第47話
「ちょっと! なにしてるのよ!!」
「話しかけないでください!!」
「はぁー?! この状況のどこでって––どぅわあ!?」
全速力で広場を走る二人と、追いかける大男。男は不気味な笑みを浮かべて、恐ろしい速度で二人を追い上げミツバの腕を捕まえてしまった。
––ミツバは得意の技でその手からするりと抜け出し、大魔法使いのエンブレムを見せつけるように振り向いて「はーいコンニチハ、あ、オハヨウか!」とにこやかにしゃべる。リアンは半ば青ざめた顔を二人に向け、嫌な笑顔を見せる彼らを見た。
「とんでもなくひっさしぶりだなあ! リアンよ! よく今まで生きてたな!」
–––相変わらず一つ一つの言葉が頭にくる奴である。リアンはその奮い立つ感情を笑顔で必死に押しとどめ、「そちらこそ」と言ってみせた。
「おやっ……金等級になったのか! そりゃあ凄まじい出世だぜ! どれ、手合わせ–––」
「お断りします。仕事で来てるので」
「オイオイつれねーな…ん? っていうかどういう間違いなんだ? おまえが金等級なんざ……」
本気で考え込むデンジ。リアンはその男の頭に拳を喰らわせてやりたい気分になったが、なんとか我慢して、鼻から息を吐いて笑う。
「ギルド長から正式に、認められました」
「へーえ。なるほどなあ……んま、ちったああの貧相な体もマシになったかあ…」
「それはそうと、あなただったんですね!」
放り出されていたミツバが元気よく顔を出す。
「その「美しい鱗をもったモンスター」って、やっぱり、」
「『ナイトバード』さ。凄いだろ? 一週間かかったんだぜ」
ミツバは遮られたことにむっとして、口を開きかけ、
「ってか、あの警護の話はおまえたちだったんだなあ。……ん? あの一番星冒険者様は一緒じゃねえのかよ」
「…それは、あの、まあ今はちょっと」
どもりながら誤魔化したリアンはミツバを連れてさっさとこの場を離れようとした。
リアンがミツバに「行きましょう」と目配せすると–––
「え…? お、おいもしかして、それって…?!」
デンジはやっとミツバの存在に気がついたようである。
「い、…い、生きてたのか?!」
「失礼ねーッ! まだこの通りよ! なんで今まで見えないみたいに扱ったわけ?!」
ミツバは憤慨して地団駄を踏み、威嚇する猫の如く「ふーっ」と呼吸をした。こんな調子の二人を前にして、もう放っておいて一人で行動しようかと考えていたリアンは、やはり気になってデンジに訊くことにした。
「『ナイトバード』…今はどこに?」
「ああ、もう解体して鱗だけになってるがよ、あそこにある。平等に分けて、使ってもらうんだとよ」
デンジは、芸術にはあまり興味がないようだ。人の群がる場所を指でさし、あくびを漏らした。
「いやー、ほんと面倒な相手だったぜ。俺様じゃなけりゃ、辞めてたな。なんせこのプラチナ級…」
また始まった。リアンはそそくさと、その鱗の方面へ歩き出した。
「オイ待てよ! オレからも訊きたいことがある」
「…なんですか」
「……いや、そのー…あの一番星冒険者様、向こうで見たんだよな。黒いローブ羽織ってて顔はよく見えなかったけどなあ…なんだか怪しかったぜ、おかしな臭いがぷんぷんとしてた」
デンジは言いにくそうに首の後ろをかく。リアンは首だけ振り向いて、デンジを軽く睨んだのち、返事をせずに再び歩き出した。
「…なにがあったんだよ?」
「別に。ちょっと一時的に別行動してるだけです」
そうだ、仕事だけじゃなくやることは沢山ある。困難が次々と降りかかってくるようで、リアンは眉間にしわを寄せた。
「ふーん。おまえ、仕事でここに来てるんだろ? 今突然モンスターの野郎が来たらどうする。合流してる暇なんかあるか? 今すぐ会いに行けよ」
「それは無理ですね」
真顔に戻って間髪入れないやりとりをする二人を、ミツバは心配そうに見つめている。
「そりゃまた、なんでだよ」
「無理なものは、無理なんですよ
…今だけは」
「今だけ? なんだ、ケンカしてんのか? あの人と」
「…… …」
「マジかよ、おい。俺様はあんたらを頼りにしてんだぜ? ダイヤモンド級モンスターだ、いくらプラチナ級の俺様たって一人じゃ全員守りきれねぇ。分かってんだろ! どーするんだよ、リアン」
「……っ。大丈夫、ですから」
リアンは歩調を早め、人だかりの中に入っていった。
「っなにしてんだよ、あいつ……」
