第2章 物語りのハジマリ(1)

 

〇●〇


あるところに、緑に愛された国がありました。

鮮やかな緑の草原と青い空に見守られた平和な国です。


国の真ん中には大きなお城がありました。


お城には男の子が住んでいました。

この国の王子さまです。


みんなは王子さまをプリン王子と呼んでおりました。


 〇●〇





 鮮やかな青い空が頭上に描かれていた。

足元には眩しい萌黄色の草と、白や赤や黄色に彩られた小さな花がゆったりと左右に揺れる。


「………」


 サワサワと頬に当たる風からは爽やかな花の香りがした。


綿のような真っ白な雲が、青空をゆったりと泳いでいる。


 視線を動かすと城のような建物も見えた。物語のお姫様が住んでいるような、城を囲んでいるのは汚れなき白い城壁。


「どういうこ……と?」


 エルカは視界に映る風景を一通り見てから考えていた。

ここは不快感のない心地の良い場所だ。だから、不気味だった。


 エルカは魔法の図書館と呼ばれる場所の、本棚の前にいたはず。

 それがどうして、いつの間にこんな場所に来てしまったのだろうか。


 まるで絵に描いた楽園のような、この光景にエルカは恐怖を抱いていた。

 実は、ここは死後の世界で、自分は既に死んでいるのではないだろうか、と。


身体が小刻みに震え出す。そんなはずはない………とは言いきれない。なぜならエルカの記憶は曖昧すぎるのだから。


自分が死んでいるとは考えたくなかった。


 それならば……別の可能性を考える。


 これが現実で、魔法の図書棺にいた事が夢だったのだろうか。


 考える。

この世界は現実味が全くない。

引きこもりの世間知らずなエルカにだってそれぐらいはわかる。


「じゃあ、図書棺の世界も、この世界もどっちも夢? これも夢なら覚める」


それは、悪趣味な夢だと思いながら、夢なら覚めて欲しいと願い目を閉ざした。はやく、祖父の地下書庫に戻って読みかけの本が読みたかった。どんな本なのかは覚えていないけれど、読みかけの本があったはずだ。

 

そんなことを考えながら 閉ざされた瞼を、ゆっくり開くと、


―――ほら、夢………


 空を見上げると………絵の具で塗ったような青い空が広がっていた。

 ピヨピヨと、小鳥の泣き声が何処かから聞こえてくる。


「やっぱりメルヘンな世界……これは、どういうこと?」


 振り返ってから後悔する。


「あ……」


 問いかけに答えるものはいなかった。風に草花が擦れ合う音ばかりで、誰もいなかった。鳥の声は聞こえるのに、その姿は見えない。


(もしかすると、私が一人で本を開いたから一人で来ちゃったのかも)


 不安と後悔が押し寄せる。


 本を探しに行く前に再度確認するべきだった。本を開く前に取るべき行動があったのかもしれない。


 自然に手が震えてきた。


(……それに、ソルも大丈夫かな)


 本を開いた直前まで側にいたソルのことも気がかりだった。すぐ側にいたのに、ここに居ない。


 エルカは魔法使いの孫。もしかすると、この不思議な世界でも生きていけるかもしれない。

だけどソルは純粋な人間だ。彼には、このような世界で生きる術はないはず。


「どうしよう。とにかく考えないと、考えないと……本が見つかれば扉が開く……って言っていたけど、まさかその扉の先がこんなメルヘンな場所だってこと? いや、そうなるとソルもいるはず…………ソルも一緒に出られるはず。だけど、近くにはいない。こういう状況になる前に、何かヒントみたいなのがあったはず。いや、なかった……私、聞いていなかったもの」


 誰もいないことを良いことにエルカは一人事を呟いて状況を確認する。

 あまり動かない方が良い気がした。だけど、動かないと不安になるので、同じ場所を右に左に歩いていた。


「まずは物語の主人公を探さないといけないよ」


「……え?」


 突然の声に振り返る。


 そこには、こげ茶色の髪と瞳の青年がいた。

 旅人、戦士、そんな単語が当てはまるような人。


 その双眸はジッとこちらを見ている。

 

「だれ?」


 エルカは足を止めて、探るように青年を見上げる。


「ナイトだよ。もしかして、オレを知らない?」

「………………ごめんなさい」


 エルカが首を横に振って答えると、彼は少しだけ悲しそうに眉を下げた。


 どこかで会ったことがあるような気がする。


 だけど、エルカは思い出せない。思い出そうとすると、何かに阻まれて何も見えなくなる。

 頭を抑えて顔をしかめるエルカに、ナイトと名乗った彼は穏やかな笑みを向ける。


「無理して思い出す必要はないよ。大丈夫だ、怪しい者じゃないよ。君の味方だ」

「……うん」


 何も知らない。


 覚えていないだけなのか、教えられていない事なのかは分からない。

 今のエルカは何も知らない。


「魔法の図書棺に居たってことは覚えている?」

「うん」

「じゃあ、魔法の図書棺にある本には……っていう魔法がかけられていることは?」


「……え?」


 それは、初めて聞く話だった。

 エルカはぼんやりと、ナイトを見上げる。先ほどと同じ、穏やかな笑みが返って来た。その笑みは安心感があった。


「知っていた?」

「………知らなかったよ」

「やっぱりな」


 ナイトはハァッと息を吐いた。呆れている。

 エルカは言葉の意味を理解出来ずにいた。


 記憶を遡って考える。


 図書棺に来て数日がたっていた。

 窓や時計がないから実際はどのぐらい過ぎているのかは分からない。エルカはその中で何冊か空想の物語を読んでいた。一日で読める冊数は二~三冊。十冊ぐらいは読み終えた気がする。おそらく三~四日は滞在しているはず。


「どういうこと? 今までは特に違和感はなかったけれど」

「君は一気に読み切っていたってとこだろ?」


 確かに。


 試しに読んだ本も面白かったので最後まで読んでいた。読み始めると止まらなくて、最後まで読み切ってしまったのだ。

 そういう性分なのだ。


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