第2章 物語りのハジマリ(3)

「ああああ、こんなところにいましたか!!」


 突然、明るい声が遠くから聞こえた。

 バタバタと足を鳴らして金髪のカボチャパンツの男の子が駆け寄ってくる。

「いた、主人公!」

 忘れてはいけない。彼が、この世界の主人公だ。

 カボチャパンツの王子様。

「ほう、派手な格好だな。カボチャパンツか」

 ナイトが珍獣を見るように、目を丸くして凝視した。

 やはり、カボチャパンツに注目してしまうらしい。

「……?」

 少年はピタっと立ち止まる。先ほどの爽やか笑顔が一変して鬼の形相と化した。そして、人差し指でナイトを指さす。

「何奴ですか、貴方は?!」

「何奴って言われても、オレは……」

「魔王ですか? 魔王ですね! このぉぉ」

 飛びかかる少年の会心の一撃を、ナイトはスルっと避ける。

「おっと、あぶな……」

「うわぁぁぁぁ」

 少年は飛びかかった勢いそのままに、花畑の中にダイビング。喋る花々が、<キャー>と悲鳴を上げた。

 顔から突っ込んだので、足だけが花畑から突き出ていた。

「オレはナイト。魔王じゃないよ。ただの通りすがりの旅人だ」

「……と、通りすがりですって?」

 花畑から抜け出た少年は、パンパンと服についた草を払い落とす。

 そして不審なものを見るようにでナイトを睨む。

 ナイトはヘラヘラとした笑みを浮かべていた。

「この子、聞きたいことがあるみたいだぞ」

 ナイトに肩を押してもらって、エルカは少年の前に立った。

 少しばかり緊張しながら、少年の目を見る。

「幾つか聞きたいことがあるのだけど……」

「え?」

「そうだ、ソルは?」

「あいつは知りませんよ。僕はコレットに言われてエルカのところに向かっただけなので」

「側にいたはずだけど?」

「僕は知らないです!!」


「………っ」

 突然の怒鳴り声に委縮する。

 殴られるような気がして、反射的にエルカは目を閉じた。


「おい、女の子に怒鳴るのは紳士としてどうかと思うが? 怯えさせてどうすんだよ」

 目を開くとナイトがエルカの腕を引いて庇うように、少年の前に立っていた。

「……あ」

「ありがとう、ナイト。私は大丈夫だよ、慣れているから……」

「あ、ごめんなさい……」


 少年は申しわけなさそうに目尻を下げる。

 エルカは思い出す。

 余計なことを言うとに怒鳴られていた頃を。

 だから、これぐらい怖くはない。それに、この少年はではないのだ。一瞬だけ、に怒鳴られた時のような恐怖を感じたけれど、この少年は違うのだ。

 エルカはナイトの前に立って、少年を睨みつける。

 これはではないのだ。だから、大丈夫。そう思うと先ほど抱いた恐怖心なんか、どこかに消えていた。

「…………知らないなんて言われても納得できないよ! ここに来るまでの事、教えて!!」

 エルカは出来る限り強く言い放つと少年はしゅんとしてしまった。

「僕の本を見つけてくれたことが、それが嬉しくて僕は……急いでここに来ました。無我夢中で、周囲を確認せずに来てしまいました。あの棺にはコレットも残っているので彼も大丈夫かと」

