終節 稲妻はお前を見捨てない

 鮮やかな瑠璃瓦の屋根が続く町並みは、静かに歴史の重みと信念じみた美学を湛えていた。八朶はちだしゅう総本山・逢露ほうろきゅうふもとに広がる門前町・人宣じんせん

 黒蟻くろありのように人がうごめく街路には、そこかしこにびょうが立ち並び、やたらと抹香臭い。古めかしい造りの建物とあいまって、町と言うより寺院に入った錯覚がした。


「こんなド田舎たあ思えねえ立派なもんだな、こりゃ」


 旅装のコージャンは感心してタバコを咥えた。少し匂いのきつい和圓わえん。全面禁煙の耿月山こうげつざんを出てから、自由に喫煙を楽しんでいる。

 奇妙にも、町を行く人々の足元には何の影も落ちていない。そうでない者もいるが、ここでは大半が影なしで、誰もそれを気にもとめなかった。

 日中無影。【魂】を欠いた霊的弱者ニングの体は、日の中にあって影を持たない。それが人間とニングを見分けるコツだ。


「大きな町ですから、なんでもありますよ。病院とか、映画館とか」


 師父の傍ら、賑やかな大通りに目を輝かせながらウーは嬉しげに言う。

 父ルンガオとウーを会わせるため、コージャンは狗琅くろう真人しんじんに交渉した。「そもそも姿が違っているだろう」と言われ、写真を撮って手紙を送ったが音沙汰がない。


 その後も送り続けたが、一ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎ、ついに半年が過ぎても、返ってくるのは黙殺の態度。

 その間に、狗琅真人は研究のために閉じこもったり、逆に小旅行に出ることが増えた。最初の外法げほう重魂体じゅうこんたい七殺しちさつ不死ふしに関する彼の研究が一段落したのだ。


 ならばこれ以上、ウーを耿月山に留めておく必要もないのではないか? そう考えた師弟は、ようやく故郷の人宣へ旅立つ許可を得た。

 ウーが守墓人しゅぼじんどうで目覚めて一年と少し、季節は春を迎えようとしている。


「ほら、あそこの坂の上なんです!」


 ぴょんぴょんと跳ねるように先を急ぎながら、ウーはコージャンを案内していた。心が踊って体が弾み、目を離すとどこへ飛んで行くか分からない。

 落ち着けよと苦笑しながら、彼は強く止めることはしなかった。この少年が、こんなに嬉しそうにしているのは初めて見る。


 ウーとコージャンは、拝師はいしを経て正式な師弟関係を結んだ。事後報告になるが、師父として一応実父にも挨拶せねばなるまい。


「あ、師父。あの人」


 外套の袖を引っ張って、ウーは市場で果物を買う女性を指した。


「学校の先生です。さっき顔を見たけど、僕だって分からないみたい」


 事実を噛みしめるような微笑みは、少し寂しそうだった。

 たったの一年で、七歳だった子供は十五歳の体になったのだ。分からなくても誰も責められない。この子は一月生まれ、本当はまだ九歳だと言うのに。


「でも、父上には写真送りましたから! きっと大丈夫です!」


 えへんと胸を張って、ウーは自信満々に言う。

 その様子に、コージャンは以前から感じている不安がより重たく思えた。会う気があるなら、なぜあの父親は一度も返事をよこさなかったのだろう?

 ……その答えは、すぐに分かった。


                 ◆


「父上、戻りました! ウォンです!」


 ルンガオ邸は立派な屋敷だった。閑静な竹林に囲まれ、牌楼はいろう風の大きな門が出迎える。それをくぐって玄関口で呼びかけるが、人の気配がしない。……いや、誰かいる。静けさの中、針のように潜むものが一つ。

