第4話
[ブルー区・中央広場にて]
––––––普段平和であるはずの広場が、突如雷雲に覆われた。
パーティを組み、がやがやと賑わっていた明るい広場は騒然とし、少しすると悲鳴や助けを求める声がこだました。
–––––この事態は『よくある事』として収められているようなものだった。
イエロー区、各地のダンジョンから抜け出したモンスターが隣の区、ブルー区に侵入し、暴れる–––––ブルー区とイエロー区の境には厳重な鉄壁が張られているものの、怪力の種であるモンスターは軽々とそれを打ち破る。国会はそれを課題としているが、解決の兆しは見えないでいる。
ブルー区内の冒険者達は多数のモンスター達に戦いを挑み始める。ギルドの職員は冒険者とは違い戦えない為、ホワイト区に避難し始め、ありったけの冒険者達を集めようとしていた。
––––––その職員の一人、サナは、他の職員達と共にホワイト区の門をくぐっていた。
街では、もう情報が伝わっていたらしく、数々の冒険者達が名乗りを上げてはすれ違っていく。「お気を付けて!」と叫びながらサナは「ある人」を探した。
[オレンジ区・外れの戸建てにて]
「……早く!冒険者は武器を取ってブルー区へ!」
その大声が外から聞こえて来た瞬間、リビングのソファーに座り白木の弓を手入れする苺髪の美女–––––スミレは全てを察した。
「またか…………」
独り言を呟くと、頭にはふつふつと怒りが湧き起こってきた。国会は一体何をしているのか?この事件は過去からも何度も起きている。死者も出ているし、建物は壊れる。
エルフ種族––––でありクールで冷静なスミレでさえも怒りを覚える由々しき事態だった。
布巾で
–––––と、扉を激しく叩く音が鳴った。
♦︎
「良かったです……意外と早く見つけられて…………はぁはぁ」
「……大丈夫ですか、ふぅ、今どういう状況ですか」
「……以前よりも深刻ですね…………〈増殖型〉のモンスターもいますし、何より
「…………分かりました。急ぎましょう。走れますか」
「……う…………ちょっと、足をですね……」
「挫いてますか。…………私は先に行っていいですか」
「はいっ、お先にどうぞ!お気を付けて!」
スミレは無言で頷いてみせた。ホワイト区への近道、小道に入ると、どこからともなく悲鳴が聞こえてくる。スミレは歯を食いしばり、走る。
エルフ種族であるスミレは、元から几帳面で、クールだが優しい一面もある人だった。
幼少期から弓を得意としていて、成年にも満たないうちにダンジョン攻略を始め、こうして事件が起これば真っ先に駆けつけていた。
––––––スミレが〈一番星冒険者〉に認定された当時は、他にも沢山一流の冒険者達がいた。その人々はスミレよりも圧倒的に強く、その者がダンジョンに潜れば、大鬼など一秒も満たない速度で倒していた。
が––––––––一年前のある事件により、スミレ以外のその冒険者達は姿を消した。
たった今起こっている事件の膨張したもの、すなわちモンスターによる戦争が起こったのだ。
ダンジョンから抜け出したモンスター達はブルー区、ホワイト区、さらにはレッド区にまで侵入し、ありとあらゆる建造物、もの、人を壊してきた。そこで立ち上がった〈一番星冒険者〉はこのチャンプを守るべく立ち上がるが、繁殖し、膨張し、より強力になったモンスター達に圧されてしまう。
その時に限ってスミレは、用事があり外の大陸に出掛けていた。
スミレがいれば…………事態は少しはマシになったのかも知れない。
スミレを除く〈一番星冒険者〉は滅んだ。
街を、国を最後まで守り抜いて。
それを思い出す度、スミレは胸が苦しくなる。
あの時の用事は––––国に関わる大事な仕事だったのだ。別に、自分勝手な行動では無かった。それに、あれは予測不可能な事件だったのだ–––––。
だが几帳面で優しいスミレは––––耐え難かった。
ホワイト区の街路を暫く走ると、いつも賑わっているはずの食品店から可愛らしい声がスミレを引き止めた。
「〈一番星冒険者〉さんっっ!!これ、使って下さい!あとこれっ!髪、結わえた方が良いですよ!!」
「…?…あ、ありがとうございます」
可愛らしい売り子に手渡されたのは数本の矢と、黒いヘアゴムだった。スミレは突然の事に驚きながらも、急いでお辞儀をしまた走りだした。
丈夫な白木の矢だった。純白の羽根も固く、しっかりしている。スミレは既に何十本か入っている籠に入れた。背中の重みが増すと、いつもより頼もしさを感じる。
–––––何故あの子が持っていたのだろう。店主のものか?
考えながらヘアゴムを口でくわえ、髪を束ねる。肌を切る風のせいでやりにくい。結局、ブルー区の門に着くまでの時間をそれに使ってしまった。
ブルー区に入ってすぐの中央広場には、灰色の煙が充満していた。また雷雲があるせいか、雷は鳴り、大雨が降っている。
ヘアゴムと矢をくれた少女に再び礼を呟き、スミレはこの喧騒の中に入った。
「!!い……〈一番星冒険者〉さんっ!!待ってましたよ!」
「遅れました。どうなってますか」
喧騒の遠くで倒れていた一人の槍使いが体を起こした。見ず知らずの男の話を聞きながらスミレは余りの深刻さに顔を歪める。
「……分かりました、ありがとう。……大丈夫ですか」
「ああ、ああ、俺は大丈夫だから!早く、行ってやってくれ」
スミレは頷き煙の中に入って行った。思ったより、有毒物質の悪臭がする。装備の中から布を取り出し、口元に巻くと、それは最小限に抑えられた。
「…………これは
スミレは呟き、弓を取って構えた。
煙の先に見えない何かがいる。それは味方の冒険者ではない。……小さいもの。……
矢を添え、引っ張る間も無く矢を射ると、生々しい音と共にその影が倒れた。
「助けて……!」
「?!」
か細い声が聞こえたと思うと、スミレの立つすぐ横に傷だらけのエルフが倒れていた。
と、また背後から敵が現れる。スミレに余裕などなかった。どう対応すればいいのかわからなくて珍しく焦っていた。
––––––味方がいない。他は、冒険者、私と一緒の…………
「ぐわぁっ!」
––––いない。
「っ……い、〈一番星冒険者〉さんっ……後は、た、頼ん……」
–––––誰も。
––––見つけられる人は、皆んな倒れている。
ほとんど無心状態で矢を射り続けながらスミレは完全に焦っていた。一人でこの数を倒すのは非常に難しく、流石のスミレでもリスクを背負っている。
殺しても殺しても、次から次へと敵はやってくる。いくら待っても冒険者は姿を現さない。本当に味方はいないようだ。スミレは後の予想が出来なくなった。気が遠くなる。ゴブリンの胸に刺さった矢を抜きそのまま使う。射る。射る。射る。その場に突っ立ったまま、同じ動きを繰り返す。
次第に腕は痺れ、感覚が薄れてきた。
雨は止まない。手は冷え、悴む。足は棒の様に地面に刺さっているよう。
––––––だめだ。クールになれ。焦るな。味方はいくらでもいる。今どこかで戦ってる。大丈夫。順調、怪我もしていない。まだいける。
それに、––––––モンスターに慈愛など。必要ないのだ。ただ、殺すだけ。倒すだけ。
––––ただそれだけ。
刹那、スミレの山吹の瞳から光が消えた。
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