第21話

[オリーブ・辺境の村にて]


 任務決行の今日。二人は準備万全、荷物は装備のみでオリーブに繰り出した。列車でビーンズの都市まで、それからまた列車に乗り継ぎ辺境の村に一番近い町まで、それから小さな鉄道で村の中心部まで。長い道のりを、彼らは明け方に出発、昼前に到着した。


 村の中心部といっても村長の家があるだけの森の様だ。リアンは周りを警戒しながら駅を出て、一応女性であるスミレを守ろうと意識していた。が、たった今草むらから走り出てきた村の子供に驚いている。

 不思議そうに、丈夫な装備を携えたリアンをまじまじと眺める子供に戸惑っていると、村長の家の方から若い女が飛び出してきて、


「こらっ、お客様に失礼でしょ! それに、危ないから外に出ちゃダメって言ったじゃない!」


 と、叱責する。子供は不満そうに返事をして、十五歳ほどの女の手を握った。

 ボロボロのつなぎを着た女は丁寧にお辞儀をする。


「初めまして。村長の孫娘です。名前はローラと申します。ええと……スミレ様とリアン様ですね? 今から村長の元へと案内いたします!」


 明るい少女だ。サナと似ている。サナと幼馴染のリアンはそう感じた。スミレは「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀を返して、背が低めのローラについていった。リアンも慌てて礼をした時にはもう遅く、彼女らはすでに森の道を歩き出していた。



 村長の家に向かうにつれ道は開けるものの、全く人々の影が見当たらない。二人は察して、危険を冒してまでこちらを迎えに来てくれた幼い少女に感謝した。きっとこの小さな男の子も、二人のことを気遣ったのだろう。


 少しして、歩きながら少女は恥ずかしそうにはにかんだ。


「あの……こんなぼろっちい服でごめんなさい。最近は牛の放牧も、畑仕事もできなくて、川での洗濯もできないから…ここ数日、同じ服なんです。この森には、あまり小鬼ゴブリンは出ないんですけどね…。みんな家に篭って布仕事をしています。ずっと、待ってました。私たちを助けてくれる冒険者さん達を」


 彼女が着るジーンズ素材のつなぎは所々ほつれているし、破れてもいる。手を繋ぐ男の子の白いシャツも泥汚れがひどい。その様子から、だいぶ追い込まれた状況まで来ているのがはっきり分かった。リアンは今すぐにでもこの高価な装備を脱ぎ捨ててやりたいと思ったが、スミレの表情が怖いほど動かないのに気付き、やめた。


 しばらく歩くと、森の道は途切れ、あたりはひらけた。人もちらほら現れ、四人の目の前には他より大きめの一軒家がある。ローラはにこやかに紹介した。


「ここが村長の家です! 見ての通り一番大きいでしょう?」

「ええ、そうですね」


 スミレは頷いた。一番大きいと言っても、この家の二個分はスミレの家に入りそうだ。リアンは微妙な表情を崩せないでいる。


 広場の様なところでは住民が集まって、その中で権力がありそうな男が何かを売っていた。住民らはその市場を糧に生きている様だった。近くにいた数人は、二人の姿を見るなり嬉しそうに笑って、手を叩いた。それから、その音が伝染して人が集まる,人が集まる。「明るい村ですね」とスミレは少しばかり安堵の声を上げた。村人達は頷き、歌と手拍子は次第に歓迎のダンスに変わった。二人がなるがままにそれを観ていると、大きな家からたっぷりの髭を蓄えた老爺が姿を現した。リアンもスミレもその威厳ある姿からすぐにその人が村長だと見抜いて、立ち上がり、賑やかな音楽の中で膝をついた。