「……ほんとよねー…」
舌打ちをしながら腕を組んだデンジの横で、ミツバため息混じりに同調する。
「って…いうか、あんたはリアンとどういう関係なんだ?」
まだその口調からは、ミツバに対する珍獣を見ているような感情は隠し切れていない。
「んー。友達の友達? かなっ」
「トモダチの……トモダチ、ねえ」
デンジは顎を手で摩り、
♦︎
[広場・西区画にて]
まだ朝早い時間だが、観光街は人通りが着実に増えている。特にこの西区画では人気店が多いらしい。呼び込む声も盛んで客の足取りも軽い。そして財布の紐が緩む音があちこちから聞こえてきそうだ。リアンはここに狙いをつけた。
なによりこの格好だと目立つ。そして様々な人から話を聞きたい。そのためにはこの空間に溢れかえるほどの人の量が必要なのだ。
リアンがある、目立った彩色の露店の前を通ると、仮設屋根の下にいた元気の良い若男が大声を張り上げた。
「おっとそこのお兄さん! イイ剣もってますね〜! ひょっとして冒険者さんですかー?!」
叫ぶ必要はない距離だったので、リアンは驚いて動きを止める。それから、なるべくプライベートを装うと決めていたことを唐突に思いだし、「はい、休暇をいただいて…」と呟くように言った。
「よかったら見ていってくださいよ! 我が村『マタドール』が誇る、巨大な赤果実畑の果実からとれた爽やかな果汁入りのポーション! いまなら三本買えばお得にしまっせ〜!」
青年は楽しげに、笑顔を満開にさせながら、鮮やかな赤色の液体が入った小瓶をリアンの間近に寄せた。
…––––そういえば、ヤナギの村の村人がポーション奢ってくれるって言っていたっけ…
「ポーション」で思い出したリアン。これを買って話を聞こうかどうしようかと考えていると、
「やーっと見つけたあ!」
……撒いたはずのミツバが隣に立った。
「ひっ……え?」
爽やかな青年の顔が明らかに歪む。
あまり一般人を怖がらせないで欲しいものだ–––、リアンは大きく息を吐いた。
「–––ああ、三本買います。いくらですか」
「あっああ…五百金ピールです」
「––ありがたく使わせていただきますね」
リアンは曖昧な笑みを残し、足早にそこを去った。あの青年ときちんと話せなかった悔しさから、足取りは重い。ミツバは少しムッとしている。
「なんでみんなあんな感じなのかしら! やになっちゃう」
「それは、ここはあの国じゃないからですよ…別行動にしません?」
リアン達の住むチャンプという国は、ベラドンナなどの他国に比べて長命な種族に理解があるのである。
「ミツバさんは好きに買い物でもしていてください」
「えー…いじわ––––っっ??!」
––––ミツバの様子が一変した。
人通りが止まない道端で突如立ち止まる。ハッとしたように頭を指で押さえ––
––「……マ、ザー……なの…?」子供のように甲高い、か弱い声色で呟いた。ミツバの方を見ていなかったリアンは気付かず、彼女から離れてゆく。
その背中が遠ざかってゆくのをただ呆然と見つめながら–––––
ミツバは、過去を視た。
_______
「ねえ、マザー」
「なあに? ミツバ」
「わたし達…は、どうして戦うの?」
「……どうして?」
「う、ううん。その、深い意味は、ないの。
でも、でもね。わたし達の「兄弟」たち、みんな…天国へ行ってしまった。なのに、ずっと戦ってる。
…なんだか分からなくなっちゃって……なんでここまでしなきゃ、いけない、のか」
「…………」
マザーの答え…思い出せない。
どうしていま、私の「マザー」の記憶が_?
この人生のなかで、何度、涙を流しただろう。
何度地獄というものを見ただろう。
何度絶望のさなかで途方に暮れただろう。
私の掌から、今までに……いくつの命が溢れて落ちていったのだろう。
––数えきれないから、どれも。
きっと私に、人間らしいおわりは来ないだろう。
私は魔法使いだ。
自分でその道を選んだ。何個も枝分かれしていた道の中で、それを選んだのにはたった一つの理由がある。
あの少年と同じだ。
憧れ。
私は目が良かった。だから、よく見ていた。どんなに繊細な動きも意識しないことはなかった。
だからこそ、魔法使いという、人間としての生き方の代わりに強さと魔力を持てる種族に強く憧れた。
どうしても。
あの「マザー」のようになりたくて…
今、彼女との思い出を思い出したのは…
導かれている?
