都合に振り回されるのが嫌でした。

 だけど、その時は安心してしまいました。

 僕は逃げました。

 友人を傷つけた事実から…


 +++


 それは、何度も心の中で繰り返した懺悔の言葉。

 瞼を開くと、女が立っていた。

 腰まで伸びた透き通った翡翠色の髪。

 彼女からは幻想的な輝きを放たれている。

 本当に実在しているのだろうか。そんなことを、疑ってしまい……つい足元を見ていた。

 彼女の足はあった。

 当然のことなのに安堵する。

 再び見上げると彼女は、その口元に穏やかな笑みを浮かんだ。

 どことなく女神像に似ているような気がして、ジッと見つめてしまった。


「あ、あの………」

「立ちなさい。私は女神なんかじゃないのだから、祈られても困るわ」

「は、はい」

 そこで自分が膝をついたままであることに気が付いて少年は慌てて立ち上がる。

 そんな、少年の姿に女はまた笑みを浮かべた。

 少女のような笑みに胸の奥が跳ね上がりそうになる。

「ここに来たのね」

「呼び出したのは貴女ですよね」

 少年は今朝受け取ったばかりの手紙を見せる。

 朝食を食べているときに、宿屋の主に声をかけられたのだ。

 薔薇の花がデザインされた封筒に、繊細な文字で宛名が書かれている。

 差出人不明の怪しい封筒だった。怪しいと感じながらも、彼の手は自然に封を開いていた。開いてしまったものは仕方がない。中身を読んでここに辿り着いたのだ。 

「街外れの教会なんて、初めて来たでしょ」

「はい。貴女からの手紙で初めて存在を知りました」

「ここはね、噂の魔法使いが住んでいる幽霊教会なの。知らない人の方が多いわ」

「え?」

「最近、街の子供たちの間では幽霊教会の噂話で盛り上がっているのよ」

「そ、そうだったのですか」

 少年は昨日、すれ違った少女たちの会話を思い出す。

 彼女たちは幽霊屋敷と言っていた。

 どうやら、噂が伝わる過程で変わってしまったのだろう。

「噂話を信じる小さな子供って可愛いわよね」

「……はい」

「あ、無駄話をしてごめんなさいね。どうぞ、約束の品物ですよ」

 少年の手に紙袋が手渡される。

 ずっしりとした重さが感じられた。

「これが……」

「はい。確かに、お渡ししましたからね」

「はい」

「大事なものだから、落とさないようにね」

「ありがとうございます」

 受け取った紙袋の中身を確認すると、深く頭を下げて礼を述べた。

「最近、物騒だから気を付けてくださいね」

「何かあったのですか?」

 物騒という言葉に眉根を寄せる。

「放火殺人事件や失踪事件がここ周辺の街で流行っているの。失踪事件は老若男女問わずだから、気を付けてね。どこかの悪い連中が人攫いをしているみたいだから」

「そんな事件が……」

「だから大人たちは『悪い魔法使いに連れていかれるぞ』って、子供たちに言い聞かせているのよ。そして、子供たちは幽霊教会の魔法使いの噂話を始めたのよ。貴方も気をつけなさい」

「ご忠告、ありがとうございます」

 もう一度頭を下げる。

「逃げなかったことは、褒めてあげるわ」

「え?」

「これを受け取るということは、これを持ち主に返すってことよね」

 彼女は年齢不詳の妖艶な笑みを浮かべる。

 先ほどは少女のような笑みを浮かべていたが、一変して大人の色気のある表情。少年は、思わずドキッとしてしまった。

「……は、はい」

「それでは……私は次の仕事があるから……失礼しますね」


「え?」


 一瞬にして彼女の姿は消えていた。

 そこにいたという形跡が全くなくなっている。

 目に映るのは女神像。だけど、何かが違う。

 苔と傷だらけの女神像が微笑んでいる。


(この教会って、こんなに汚れていたっけ)


 そこは朽ち果てた教会だった。

 所々が崩れていて、天井は埃だらけ、窓は割れていて天井には蜘蛛の巣。


(そうか………ここが、幽霊教会か……)


