第17話
[名も無き国・ワンダーキャニオンの
リアンが通称「地獄の特訓」を育成者デンのもと始めてから半月。
リアンの総レベルは五上がり、レベル十七となった。その内の武器のレベルは十一、そしてそれ以外のレベルは六。
レベルそのものは上がったものの、リアンの体は無に等しくボロボロだった。瞳には闇が、体には幾千もの戦いから出来た生々しい傷。そして、彼の心を蝕む疲労とデンの言葉。デンの言葉に間違い偽りはない。むしろ正論であり、このまま冒険者として生きていくには当たり前の覚悟だった。
しかし、リアンから、その覚悟は見えないとデンは言った。
「冒険者をやめるか? 俺様は止めないぞ。でもお前にはまだ迷いが見える。知っているか? プラチナ級の冒険者は「見聞」といった心を読む能力を習得できる–––––コンビがいるんだろう、それも一流の。お前、その人が好きなんだろう?」
そうだ。だから俺は。冒険者になったんだ。小さい頃、近所の子供と冒険ごっこで遊んでいた時は周りから「この子は冒険者じゃなくって農家さんかなぁー」などと囁かれていた。
だが、ごっこ遊びをしている中ではサナもいた。彼女は「ぜったいなれるよ! だって、ぼうけんしゃはなりたいっていえばなれるじゃない!」と瞳をウキウキさせて言うのだった。その時俺は確信したんだ。憧れの人とともにコンビを組んで、冒険者になって。いつか–––〈一番星冒険者〉とまではいかなくてもいい。せめてプラチナ級になりたいと。
傷の治癒は終わった。すぐに特訓は再開され、始めた当時よりも強くなったリアンはレベル五のモンスターを難なく倒し、レベル六のモンスターに挑んだ。これを倒したらレベル七に昇格する。
ちっぽけでボロボロになったナイフの柄をきつく握りしめて、リアンは、そのモンスターを見上げた。邪悪な三白眼をキッと睨んで、リアンは俊敏に走りだした。鬱蒼と茂る木々、苔の生えた獣道––––––。リアンはそれを踏み付けて、永遠にも続くようなその闇を睨みつけ、大きく飛躍した。行く道を阻んでいた太い枝を踏み台にリアンは酷くほつれたシューズで、弾みをつけて更に飛んだ。銅ランクのリアンが出来るのはここまで。プラチナ級以上となれば、飛躍魔法でもっと空高く飛べるのだが–––––しかし、このモンスター相手なら、それで充分だ。
格好不相応なナイフを持ち替えて、リアンはモンスターならぬ冒険者の咆哮を上げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
ワンダーキャニオンの奥底まで響くようなその咆哮に、デンは顔を上げ、太い唇をにいと釣り上げた。
「そうさ、リアン––––––俺様は知ってたぞ」
––…どうして冒険者になったの?
俺は、俺は––––。ただ憧れただけ。あの格好いい、逞しい背中を追いかけたいだけ。いつかその背中に手が届くかも、なんて無理な夢かもしれない。だって、才能がないから。でも、夢を見ているだけでも心地よかった。人からの偏見も、小さい頃の自分のひ弱さも、全て拭って払いとって、変わりたいと思ったんだ。
そして俺は、また変わる。変わりたい。夢を簡単に諦めかけた自分を蹴って、こいつを倒して、親友の剣を取り戻し、スミレに会いたい!
リアンは、希望と夢に濡れた目を見開いた。
リアンが地面に着地した頃には、もうモンスターは細かい砂と化していた。
[名も無き国・キャラメル半島"ミルク空港"にて]
酒蔵巡りの旅も最終日。スミレは、バラ高原にて過去を見失い、また未来をも分からなくなったまま、飲んべえとして各国を巡り、ここミルク空港のターミナル内にある小さなバーでワインを飲んでいた。彼女への評判はいつも通りに最高で、行く人来る人皆彼女に見惚れ、勇気のあるものは話しかけたりしたが、彼女はなにかと上の空に答えるだけだった。
–––––リアンという、コンビになったばかりの青年も同じ日に、チャンプに帰る。
–––私はどんな顔をして再開すれば?
彼は強くなっている。私も知っている、あれは「地獄の特訓」を受けさせる事で有名なデンが催す訓練だから。それでも、それから帰ってくる人を見れば、それがどれだけ充実したものかが分かった。リアンもきっとそうだろう。強い冒険者になる、という揺るがぬ希望を持って帰ってくるだろう。それに対して私は、冒険者になった意味を見失ったままでいる。
スミレは怖いのだ。
答えの出ないまま、暗い顔色をして帰ってくる自分と、反対に明るい顔色でイキイキと帰ってくるであろうあの青年を比べるのが。なにしろ、自分で、リアンと自分を比べたくない。私が––––〈一番星冒険者〉という称号を背負っているのに––…と恥ずかしくなるのが嫌だ。この肩書きが誇らしくない、なんて思ったことは一度もない。しかし、この肩書きは、自分にとっては重すぎる。もう持っていられないほど、苦しい。こんなに弱い自分が持てるわけがない。
人々から賞賛され、どんなモンスターでもひるまず、弓を
誰かに教えてもらわないと、分からない。
一流の冒険者でも、こういう時はあるのだ。誰かに頼りたい時も、あるのだ。
そうしないと、生きて行けないから。
スミレは、グラスに残っていた赤ワインをぐいと飲み干した。
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