 下がれ、とコージャンは言おうとした。それより先に、奥から人影が現れる。


「父上!」


 ウーは何も気付かず駆け寄った。満面の笑顔で、全身全霊に喜びを溢れさせながら、人影が手にした長物など目にもくれず。


「何しやがる!」


 金属が打ち合って火花を散らし、ちくりとウーの頬を刺した。その髪の毛ひとすじほどの先で、切り落とされた槍の穂先がごとりと転がる。

 コージャンの手には、抜き身の雁翅がんしとうが握られていた。彼が防いだ槍の一撃を放ったのは、家の中から現れた長袍ちょうほうの男性だ。


 年の頃は四十から五十、顔の左半分には、饕餮文とうてつもんを思わせる幾何学的な入れ墨が黒々と刻まれている。それ以上に、歴戦の闘気が顔貌がんぼうに染み付いていた。


「方術使いにしては腕が立つ」


 ざりざりとかすれた声。コージャンが黒遁こくとんで袖に入れていた刀を抜いたのを、男は見逃さなかった。


「ちち、うえ……?」


 何が起きたのか理解できず、ウーは呆然と呟く。もし今、師父が助けてくれなければ、自分はどうなっていたのか。その先を考えることが怖い。だがひしひしと、目の前に現実は迫っていた。押しつぶされる、聞きたくない、知りたくない。


「父と呼ぶな! 貴様なぞ知らん!」


 その男、ルンガオ・シャウは火を吐くように吼えた。


「だからって、問答無用かよ」


 刀を構え直すと、ルンガオもまた棒きれと化した槍を棍術こんじゅつの要領で取る。黒白半面の顔は、感情が読み取れない。


「母を殺して生まれておきながら、あっさり七つで逝った。そんな阿呆あほうの顔など見たくもない。今更、何をのこのことおれの前に出てきおったか」


 津波のように立ちふさがる体躯で、ルンガオは毒々しく吐き捨てた。びくりとウーは身を震わせる。それは、幼い彼が子供心に恐れ続けてきた言葉。


「貴様さえ生まれなければ、妻はまだ生きておった!」


 側頭部を殴りつけられて、少年が玄関外まで転がった。コージャンの反応を遥かに超える一撃。更に打擲ちょうちゃくを加えようとするその武器を、彼はぎりぎり斬り捨てた。

 跳ねたウーの体が止まるのと、真っ二つになった槍の柄が落ちるのは同時。電撃的な一瞬の交差であった。


(流石は八朶宗の英雄サマってか。クソ野郎!)


 ぎょろりと、饕餮の瞳がコージャンに注意を向ける。


「……貴様はなんだ」

壇派だんは正調せいちょう神魁流しんかいりゅう、コージャン・リー。こいつの師父だよオトーサマ!」


 久しぶりに彼はむかっ腹が立っていた。手紙の返事が来ない時点で、もっと慎重になるべきだったのだ。己の迂闊うかつさが嫌になる! だがそれ以上に、この男の態度が気に喰わない。こういう輩はずたずたに斬り刻むに限るが、難儀しそうだ。


「ならばそれを連れてとっとと立ち去れ。別に殺し合いに来たのではあるまい」

「うちの弟子殴りつけておいて、何の落とし前もつけねえで、かい?」


 両者の視線がぶつかり合い、眼力の圧が音のない波紋となってあたりに広がる。

 殴られたウーが気にかかったが、これは羽毛一つほどの油断が死を招く。己が反応すら出来なかった一撃など、本当に久しぶりだ。

 ルンガオは威圧しながら「ハッ」と鼻であざ笑った。


「面の皮の厚いことだな。ニングどころではない、あんなものを人前に出そうなどと! そもそも、あれが『ルンガオ・ウォン』だと言う保証がどこにある。手紙を見れば同じ記憶を持っているようだが、それだけだ。仙人はたまたまあれを容れ物に、化け物を造っただけではないか。それが、吾の息子?」


 ルンガオはまだ何か言おうとしていたが、叫び声にそれを中断した。


「――ッ――っ、ぁああああああああっ!」


 それは、その子を形作る大事な縦糸と横糸の織り物が、無慈悲にもまとめて引き裂かれる悲痛な声だった。一つ一つ大切により合わせてきた希望を、自ら打ち捨てて自分自身からも逃げ出す、なりふり構わぬ逃避の絶叫。

 駆け出したウーは壁よりも高く跳躍し、人間とは思えない動きで消え去った。武術の基礎、軽身功けいしんこうだ。


 コージャンは持っていた雁翅刀を投げ放った。それはルンガオの頬をかすめ、玄関の壁に刀身の半ばまで埋まって突き立つ。貴様を許さない、という宣戦布告の一投。

 それを最後に、彼もまた弟子を追ってはしった。


                 ◆


 どこをどう走ったか覚えていない。気がつくとウーは、日が差さない鬱蒼とした森の中で、げえげえと吐きながら泣いていた。

 いったい自分は何を勘違いしていたのだろう? もっと早く気づくべきだった。狗琅真人の元で繰り返し殺され、記憶を消され、贄として用意された人間を喰べて。そんなこと、九歳の子供がするはずがない。一つもするはずがない!