 ***


 教会を出た、少年は街外れの図書館に向かった。

 そこの併設されているカフェで休憩する。

 昼時だというのに、客の数は少ない。

 ここは少年のお気に入りの場所でもあった。

 以前から客の少ない店だった。半年の間に潰れていないか心配だったが、かろうじて残っていたことに安堵する。

 頼むのはコーヒーか紅茶のどちらか。どちらを選ぶかはその日の気分に任せる。

 今日はコーヒーを選んだ。

 頭の中をスッキリさせたくて、苦みのあるブラックコーヒーを喉に流し込む。


「お、ここにいたか」


 声をかけてきたのは長身のサングラスの男。

 男は店員を呼び自分のコーヒーを注文すると、少年の正面に腰を下ろす。

 少年は息を飲んだ。

 半年前に離れたこの街に戻ってきた理由。

 それは約束を果たす為。

 その約束さえ果たせば、もう、足を踏み入れることはないだろう。

 その約束を果たすのが、今なのだ。

「お久しぶりです」

「元気そうだな。いつから街に戻っていたんだ?」

「昨日からです」

「今朝、職場宛に手紙が届いていたから驚いたよ。まぁ、自宅より確実だからな」

「前と同じ職場にいたので安心しました。今は仕事中でしたか?」

「ああ」

「呼び出してしまってすみません」

「気にするな。それで、話って言うのは?」

「探していたものが見つかったので、それを届けたくて」

「探していたもの?」

「これです」

 少年は鞄の中から先ほど受け取ったばかりの紙袋を取り出した。

 落としてはいけないので、慎重な手つきで男に差し出した。

 男は、それを受け取ると中身を確認する。

 これで、約束は果たされた。

 少年は生唾を飲み込む。

「………これは………」

 中身を凝視すると、男は眉根を寄せた。

 そして紙袋をグイッと少年の手に押し戻す。

「え?」

 戻されるとは思わなかった少年は茫然と男を見上げた。

 サングラス越しでも分かるほど、彼は不機嫌そうな表情を浮かべている。

「これは、お前が自分で本人に渡すべきだ。その為に戻って来たわけだろ?」

「でも……」

 視線が静かに下がる。

 コーヒーカップの取っ手を握る手が震えていた。

 カップの中で揺れるコーヒーをジッと見据える。

 少年の手から渡しても相手は受け取ってはくれないだろう。

 だから、第三者の手を借りて渡すことにする。

 確実に渡せる方法はそれしかないはず。

「オレが渡すより、お前が渡すべきだよ」

「そういう問題じゃ……」

「オレを介して渡そうだなんて甘いことを考えるなよ!」

 途端に男の目が鋭くなる。冷たい眼差しに少年は息を飲んだ。

 誰かの手を借りることは、簡単だし楽だし、確実に届けることは出来るかもしれない。だけど、少年の気持ちは届かない。決して届くことはないだろう。

「……そうですよね……すみません、このまま貴方に渡してしまえば前と変わりませんね」

 紙袋を見つめる。

 この中にあるものは大事な物だった。

 それを自分の手で渡すことが怖かった。

 どんな反応を示されるかが不安だった。

 目と目を交わすことが怖かった。

 だから、半年前も会うことが出来なかった。

「そうだぞ。逃げずにこの街に戻って来たのに。ここで逃げたら意味ないだろ?」

「……また、逃げてしまうところでした」

 少年は俯いていた顔を上げる。

 迷いはもうなかった。

 ここに来たのは半年前の続きをやるため。

「でも、よく戻って来てくれたな……その勇気は称賛に値するよ」

「いえ……」

 これは、少年自身が傷つく可能性の方が高い。

 半年前には出来なかったことを、これからやろうとするのだから。

 店員が持ってきたばかりのコーヒーを男は一気に飲み干す。 

「オレは仕事に戻るよ」

「忙しいのに、すみません」

「気にするなって。明日は休みだからうちに来いよ」

「………はい」

「最近、物騒だから気を付けてくれよ」

「ご忠告、ありがとうございます」

「まぁ、オレも出来る限りの助け舟は出してやるからさ」

「はい」

「場所は、分かるよな?」

「分かりますよ。あ、ここのコーヒー代は僕が出しますね」

「おいおい、年下に奢らせるわけにいかないだろ」

「奢らせてくださいよ。お願いします」

「あ、悪いな……」

「それでは、明日」

「おう」

 立ち去る男の背中に頭を下げて、少年は顔を上げる。

 そして、拳を握りしめる。


「明日、必ず約束を果たすよ」


 テーブルの上に置かれた紙袋に視線を向けて呟いた。


◆◇◆

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