「ご挨拶が遅れてすみません。今回の件で来ましたスミレと申します」

「…リアンです」


 村長は思いつめた様に厳しい表情を作っていたが、二人の顔を見るなり優しく優しく微笑んだ。

 彼の横には、先ほどの娘が細い体を支えている。


「お爺ちゃん、見えるの?」


 彼女は驚いて、老爺の肩に手を置いた。長老、長老、と声が上がる。どうやらこの老爺は村長でもあり長老でもあるようだ。長老は息切れしながら頷き、「はっきり、…」と言葉を紡いだ。


「見える。お、おお、まるでかつて天界で見た女神様のようにお美しい。どうか、お救いください。どうか……あぁ…」


 老爺はその場でがくりと崩れ落ち、皺だらけの頰に金色のネックレスを押し込むように当てた。スミレは膝をついたまま呆然とする。音楽は止まり、踊っていた人々は叫びながら老爺の元へ寄る。娘は「お爺ちゃん」と何度も話しかけたが、老爺は唸るだけで何も答えなかった。先程何かを売りさばいていた大男が指揮を送る。


「長老を家へ!! この二人を–––縛り上げろ! 長老に何かしたかもしれん!!」

「え?」


 リアンが立ち上がる間も無く、屈強な住民達によって二人は縄で縛られてしまった。スミレは取り押さえられてもぼうっと、長老が運ばれた方向を見つめていた。リアンは困惑、「僕たちは何も」などと弱々しく言うが、抵抗する間も無く二人は狭い牢屋に放り込まれてしまった。


「どうしましょうスミレ?! このままじゃ…」


 焦るリアンとは裏腹にスミレは至って冷静だったが、彼女の頰には一筋の冷や汗が伝わっていた。


「あのネックレス……それに…長老様の言葉…」

「そ、そんなこと言っててる場合ですか?! このままじゃみんな死んでしまいます!!」


 リアンはめずらしい形相で怒鳴る。スミレはびくり、と苺色の髪を揺らした。彼女の武器は取られており、いつも白木を動かしていた背中は寂しい。


「大丈夫…です。私たちには仲間がいます。何故なら……この村には……」


 口をつぐんだスミレ。リアンは早口でまくし立てた。


「え?! 何があるんですか?!?!」

「落ち着いてください」


 静かながらも、ピシャリとした語気に、気弱なリアンはすぐに黙り込む。スミレはゆっくりと深呼吸、息を吐き出し、言った。


 それは衝撃的な内容だった。

 リアンは驚いた。いや、予想できたといえば、できたのかもしれない。それに、あり得た話だ。ただ、リアンはずっと気になっている。言えばきっと解放されていただろう。スミレは一息で告白した。


「あの中に、私の兄妹がいました」


 リアンが返事をする前に、彼女は続ける。


「それに、あのネックレスは……一番星冒険者のみが所持しているものなんです……どうして…」


 彼女は自分の服を漁り、シャツの下から先程長老が持っていたものと同じネックレスを取り出した。紛れもなく、合致している。金色の、煌びやかで、飾りはダイヤモンドのかけらが金に縁取られている。

 暗がりの中で輝くそれは、二人の瞳に移り、暗く怪しげに光っている。

〈一番星冒険者〉は、十年に一度選定される。スミレは五代めの〈一番星冒険者〉だ。彼女は選定されて二年目のものである。


「…ということは、あの方は……元〈一番星冒険者〉?」

「…いいえ、〈一番星冒険者〉は死ぬまで有効ですから、元ではないはずです」


 会話が止まる。リアンはそんなことよりも、兄妹という言葉に引かれた。


「兄妹とは…?」

「……兄がいました。私を見たときに気が付いたようなので、助けてくれると思うのですが」


 言われた瞬間、リアンは緊張の糸がぷっつり切れて、尻をついてへたり込んだ。コンクリートの冷たい地面は、掃除がされておらず汚い。スミレはずっと立っていた。


「よかった…。じゃあ、もう平気ですね!」

「ええ。……」


 まだ何事か考え込んでいる美乙女。若き青年は地面にあぐらをかいた。友達の大切な剣を奪われた今でも、彼は安堵している。


「…。あの、リアン。話したいことが–––」

「あっ、誰か来たみたいですよ」


 決心して話を切り出したスミレだったが、その声は廊下の足音で掻き消されてしまった。リアンは柵に近寄り、覗き込む。スミレは何やらはらはらして、柵に恐る恐ると近寄った。