 何もかも狂っている――いつしかそんなことも忘れて、自分が化け物だという自覚がなかった。こうなるのも当然だ。だから父上だって殺そうとするのだ。


(いやだ、いやだ、いやだ!)


 でも、そんなのは、いやだ。

――どうして殺されなくちゃいけないんだろう。

――どうして殴られなくちゃならないんだろう。


(僕が、母上をころしたから)


 胃液も尽きた腹の底から、血混じりの粘膜が絞り出された。びちゃびちゃと汚れた草葉に顔を埋めてすすり泣く。


 父が自分を無視する理由に思いを馳せた時、いつもその事実が脳裏にあった。家に住むことを許して、着る物も食べる物も与え、学校に通わせてくれた。そうしてくれたのは、息子だからだ。愛しているからだ。

 でも、本当は憎んでいたのだとしたら?


「……う、あ、あ、っふ、うううううううう……っ」


 血の気が引き、氷のように冷たい指で地面を掻く。掻きむしる。

 今や少年の精神を支える骨格は、まるごと叩き折られて、自分自身の記憶と感情の重さで内臓がつぶれようとしていた。このまま地面に横たわって、二度と起き上がれなくなればいい。目が覚めなければいい。

 せっかく死んでいたのに、よみがえらなければ良かった。


「帰るぞ、ウー」


 ドスの利いた声がして、こちらの返事も待たずに体を持ち上げる。コージャンは小脇に弟子を抱えて、そのまま近くの小川へ連れて行った。

 岸に座らされても動かない少年の顔に水をかけ、洗い、水分を取らせる。


「行くか」

「置いてってください」


 立ち上がりかけたコージャンに、ウーはようやくそう答えた。


「僕は、もう」

「もう、何だよ」


 コージャンの声は苛立ちの刺々しさも、哀れみの波紋も見えない、玻璃ガラスのように平板で澄んでいた。不意に、いつも恐ろしげだった低い声が、力強く芯の通った深い物だったと気づく。でも、それももうお別れだ、とウーは決意した。


「……捨てて行ってください。父上にも、いらないと言われたので。狗琅真人の研究だって片付いたし、師父の剣術だって。僕、才能ないかもしれません」

「あのなあ」


 呆れた声で、コージャンは腰を屈めた。ぺしんと弟子の額を叩く。


「弟子にして下さいっつったのはお前だろうが。今更才能だのなんだの気にしてんじゃねえよ! それともあれか、俺にも捨てられるかもしれないから、先に自分で言っちまおうって魂胆か? バカヤロウ」


 図星を指されて、ウーは胸を押さえた。恥ずかしさ、悔しさ、怖さ、そんなよく分からないゴロゴロした気持ちが、たくさんの石みたいに詰まって息苦しい。


「だって、僕は人喰いの化け物なんですよ!」


 体のなかから、捕喰ほしょくの黒い帯が吹き出した。背中、腰、腹、胸、色々な場所から、うねるように。影のように。血のように。川面を冷たく撫でる。


「言ったじゃないですか、僕は本当にルンガオ・ウォンなのかって! 狗琅真人は何度も何度も、僕の記憶を消しています。だったら、いくらでも好きな風に作れる。僕は僕じゃなくて、あの人も父上じゃなくて、だから、だったら、僕は……最初から人間になんて生まれてないんだ。この黒いのが僕なんだ!」