頭の中に、膨大な量の記憶が流れ込む。それは洪水のよう、渦巻いて、乱暴に絡まった紐を解いてゆく…。
「私……
いか、ないと」
ミツバは弾かれたように__その人混みから脱し、ほうきを掌の上に呼び出した。ふわりと出現した、長年乗り続けている古く大きなほうきにそのまま飛び乗り真上に上昇する。
「–––ごめんね、リアン」
遥か下で、真剣に聞き込みをしている様子の青年を見る。彼の姿はすぐに見えなくなった。
「……あとは、スミレ、ね」
♦︎
[広場・西区画にて]
「…あれ」
リアンは後ろをそっと振り向き、小首を傾げる。ミツバの気配が無くなった。何かあったのだろうか。…いや、気にしている暇はない。彼女は、…平気だろう。勝手にそう判断することにした。
今に至るまで、この付近に生息しているモンスターや冒険者について訊いて回ったが、これはと思う収穫は得られなかった。ここの人間はそもそも、祭りのことで頭も手もいっぱいだからである。ただ__『美しい姿形をしたモンスター』には、目が無いようだったが。
「_『ヤナギについて知りたい』?」
「あっ…はい」
剣使いはただいま絶賛聞き込み調査中である。ヤナギが主導権を握る村が出店しているゾーンに到着し、彼がいない瞬間を狙って村人たちに話しかけた。
やはり、ヤナギのこととなると良い顔はされない。それは前日の出来事もあって、すでに把握している。だがやはり、この調査は難航しそうである。スミレがいないのも痛い。__何より、兄妹がいない場で部外者が首を突っ込むのもなかなか度胸がいるものだ。
「…あんたはあの人の、何なんだ?」
気難しそうな男が訝しげに問うた。
「……兄妹の親友、です」
リアンは背筋を伸ばし、見上げる形で言った。リアンよりも頭一個分身長が高い、その強面は、無言で冷たげな視線を彼に送ったが、次に発した言葉は意外なものだった。
「………向こうに、あの人のことをよく知る女がいる。…ついて来い」
「…!」
それから、むすっとした表情で踵を返して仮設露店の奥へと歩き始めた。よく鍛えられた背中が、汗まみれのシャツから浮き出て見える。この村の男たちはみな、そのような風態だった。以前任務で、一時的に牢獄へ収容された時も、リアン達を捕まえたのは、屈強な若い男たちのみだった___そんなことをぼんやり思い起こし、リアンは彼のあとを追う。
「あっ! 昨日の…おーい」
そんな二人に駆け寄ったのは、元気になった中年の男だった。相変わらず泥と汗が服と顔についたままだが、体力は有り余っているようだ。
「あ、昨日の…」
「昨日はありがとう。おかげさまで大繁盛だ、この通り、元気さ! こんな気分は久々だよ」
男は歯を見せ、早口に述べた後、リアンの腰元を観察した。
強面な青年は怪訝そうにしながらも、立ち止まってくれる。
「ああ、あのポーションを買ったんだな! あの店の人に言っておいたんだ、安くしてくれってな……このポーションはな、体力を回復してくれるだけじゃないんだぜ! 知っているか?」
「いや、…」
「いいか、冒険者様にしかできない芸当なんだ。武器が持っている魔力を___」
「おい。雑談している場合か。客が来てる、働け。その説明は俺がする」
不機嫌そうに顎で指図し、青年は村人を追いやる。親切な村人は不満そうにしながらも、若い者の言うことには逆らえないらしく、とぼとぼと元来た道を戻っていった。
「はあ…」
若者は面倒臭そうにリアンに向き直る。
「あのオヤジはああ言っていたが、大した芸当じゃない。それに成功率は低い。それでも教えて欲しいなら、まずはおとなしく俺について来い」
先ほどよりも声のトーンを下げて言い、地面を踏み鳴らして歩き出した。リアンはただその背中を追うしかなかった。
「ここにいる」
男が案内したのは、広場から出た先のテントだった。屈んで中の様子を覗き、「客人です」と中に呼びかける。すると。「どうぞ」–––落ち着いた、端正な声が返ってきた。
「あ…失礼します」
男に促され、リアンは背中を丸めてテントの中に入る。中はひんやりと涼しかった。外観は青一色の質素なテントだったが、中は豪華な装飾がなされており、この女性が権力者であることが伺えた。
「–冒険者さんね。わたしに何か用かしら?」
小首を傾げ問うたのは、ヤナギと同じ歳丈に見える、可憐な女性だった。白いレースのワンピースに、ブロンドのセミロングヘア。清楚で落ち着きがある。思わず見とれてしまいそうになり、リアンは慌てて切り出す。
「…ヤナギ__さんについて、よく知っているお方だと聞きました。なのでお話を…」
言い終わらないうちに、後ろで控えていた男が口を挟む。
「探っているらしいです。なんでもこいつの友達の兄妹が、ヤナギだそうで」
「探っている」とは、人聞きの悪いことを言ってくれるなとリアンは内心頭を抱えたが、あながち間違ってはいない。
「…そう。–––いいですよ」
女性は一瞬苦い顔を見せたので駄目かと思ったリアンだったが、笑顔に戻りあっさりと承諾され拍子抜けしてしまった。
「えっ…本当ですか?」
「ええ。なんでもお話ししますわ。–––わたしの名前はキキョウ。ヤナギの元恋人です」
背中に天使の羽をつけたようなその女性––キキョウは、桜色の唇に笑みを塗りつけた。
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