第6話 旅の傭兵
街人に襲い掛かる兵を薙ぎ、返す刀で火を放とうとしていた兵を斬り倒す。
回復魔法も無しに、街人を誘導し避難させながらの戦闘は相当にきつかった。だが、そんな泣き言を言っている暇はない。
(守らなければ……一人でも多く!)
セルティ軍は次々に魔法を撃ってくる。だが対するエスティは、思うように魔法を撃てずにいた。魔力も体力も、昨夜よく眠ったために大方は回復している。だが、カオスロードとの戦いを控えている以上、それまでに消耗してしまうことは避けたかった。
リューンもまた、動揺し、脅える街人を巻き込む可能性があるため、迂闊に精神魔法を放つこともできない。
不利な戦況に、二人は苦戦を強いられていた。
「このままでは、レアノルトまで危ないな……」
リューンと背中合わせに立ち、エスティが呟く。事実川を挟んで隣り合わせの街、レアノルトにも戦火が移りつつあった。
「どうする? ぼくたちだけじゃ、もうあまり保たないよ。それに、まだカオスロードが……」
「……カオスロード……」
リューンの言葉に、エスティがはっと顔をあげる。
「そうだ……彼女はどこだ? 全く姿を見かけないし、気配すら感じないのは変だ」
昨日あれほど不敵に宣戦布告しておきながら、一向に姿を現さない彼女に、違和感を覚える。
(オレを……殺すと言った。いや……邪魔をすれば殺すと。何の……?)
レグラスを攻め落とす邪魔。そう解釈していた。
「……違う。エインシェンティアだ」
呟く。それに、リューンは敏感に反応した。
「エス。市長は嘘をついてる。ぼくにはわかる……きっと彼は、エインシェンティアの在り処を知ってる」
「カオスロードは……そこだ」
確信に満ちた眼差しで言うエスティに、リューンも頷いた。だが、それを市長に問いただそうにも、ここを離れようが無い。
後ろには大勢の街人達がいる。
前からはひっきりなしにセルティ軍が押し寄せてくる。
「くそ……ッ、どうすれば……」
エスティが唸った、そのとき。
ひゅっと風を切る音と共に、何かが彼らの目の前に降り立った。それが何なのかを二人の瞳が捉える前に『それ』は動き、まるで風に吹き飛ばされる塵のようにセルティ兵が一掃される。
「――俺が寝てる間に、なんか大変な騒ぎが起きてるじゃねぇか」
太く良く通る声が耳に届く少しだけ前に、エスティは『それ』が人間であることを解した。
がっしりとした体つきの、傭兵のようないでたちの男。屈強な顔に笑いを浮かべて、彼は近寄ってきた。とっさにエスティは剣を構えたが、彼にそれを気にした様子はない。エスティの間合いギリギリのところで立ち止まって、男は重そうな大剣を肩にかつぐと気さくに話しかけてきた。
「俺を雇わないか?」
「……何?」
エスティが不信感をあらわにする。――そこに立っているだけで分かる。男の腕は相当だ。
「兄ちゃんたちは、街人を護りたいんだろう? だが、やらなければいけないことがある。それに、自分たちだけでセルティを押し止めるのは限界だ。違うか?」
事実をずばりと言われて、エスティは返す言葉を一瞬失った。
「俺は怪しいものじゃない。ただの旅の傭兵さ。どうだ、俺を雇いたくなったろう?」
飄々とし、どこかおどけた調子の彼の態度は信用に足るものではなかったが、疑う気もまたおきなかった。それに彼の言うことは悔しいが全て正しく、このままでは街人を護りきることは難しい。それにカオスロードを放っておくわけにもいかない。
判断しかねてリューンを仰ぐと、彼は大丈夫、というように頷いた。
「嘘は言っていないよ。ただの旅人っていうのは胡散臭いけどね」
「同感だ」
同意しながら、エスティが頷き返す。向こうには新手のセルティ軍が見えた。迷っている暇はない。
「……よし、あんたを雇おう。オレは市長の屋敷に向かう。リューンはここに残ってくれるか」
「オッケー。監視、だね?」
エスティの言わんとしていることを汲み取り、リューンはにこりと男に笑いかけた。
「ぼくはリューン。よろしく、傭兵さん」
「なかなか手厳しいじゃねえか。まあいいぜ、俺の名は、ルオ――ルオだ。よろしくな。というわけで、早速ギャラの話に入りたいところだが」
「後回しだね。エス、急いで!」
新手の兵がおしよせてくるのを視界に認めて、リューンとルオが戦闘態勢に入る。
エスティは頷くと、剣を振りかざし、市長の屋敷の方へと駆けて行った。
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