第2章 物語りのハジマリ(4)

 ゆっくりと思い出す。


 物語の主人公の名前は プリン王子。

 これは、彼が主人公の物語だ。

 この名前が安易すぎる。

 意味があって名付けたものかもしれない。

 エルカは過去の自分の思考を想像することにした。


 エルカの視線は王子に向けられる。

 王子は、その視線にドキッとした。彼女が自分に気がないことは今までの会話で分かっていること。

 それでも、彼女の視線には吸い込まれそうな何かがある。

 物語を想像したエルカに登場人物である王子は逆らえない。

「そ、そんなに熱い視線を送らないでくださいよ」

「違うわ。ただの観察よ」

「そんな……植物の観察みたいなこと言わないでください」

「同じようなものだよ。どうして、私は主人公の名前をプリン王子にしたの?」

「え?」

「王子はどうして、プリンになったの?」

 エルカの投げてきた質問に、王子は困惑した。

 それは、物語の核ともいえる部分。

「すみません、僕にもそれはわからないのですよ」

 それを導くのが、エルカの役目なのだ。

 大事な始まりの部分で、エルカは立ち止まっている。

 眉間に皺を寄せながら悩む少女にナイトが微笑みかけた。


「プリンが好きだから? じゃないのかな」

「そうですね。僕はプリンが大好きですよ。おや、解決ですね」

 ナイトの言葉に王子が同意する。が、エルカは首を横に振った。

「それは、物語の内容。私がプリンという登場人物を生み出した理由ではないよ」

「何を言っているのですか? 物語の内容さえ思い出せば良いのではないでしょうか」

「その先の内容を思い出せないの。だから登場人物からどんな物語なのかを想像しようと思うの」

「内容は、プリンが好きだからプリン王子って……」

「そうだよ。プリンが好きだから、貴方はプリン王子と呼ばれることになったの。でも、どうしてプリンが好きになったのか……物語は、そこから始まると思うの」

 これは、プリンが好きでプリン王子と呼ばれるようになった王子の物語だ。

 それだけでは、内容は思い出せない。

 エルカは特別プリンが好きだったわけじゃない。

 なのに、どうしてプリンを題材に使ったのだろうか。

「オレから質問してもいいかな?」

「いいよ」

 ナイトがジッとエルカを見つめる。

「彼はどうしてプリンが好きなのかな?」

「どうして………って。それは私が知りたいよ。だから私は自分がどうして彼を生み出したのかを考えているのだから」

「それじゃあ、どうしてだと思う?」


「え?」


「思い出すのではなく、考えてごらんよ。君、自分で言ったよね。登場人物から物語を想像するって」

「でも、そうするのには……まだ情報が少ない………でも、きっかけになるエピソードが必要だよね」


 エルカは目を閉じながら記憶を掘り起こそうとした。

 幼い少女は、何を思ってプリン王子を生み出したのだろうか、

 考える、

 考える、

 思い出す、

 真っ暗な靄に阻まれて何も思い出せない。


 それもそのはず……


「………そうだった。私って記憶がなかったのよね」

「エルカ……思い出すのではなくて、考えるんだよ。今のエルカは幼い頃の気持ちを思い出せない。それなら、今のエルカの気持ちで」

「それは、理解しているのだけど……今の私なら……って考えているのだけど」

 これが過去のエルカが考えたこと。

 それが確かなら、記憶の中にあるはずだ。

 そう考えると、無意識に思い出そうと意識が動く。


 頭の中では砂嵐が起きていた。

 エルカがその先を見れないように。

 無理に覗こうとすれば、黒い砂嵐が勢いを増す。


 思い出そうとすれば、頭痛が起こる。

 ふらついた身体をナイトが支えた。


「……大丈夫か?」

「ごめんなさい……やっぱり思い出せなくて……っ」

「ごめん、少し無理させたな」

「違うよ、私が上手く思い出せないだけで……」

「無理はしなくても良いよ。急がなくても良いんだ」

「悔しいですが、ナイトに同意します。そこに僕のお城があります。城の中を歩き回っても良いですよ。小さいですが図書室もあります。本を読めば、何かきっかけが見つかるかもしれません」

 王子が柔和な笑みを浮かべた。

「ここで本を読むことは可能なの?」

「はい、図書棺の本のように読了しなければ次の本が読めない、なんてことはありません。それでいて、料理の本は図書棺のものと同様に念じれば本物を呼び出すことが可能です」

「都合が良い設定ね。でも安心した」

 エルカは料理が苦手だった。

 この世界で生きるということは、食事も現地調達ということになる。

 最大の難関はとりあえず除外されたようだ。

 エルカの顔色が良くなったことを確認した王子は視線をナイトに向ける。

 王子はナイトに対して「睨む」以外の視線を向けることが出来ない。

 それを受け取るナイトも、やはり「飄々とした表情」のまま。

「ところで、ナイトは何をするのですか?」

「厨房を見せてくれないか?」

「なぜ、ですか?」

「この世界で出来ることを確認したい。オレの特技は料理だからな」

「料理が得意って凄いね」

 料理と聞いたエルカは目を輝かせた。

 本を開けば食べられるのは楽だが、やはり手作りの料理も好きなのだ。

 兄の作ってくれた料理は冷めても美味しかった。

 読書に夢中なエルカに、帰宅時間が不安定だったソル。二人が美味しく食べられるようにと、冷めても美味しい料理を研究して作ってくれていた。

 兄はどうしているのだろうか。

「ま、オレにとっては必要なことだったからな……エルカ、お前は何が食べたい?」

「温かい料理が食べたいな」

「温かい料理が好きなのかい?」

「あまり食べたことがないから、興味があるの」

「食べたことがないって、今までどんな生活していたのです?」

「読書優先、食事は後回しだったから」

「それは健康に良くないな。じゃあ、作れそうだったら作ってみるよ」

「ありがと、楽しみだな」


 目を輝かせるエルカにナイトは微笑む。

 そして、視線を王子に向けた。


「物語の登場人物以外はどこまで出来るのか、それを確認したいんだよ。料理が出来るかどうかをな」

「それは、ナイトの目的の為ですか? エルカの目的の為ですか?」

「両方だよ」

「わかりました」

「恩に着るよ、王子」


 王子は不服そうな表情を浮かべながらナイトの申し出に頷いた。

 ナイトが温かい料理を作れば、エルカは喜ぶだろう。それなら仕方がない。


「貴方の為ではありません。エルカの為ですからね」

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