第19話

[東ダンジョン五十階・中ボス潜伏地帯にて]


 灰色の暗雲が立ち込める、いかにも不穏な地帯。

 そこへの入り口には、厳つい鉄の扉が立ち塞がっている。解くのが難しく、ダイヤモンド級の中でも高度な技術を持っていないと、扉の魔法は解けないという。

 それを、〈一番星冒険者〉たるスミレが解いてみせた。苦労する表情も見せず–––––涼しい顔で。

 スミレは魔法使いではないから、プロの魔法には劣るものの、高度な魔法は使えるようになっていた。

 彼女曰く、弓による戦闘に加えて魔法を使うと、よりレベリングにつながるという。

 その為に、彼女は冒険者になってから修行を積んだとのことだ。


「ここは中ボス潜伏地帯。この部屋のどこかに、金等級ヒト型モンスターがいます」


 スミレは先頭を歩き、後ろには剣使いリアンが付いて行く。先の道は、長い、五十一階までに進める螺旋階段が続いていた。丈夫だが、果てしない年季を感じるような石壁に触れ、二人はそろそろと階段を上がる。


「下や上は見ずに前だけ見て進まないと目が回ってしまいますから、気を付けて」


 一度立ち止まって、丁寧に忠告したスミレは、視線をまっすぐにして、早足で上りだした。別段段差がきつい階段ではなかったが、数が多かった。


「は、はい」


 リアンは下げかけていた視線を慌ててあげた。




「…この階のモンスターは、人型で脳もある」

「そうです。そのため–––––」


 スミレが、リアンのつぶやきに応じた。

 次の瞬間、このダンジョンを重く貫くような轟音と地響きが、二人の体を揺らした。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……… !!!!


「このように」


 スミレは構わず、冷静に説明を続けた。リアンは唖然として、自分たちが登ってきた階段を見下ろし、そして真下へと視線を移した–––––。


 ドガアアアアアァァァァァァァアン!!!!


「グァァァァァァァァアア!!!」


「地下の方から敵が現れることが––あるのです!!」


「えっ、」と、リアンが、彼女の方に視線を戻した時には、もう、ダイヤモンド級の一流弓使いは隣にはいなかった。代わりに、中心の方へ飛んで行く旋風が巻き起こる。彼が慌てて上を見ると、宙には飛躍魔法を使って飛んだスミレが弓を構えていた。


「–––––私が矢を放ったら、近距離戦を!!」


 彼女から普段放されない、大声の後、矢を添えてぎりぎりと引き始めた。リアンは頷くと、焦る気持ちを抑えるように目を閉じた。彼は、つい一週間前ほどの訓練を思い出していた。


「射ったら、飛ぶ、射ったら、飛ぶ……」


 気付かないうちにぶつぶつとリアンは呪文の様に唱え始める。地下から起き上がって、リアンとスミレを視界に入れたヒト型モンスター『竜牙兵スパルトイ』は、上の方にいる弓使い戦士の方に目を向け、低く唸った。尚もスミレは挑発するように、矢を引き続ける。リアンは思わず心配して見上げてしまう。––しかし、相変わらずの無表情で–––だけども歯を少し食いしばりながら弓を番えて引く彼女を見ると、ダイヤモンド級の一流戦士に気を配る必要など無いと悟った。彼女の山吹の瞳には、いくつもの戦い、経験が読み取れたのだ。


 そして、すぐに矢は放たれる。白木の矢は竜牙兵の頰にあたるが、一発では早々効く筈もなく、竜牙兵は少しばかり痛そうに頰を抑えた後、怒りを募らせ武器を振り回した。スミレはその攻撃を鮮やかに躱してみせ、反対側の階段に着地した。

 リアンは目を見開いて、階段から飛び出した。踏み台などない。あの時のように、助走も出来ない。それでも、訓練を積んだリアンは、飛躍することが出来た。

 ああ、まるで。そう、たったの二週間あまり前事なのに。昔の記憶のようだ。

 それでも–––––その記憶と今は合致している。

 俺は跳んでいる。宙を、スミレより高い位置を!

 銀剣を鞘から抜き取り、握り慣れて擦り削られた柄を両手で掴む。吹き飛びそうな豪風の中、目を開けて狙いを定める。このモンスターを、リアンは見たことがなかった。だが、奇しくも–––––リアンは多大なる自信を持って剣を振り被ったのだ。


「リアン!」


 スミレのやや驚いた声––––。その意味をきちんと捉えた時にはもう遅く。青に光る矛を持っていた竜牙兵が、何らかの言語を唸りながらリアンへと視界を移し、遅い動作ながらも正確にその矛でリアンを捉えたのだった。


「はっ!」


 振りかぶったままの姿勢では、リアンはまもなく頭から落とされてしまう––––––。流石の彼もそれを理解して、彼は急いで防御の姿勢をとった。しかし予想外の展開。飛躍魔法を持っていない彼の飛躍時間は非常に短い––––。リアンはすっかり慌ててしまった。このまま宙にいれば、矛を振り落とされようとそうでなくても真っ逆さまに墜落することは確定している。


 間も無く矛は振り落とされ–––––


 キィン!

「リアン、手摺てすりにつかまりなさい!!!」


 向こう側には、弓を番えるスミレが居た。リアンの錯乱した脳内が、必死の大呼たいこにより覚醒し冴えて行く。それは一瞬で、リアンは階段に付いたぼろぼろの手摺に懸命に縋り付いた。腕に、体重という名の重りが伸し掛かる。彼は手摺にしがみ付きながら、スミレの姿を探した。しかしそれより前に、きちんと地面に足をつけないといけなかった。持ったままの銀剣を思い切り、土の地面に突き刺し、それを頼りに、手摺を飛び越え地面に着地する。ホッとしながら、しかし彼は目の前の敵に目を向けた。すぐ隣には、スミレが居た。


「大丈夫ですか?」

「はい。ごめ––––」

「いいです。ではもう一度」

「はい!」


 二つ返事で、リアンは再び飛躍し、あの時––––訓練を思い出しながら剣を正確に持ち直した。


「グァァァァァァァァア?!」


 二度目の攻撃によろめく竜牙兵。しかし奴はしぶといので有名だ。鋭い矛を、上の方に着地したリアンに突き刺そうと雄叫びをあげた。

 リアンは攻撃の避け方や防御は知っていても、盾は持っていないし、矛の避け方は知らなかった。風を切りながら自分の方に向かう、青い矛を見つめ、リアンは必死に冷静になれと命じる。だが、彼の頰をつたる冷や汗から分かるように、リアンの体を焦燥が蝕んでいた。


 そんな時にやはりリアンを守ったのはスミレだった。


「っっ!!」


 スミレは、今度は弓ではなく足で矛の柄を蹴飛ばしたのだ。

 そのまま彼女は柄の上を駆け抜け、弓は背に、矢を手に、竜牙兵の脳天にそれを突き刺した。



 次に、どんな文字でも表せぬ断末魔がダンジョン内にこだまし––––––

 矢を頭に突き刺したまま、矛をしっかり握ったまま、竜牙兵は地面に伏し、結構な量のルビーと化した。

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