「それならソルは大丈夫だよね」

「…………そうですね……コレットが一緒のはずですから」

「じゃあ、今はソルのことは考えない。ソルだって子供じゃないんだから」

「それが賢明です」

「それでね。ナイトから、教えて貰ったの」

「何をですか?」

「この物語を結末に導かないと、本の外には出られないって」

「……そうらしいですね」

 一瞬だけ少年が目を反らしたのをエルカは見逃さなかった。

「どうなの?」

「その通りです。僕の物語を完結させなければ、元の場所には戻ることが出来ません」

 少年はきっぱりと認めた。

「だったら、事前に教えてくれれば良いのに。本を開いたら、こんな場所にいるから……驚いたよ……ソルもいないし、不安だったんだからね」


 知っていたからといって回避できるとは限らない。

 それでも、気持ちの準備は多少出来たはずだ。


「……すみません」

「……………」


 深々と頭を下げる少年をこれ以上は責められなかった。

 知っていても、知らなくても、エルカはここに来なければならなかったのだ。


 彼はエルカが描いた物語の主人公。

 エルカたちが探していた物は彼が主人公の物語。

 ———それが、この世界


 過ぎてしまった出来事に何を言っても無意味。

 それぐらいはエルカも承知している。

 どう足掻いても過去は変えられないのだ。


「いいよ……こんな状況だもの。仕方ないよ」

「ありがとうございます」

「それと、もう一つだけ……良いかな?」

「何ですか?」

「貴方のことは何と呼べば良いの?」


 エルカはこの少年の名前を知らなかった。

 初対面時の印象があまりにも悪くて、名前を聞きそびれてしまった。

 別に知らなくても問題ないだろうと思っていたのだが、さすがに不便だろう思って尋ねる。少年は、名前を聞かれたことが嬉しかったのだろう。

 満面の笑みをエルカに向けてきた。


「プリン王子様!」


「変な名前」

「変じゃないです」


 確か、物語だと彼の名前はプリン王子。だから間違いではない。

 エルカは何となく自分のネーミングセンスのなさを突き付けられている気がした。出来れば、その名前では呼びたくないというのが本音。


「王子でいいね」

「え? 王子」

「王子で決まりね」


 創造主であるエルカがそう言うのだ。

 彼の呼称は「王子」となった。

 王子は渋い表情を浮かべたまま、小さく頷く。


「わかりました。僕は王子です」

「よろしくね」


 エルカに微笑まれては王子も嫌だとは言えない。

 ふと、王子は自分に向けられているもう一つの視線に気づく。

 エルカと王子を微笑ましいものでも見るかのように眺めているナイトの視線だ。 王子は再び鋭い視線をナイトに向ける。


「それで、何奴ですか?」


 攻撃的な視線に対するナイトの表情は変わらない。

 飄々としていて、底の見えない笑み。

 それが余計に王子を苛々させるのだろう。もう一度、飛びかかろうとも考えたが同じように避けられるような気がして堪える。


「オレはナイトだ。探し物があって、ここにお邪魔しているんだよ」

「何を探しているのか、教えてはくれないの?」

 そうエルカが尋ねると、ナイトは苦笑を浮かべた。

「オレを手伝うつもりかい? 待て待て待て………そんな手間はかけさせたくないんだよ」

「でも、何だか悪い気がするの」


 エルカは既に彼に助けられている。

 だから、彼の助けになりたいという思いもあった。


「その気持ちだけで十分だよ。エルカは自分優先にしてくれて良いから」

「でも……」


「ああああああ!!」

 王子が寄声を上げる。


「王子?」

 そして、エルカとナイトの間に入り込むと人差し指をナイトに突き付けた。

「探し物を早く回収して立ち去ってください」

「それが、出来れば良いのだけどな」

「じゃあ……」

「さっきも言ったけど、オレがエルカの手伝いをしてやるよ。そっちの事情に気付いてしまった以上は、オレも放っておけないからね」

「じゃあ、私もナイトの探し物を……」

「そんな余裕はないだろ? それに、これはオレの目的の為でもあるんだ」

「ナイトの目的って、探し物のこと?」

「ああ………おそらく、この主人公の物語が動かなければ意味がない。オレの探しているものも見つからないと思う。だから、これはオレの目的の為に必要なことだ」

「ありがとう。助かるわ」

 ナイトの申し出は有難かった。


 エルカは心の奥で安堵する。

 どうして、安心しているのだろうかは分からないが。


「困っているときはお互い様だろ?」

「そうだよね。だから、ナイトの探しものも手伝うから、何かあったら言ってね。あまり役に立たないけど」

「ああ 頼りにしているよ」

「お互い様だよ」

「こんな得体の知れない男の協力は不要ですよ」

「得体の知れないのは全員同じだと思うよ」

 エルカも自分が何者か分からない。物語の主人公だという、この王子だって、エルカからすれば得体の知れない存在なのだ。

「そうですが……」

「王子には何か出来るの? まぁ力仕事ぐらいはできるよね……」

「………できません。王子が力仕事なんてする必要あるのですか? 物語の登場人物は余計な知識もありませんし、余計な腕力もありません」


 誇らしげにそう胸を張る王子にエルカは絶望的な視線を向けた。

 微笑みもなく、睨むわけでもなく、無表情の視線を。

 その視線を受けた王子が首を傾げる。


「男の子だよね、力仕事ぐらいは出来るって言うべきだよ」

「………へ?」


 こういう存在を何と言うのか、エルカは考える。

 そして、導き出した言葉を王子に投げかけた。


「役立たず」


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