 涙は枯れ果てている。それでも、ウーの叫びは間違いなく泣いていた。


「知るかよ」


 その泣き声が、しゃん、と涼やかな音に砕かれる。

 コージャンが取り出した短刀が、捕喰肢の先端を斬り飛ばしていた。湾曲した護拳ごけんが特徴的な胡蝶刀こちょうとう。黒い紐状の物質は、川に落ちて溶け消える。


「斬る分にゃ関係ねえ。そして斬れるモンなら俺は殺せる。お前が死人だろうがガキだろうが化け物だろうが不死身だろうが知ったことか。ぶっ殺してやる、ウー」


 この人は何を言っているのだろう/そうか、僕を殺すのか。


 戸惑いと理解が同時に去来した。その時には、コージャンはもう懐の中だ。彼は更に取り出した短刀で少年の心臓をえぐり出した。死。即時復活。

 二つ一組の胡蝶短刀をくるりと回転させて喉笛を裂く。死、そして復活。

 短刀が延髄を割って脳幹ごと破壊する。

 起き上がる間もなく首が一撃で落とされる。

 袈裟懸けに斬り下ろされ、肺が左右で泣き別れになる。


 痛いと思う間もなく、嵐のような剣舞が、星のような閃きが、一つ一つ丁寧にウーから【魂】を奪っていく。一連の殺戮が、少年には音楽のように体中から聴こえた。


「二十五魂五十二魄、しめて七十七回ぶっ殺せばお前は死ぬ。もうちっと少ねえだろうが、とにかく二度とよみがえってこねえ。そうしたら何も考えなくていい、永遠に寝かしつけてやる。だから、しばらくおとなしくしとけ」


 はたと、不死の少年は瞳を見開いた。怖くはない。痛くはない。ただ、見なくてはならないものがあると気がついた。


 顔を上げて、真正面から迫る剣尖を射抜く。折れず曲がらず純粋無垢の直線は、最速最短絶美の剣。水しぶきのように文目を描いて踊る死の芸術。浮き世のわずらいなど塵芥ちりあくたやいばに乗った生と死の一線だけがうつつと謳う。


