第15話

[名も無き国・『ワンダーキャニオン』にて]


「うわああああああっ!!!」


 身を貫く轟音と、鬼気迫る咆哮。

 立派な剣を携えた剣使い––––若きリアンは大暴れするモンスターから逃げ惑っていた。


 握り心地のいい剣の絵を握るも––––そんな余裕はなく、モンスターから目を背ける。ギラリギラリと邪悪な瞳は瞬き、巨大な掌を振りかざす。こんなモンスターでもレベル五ほど。つまり、リアンは一人で倒せる相手。実力なくとも武器で勝てる。


 そんなことを、リアンは知らない。


 頭上まで来た掌を見上げ、リアンは顔面を蒼白させながら剣を抜き取った。


 目を閉じ、神に祈り、剣先を真っ赤な空に振りかざす。

 ––––––何が「ワンダーキャニオン」だ!

 そんなリアンの思いとともに、モンスターの咆哮は遠のく。


 こうして、リアンはレベル十二にして、レベル五の敵を倒したのだ。





 地獄に等しい訓練が幕を開け、初っ端から始まったのは命がけの討伐。「名も無き国」の辺境の村「奇跡の渓谷」と称されている、「ワンダーキャニオン」。リアンは何故奇跡なのかは知らない。


 討伐の依頼主––––プラチナ級の冒険者は歯を見せた。

 古びた鋼の盾を携え、軽そうな装備で腕を組むそんな冒険者は、声を上げる。


「–––リアンよ! 手応えはどうであったか?!」

「えっ………あっはい! いい感じです!」


 リアンは慌てて頷く。男はまた笑った。


「はっはっはっはっは!!!! そうか、そうか––––––この俺様、プラチナ級の冒険者曰く「奇跡が起こる谷」!! そのレベルで倒せたのは奇跡といえよう!」


 リアンは愛想笑いを薄く浮かべ、剣を収める。そんな手はブルブルと震えている。

 これで五回目。

 リアンは汗を浮かべ、息を吐く。–––そう、この男は肉体的に、よりも精神的に追い詰める形で訓練する形の育成者だったのだ。


 確かにそれで鍛えられるかもしれないが、弱いリアンには初日から大きく心に響いていた。


「よし、リアン」

「?…はっ、はい」

「その武器を捨てろ」

「はぁ?!!」


 いいから、と育成者は鞘をガタガタと動かす。しかし、リアンはひしと剣をつかんで離さなかった。


「だ、ダメです! これはその、友人が鍛えてくれたもので…」

「ンなの関係ねぇ。お前のその根性叩き直してヤラァ」


 突然口調が荒れたのに驚き、リアンは力を弱めかける。しかし、デリダが作ってくれた大切な剣を捨てて戦うのは友人を裏切ると同じ。彼は首を断固として縦には振らなかった。


「……あ? お前、この俺様の言うことが分からんのか?」

「あっいえ……どうぞ…」


 リアンは真っ青に染まった顔面を空に向けた。

 ––––この育成者が言っていることは間違っていない。むしろ正論であり、リアンがここに来たのは武器だけで成されたレベルを自分の実力のレベルに変えるということである。

 しかし、友人から貰った大切なものを捨てる訳には––––––リアンはその掌を、広げられない。

 男はイライラを募らせ、最終的に行動に移った。


 パァン!