 暗闇で見えない、何者かは、二人がいる牢屋の前で立ち止まり、物言わずに鍵で扉を開けた。古い鉄製の扉が開く。リアンは胸をなでおろし、棒立ちしているスミレの手首を引っ張った。


 二人が廊下に出ると、その何者かが口を開いた。


「……スミレ」

「…っ」


「ああ、やっぱりお兄さんだったんだ!」などとは絶対に言えないようなぴりっとした空気に、リアンは戸惑って二人から距離を取る。スミレは顔を上げ、その男を見つめた後、「持ち物はどこにありますか」と静かに問うた。まるで他人のような接し方だ。リアンはとてもその態度が気になったが、口には出せなかった。


「…こちらに。付いてきてください」


 兄(?)の方も、白々しく態度を取って二人を誘導した。すぐそこに出口はあった。三人が外に出ると、集まっていた村人達が一斉に騒ぎ立て始めた。


「申し訳ございませんでした! スミレ様!」


 など、どうかお許しくださいなどと、謝罪の声が多い。二人は辺りを見渡した。中には、二人を牢屋に放り込むと決めた大男もいた。

 中心から、ローラが走り出てくる。彼女は汗をかいていてとても疲れているようだ。


「ご、ごめんなさいっ! あの、おじい…村長なら起き上がって家にいますのでこちらへっ」


 と、走り出すローラ。二人は頷いて付いていくほかなかった。そのまま二人を身起こる男。スミレは走りながら、その彼の姿をはっきり捉えた。


「…やはり、…」


「お兄様」という単語を飲み込んだスミレは、長老の元へ向かった。





 ♦︎




[辺境の村はずれ・森の奥[黒の洞窟]にて]


 地平線に、濃い夕日がずんずんと沈む。それが完全に消えてしまい、辺りが真っ暗になる時、銅等級モンスターである小鬼ゴブリンは行動を開始する。周りの地はすっかり荒れ果て、森の中にあったのであろう建築物や柵は無残に壊れて瓦礫となっていた。


 先程、起き上がった村長から再び願いと祈りを聞かされた。村人の大半が被害に遭い、未だに行方不明に貼っている娘達もいる。どうかそんな恐怖から救ってくれ。と。


 スミレの背には、丁寧に磨かれた弓と矢。艶やかな白木には、汚れも凹みも欠けもない完璧な逸品だ。彼女はランタンを腰につけている。

 リアンの腰の鞘には、親友デリダが作った銀剣が刺さっている。彼はきちんとそれを使いこなす力がついている。


 二人は洞窟に入る前に、二人は策を立てた。

 二人はどちらも戦闘系職業だ。ポーションは持ってきているが、ヒーラーや魔法使いがいない。その為に、彼らは事故がないように固まって協力プレイをする。

 いざ、任務決行の直前に、スミレは言った。


「…なぜこの任務がコンビ限定なのかが、分かりました。依頼主である村の主人は、チャンプでに私がいると推測したのでしょう。リアン、これから、何が起こっても心を揺るがさないでください。…私のようには、ならないでください」


「えっ、」リアンは言いかけたが、時間が押している。彼らは暗闇の中に身を飲まれていった。


 …私のようにはならないで…?


 どうしてだ? 俺は、スミレのように強くなりたいのに。なぜ彼女はそんなことを言ったのだろう?


 彼は心の曇りを晴らせない。しかしなんとか身を震わせ、気持ちを切り替えた。


 必ずこの任務を成功させ、スミレの本当を知らなければ。凛と歩く彼女の隣で、彼はもう一つ決心をする。この青年もいくらか大人になったのだ。


 ––––この道を通らなければ、二人は成長できない。

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