 それを見て、聴けば分かった、他に何もいらなかった。

 これは、自分のための稲妻。

 この世できっと、自分だけが見つめ続けることを許された嵐。


「いやだ」


 ウーの手が、刃を握って止めた。灼熱の痛みが、真っ赤な滝になって足元を濡らしていく。殺され続け、見つめ続けて開眼した、刹那の見切り。


「僕はまだ、〝これ〟になってない! こんな綺麗なものがあるのに、手に入らなかったら、生まれて来なかったのと同じだ、同じなんだ‼」


 最初に弟子入りを志願した時、父に認めて欲しいという打算もあった。あの男に迎え入れられるなどと、今は欠片も思わない。

 けれど、それももう良かった。例えルンガオ・シャウに認められなくても、この熱情はその思いを超えた遥かな高みにある。


「そのためなら、僕は、化け物になってもいい。あなたを殺して手に入るなら、あなたも殺す。あなたより強くなって、それをもっと美しいものにする!!」


 至上の美こそ我が命。己の人生で最も重要なことを、彼は悟った。

 自分はこの手に運命をつかんのだ。もう二度と離さない。


「呆れた野郎だ。それが九つのガキの台詞かよ」


 初めてコージャンはウーの顔が見えた気がした。そうか、お前はこういう奴だったのか、と。その顔は奇妙に己に似ている気がして、同時に全く異なっている。

 それでも、互いが抱える宿痾しゅくあは同質のものだ。つまるところ、刀に狂い、剣に痴れる、人でなし。救いがたい悪童め、それでこそ、それでこそだ。


「いや、十五ならいいってモンでもねえが。とにかく、分かった」


 さくりともう一度ウーを殺して、コージャンは指が治るのを待った。こいつは狗琅真人も、ルンガオも関係ない。生まれついての怪物だ。


「お前、な。俺のこと〝父ちゃん〟って呼んでみるか」


 再び五体満足でよみがえったウーは、まじまじとコージャンの顔を見上げた。


 閻国において『俺を父親と呼べ』は『売春婦の子』に等しい罵倒表現だ。ウーはそんな意味までは知らないが、悪口であることぐらいは分かる。

 けれど、コージャンが口にしているそれは違った。文脈で判断するまでもなく、いつだって挑みかかるように凄みを利かせる声が、温かみを持って響いていた。


「自分がルンガオ・ウォンか分っかンねえなら、新しくコージャン・ウォンになっちまったらいいんじゃねえかって……いや、嫌ならいいんだけどよお……」


 鬼神の生まれ変わりのような強面の男が、恥ずかしさで死にそうだと言わんばかりに肩を縮め、口を波打たせ、しきりに瞬きしている。

 当事者でなければ、彼はきっと笑いを堪えて苦しんだだろう。今は逆に、顔の真ん中からぱっと熱が散っていた。また泣いてしまっている。

 それでウーは、大変なことを思い出した。


「でも、僕は約束を破りました。泣かないって、誓ったのに」

「さあ、なんかあったか?」


 コージャンはとぼけて肩をすくめた。


「一応言っとくがな、泣かれるとうるせえのは、知らねえガキだからだ。息子なら、そりゃまた別の話ってことになる。……だからお前は泣いていいんだ」

「……ほんとうに?」


 ウーは泣きじゃくりながら顔を上げた。涙は枯れたと思ったのに、目の下に川が開けて、止まらなくなっている。こんな泣き虫でも、いいのだろうか。


「泣こうが喚こうが、今更お前を見捨てねえよ。俺たち師弟は武術の世界じゃ親子だが、父親と息子だったら、もう少し口うるさくするってだけで。あー……お前の実家みてえな、いい暮らしはさせてやれねえけどよ」

「ちち……うえ」


 おずおずとウーが呼びかけると、コージャンは怖気だって後ずさった。


「やめろ。その呼び方だけは絶ッ対にやめろ、ゾッとする。親父とか、父ちゃんとか、そういうのでいいんだよ!」

「おとうさん」

「よし」


(お父さん、って。呼んでいいんだ)


 もう一度繰り返すと、「なんだよ」とコージャンは柔らかく笑った。凶悪な面構えでは獰猛な表情に見えたが、その中の優しさがウーの目にははっきりと映る。

 たまらず彼は師父の、父親の胸に飛び込んだ。


                 ◆


 守墓人洞の書庫で巻物を眺めながら、狗琅真人はコージャンから報告を受けた。


「予想通りの結果になったみたいだネ」


 ルンガオが息子を拒絶したことについて、優男は興味なさげに微笑む。糸のように細長い目は柔和だが、その実、何の感慨も浮かべていないのだろう。

 こいつはルンガオが息子を受け容れないと知っていて、黙っていたのだ。


「じゃ、これも予想通りか――俺な、あいつの父親になるわ」

「うんん?」


 巻物を繰る手を止め、狗琅真人はぐっと片目を見開いた。これは珍しいことだ。


「リーくんが子供好きとは知らなかった。七殺不死をネ……ふむ」

「あいつをこの世に生み出したのはお前だが、父親ってつもりじゃねえんだろ。実の親にもこっぴどく捨てられてよ。なら俺が引き受けるのが筋ってモンだ」

「あはははは!」


 たまらず狗琅真人は笑いだした。いつもの調子を取り戻して、白々しく。


「でだ、狗琅。俺も久しぶりに長居し過ぎた。あいつを連れて下山したい」

「寂しくなるなあ。まあ構わないよ、どっちみち必要な検証は終わったから、外に出したんだし。でも、いいのかな。君は私や七殺と違って、ただの人間だ」


 ことりと、文机に巻物を置いて、狗琅真人はコージャンと目を合わせた。


「あの子は何百年でも生きるかもしれないし、不死と【魂】喰いの性質から理解し難い精神性を目覚めさせるかもしれない。一生、その怪物を背負うのかな」

「あいつが一人前になるまで、面倒見てやるってだけだ」


 どうせ親は子より先に死ぬものだ。ただ……今、一人にしてしまうには幼すぎる。独り立ちした後は、あの悪童が好きに生きればいい。


「手に余るようなら始末すると良い。君なら外法重魂体を殺し尽くせるだろうからネ。それと、七殺が悪事を重ね過ぎると冥府から刺客が来る。人間じゃないから、厳しいんだ。あ、あと年に一度は診察に連れてきてネ」

「分かった。後のことは、俺が責任を持つ」


 いつかあれと殺し合うのだとしても、それは今しばらく先のこと。自分のような人殺しには、殺しても死なない化け物でもなければ、家族になれまい。

 それがコージャンには、腹の底から愉快だった。人でなし同士、お似合いではないか。本物の怪物を傍で眺めるもよし、己も怪物になりきってみるもよし。


 だから、本気の家族ごっこをさせてくれ。


【不死悪童 終】

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