 手の甲を叩くと、リアンは簡単にその手を広げた。

 育成者は鼻で笑い、言う。


「いいか––––期間は一ヶ月。その間にレベルを上げられなければ、この武器は永遠の塵となる。ゴミ箱行きってこった。いいか、レベルを十以上上げろ。それ未満は許さん。友人を裏切りたくないんなら、ちゃんとやれ。お前ならできるんだ、俺様が言うんだから当たり前」


 なんだ、この人いい事言うじゃないか–––––。

 リアンが感心する間も無く、育成者は武器を奪い取り、地面に落とした。

 それから、またにいっと白い歯を見せる。


「名乗り忘れていたな! 俺様の名前はデン。デンジ・コーズだ。よく覚えておけよ、将来お前の恩師になるだろうからな! はっはっはっは!」


 リアンにとっては全く笑えない言葉だったが、デンは気に入ったようで、繰り返し「恩師」を繰り返しながら笑った。リアンはそんなプラチナ級の冒険者の足元に落ちる剣に詫び、沈んだ気持ちのまま、デンの思い通りになったのである。



 ♦︎



[名も無き国・辺境の村『小鬼ゴブリン出没洞窟』にて]


 中古品の錆びた短刀が、地面に転がった。音を立てて、その磨かれた刃は地面を滑り、遠くへ逃げて行く。リアンはそれを追いかけながらも、ある集団から逃げていた。

 そう、小鬼ゴブリンの群である。

 それらを、リアンは一人で倒すというのだ。彼は急いで短刀を拾い上げ、横に構えて群を見据えた。デンから聞いた流儀–––––「勝つ自信を持つ」こと。ただ、弱気なリアンには難題である。彼は大きな深呼吸を何度も繰り返し、しかし震える掌を握った。


 汚れた瞳を輝かせ、小鬼ゴブリンたちは細身の体を横に揺らし、リアンに襲い掛かる。

 リアンはヒッと叫びながら短刀を横に滑らせ、目を閉じた。この動きだけではこれらは殺せない。しかし、手応えはあった。


 何かを引き裂く音と、何かが落ちる音と、何かの鳴き声。リアンは恐る恐る目を開ける––––息を飲んだ。

 倒れた一匹の小鬼ゴブリンを除く、他の全てのもの共が彼の目の前にあったからだ。ギャーギャーとうるさく鳴き叫びながら、それらはリアンの肩に手をかけようとする。彼は恐怖のあまり、獰猛な獣のように悲鳴を上げた。しかし、彼は短刀を離さず、短い刃を小鬼ゴブリンの首に刺した。汚い音に、汚い液体。それらは、一生リアンの耳元をついてまわるだろう。

 しかし、彼は––––––乱暴に、ただ暴力的に、ナイフを振り回した。恥ずかしさ、格好良さ、全て脱ぎ捨てて––––––。

 歯を食いしばって、ただ無の心で、群を次々と殺した。彼の瞳は、まるで見開いた小鬼ゴブリンの瞳のようだった。

 気が付けば、リアンは血みどろの洞窟の中で座り込んでいた。

 身体中に返り血を浴びて、吐き気のするような汚臭を撒き散らし。スミレがいれば、必ず眉をひそめていただろう。リアンは妄想する。

 彼の周りには、千切れた布のような小鬼ゴブリンの死体。真っ二つに割れた頭にある、真っ黒な瞳孔は、深い深い闇を持っていた。そう、暴力的になった彼の瞳のように。


 今一度冷静になって、リアンは自分に問う。

 –––––何故俺は、冒険者になったのだろう?


 –––と。

 彼の手元には、持ち手まで真っ赤に染まっていた。汚く絵の具を塗ったかの様に、ムラがあって汚い。リアンは今頃になって、この情景に嘔吐した。


 俺は…–––あぁ、そうだ。冒険者に憧れていたんだ。

 当時は〈一番星冒険者〉になりたかったんだ。でも、そうじゃなくてもいい。ダイヤモンド級の人に憧れていた。その称号を付けている人を見るたびに、それを付けた自分を想像するんだ。––––ああ、きっと誇らしいんだな、と。

 でも、本当に誇らしいのか?

 ここまでして、プラチナ級の冒険者は汚物を纏っているのか? スミレは、こんな思いをして〈一番星冒険者〉になったのか?

 きっと彼女は違う。


 そして、結論に辿りつく。

 –––––俺には冒険者の才能が無いのだ。

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