第7話 シレアの戦い
ひっきりなしに
それでも印を切り続けた。疲れは認識しなければいい。疲れたと思う前に手を動かしてしまえば、自然スペルは口をついて出る。その声がかすれているのも、気付かないフリをすればそれでいい。
セララを守らなければ。そしてセレシアを探さなければならない。
彼女が消えたこと、そしてそれは市長の企みに関係していることを、早くエスティに伝えなければならない――
焦燥感が募って、シレアは軽く頭を振った。
「どうすれば……」
足がもつれる。立つことさえ辛い。頭が朦朧とする――
『野に根付く緑の者よ！ 我が手の中で、刃と成さん！』
唐突に後ろから聞こえた高い声に、シレアははっと頭をあげた。剣を振りかぶったセルティ兵が小さな刃に切られて、よろめく。
『風よッッ、切り裂け！』
咄嗟にシレアは叫んだ。一陣の風が起こり、兵を切り裂く。
スペルを大幅に省略したために威力はだいぶ落ちたが、この場の命を繋ぐにはそれで十分だった。
振り向くと、セララがよろめきながらも立っている。シレアの危機を見て、彼女が魔法を放ったのだ。
(セララちゃん、ありがと)
そう言おうとしたのだが、実際には少し息が漏れただけだった。
「……！」
声が出ない。無理に出そうとしたら、咳がこみ上げ、当てた手が血で汚れた。
(まずい。さっきので、喉を痛めた）
発声ができないことは、具現を成せないことを意味した。ここで魔法を撃てなくなることは、敗北にも等しい。――だが。
戦いをやめるわけにはいかない。
自分が戦いやめれば、セララが命を落とすことになる。
（……、死ねないッ）
セルティ兵が、剣を振りかぶり、切り込んでくる。
シレアは冷静にその剣をかわすと、相手の手を取り、稼働範囲外に返して投げ飛ばした。すかさず身を翻して背後からの攻撃を避け、敵の剣を持つ手を掴んで逆間接をきめる。相手が武器を取り落としたところで、正面から切りかかってくる兵に気づく。
(近い……！)
避けている暇はない。
足元の剣を蹴り飛ばすと、シレアは迷わず相手の懐に飛び込んだ。相手が持つ剣の柄を握り、腰を落とす。相手がつんのめった隙を逃さず剣を奪い、構え、周りの兵を牽制する。
だがそのくらいがシレアの限界だった。疲労などとうに限界を超えている。小さな肩は激しく上下し、口から心臓が飛び出しそうなくらいに息は上がり切っている。
兄達の足手まといにならぬように鍛練は欠かさなかったが、所詮それだけのものだ。肉弾戦に向いていないことは、わかりきっている。
それでも――気丈に彼女は剣を構える。
覚悟を決めて踏み出そうとした、そのとき。
『我が御名において命ず！ 万物を背負いし基盤よ、其の怒りを示せ！』
突如凛とした声が空を裂いて響く。一瞬、混濁した彼女の意識は、誰がそれを放ったのか理解できなかった。
だが、目の前で地面が弾けとび、セルティ兵が吹っ飛ぶのと、同時に頭の中に蘇った
同時に、全身から力が抜ける。
「シレア！ 大丈夫か？」
倒れるシレアを抱きとめて、エスティが叫ぶ。彼の心配そうな顔を安堵させるようにシレアは微笑むと頷いた。
「……たし、役、たてた……か、な」
何度も咳き込みながら、掠れた声でシレアが呟く。エスティも笑うと、力強く答えた。
「ああ、お前はよくやった。上出来だ」
優しくその髪を撫でる。すぐにでも安全なところに連れて行って休ませてやりたかったが、無情にも、そのような時間は無かった。
「……いいか、シレア。向こうにリューン達がいる。そう、川のほうだ。そこまでセララを連れて、頑張れるか？」
再びシレアは頷いて、ボードを引き寄せた。短距離ならば、セララひとりくらいは抱えて飛べないこともないだろう。
「エ……ス」
「無理して喋るな」
「へいき。それより……セレ……ア……さん、が。きっと、エイ……ア」
「ああ。わかっている」
そっとシレアから手を離すと、エスティは市長に詰め寄った。
「この後に及んでシラは切らさせねぇぜ。詳しく教えてもらう。……力尽くでもな」
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