第74話 ドキドキ?勇者男子会(前編)
ナツの元に通話の魔石による連絡が入った。
以前に同じ転生者のゲシと交換した連絡先からである。
しばらくゴタゴタがあって、交換したまま連絡を取る機会がなかったのだが、初めて来た連絡に緊張しつつナツは応答した。
「…………はい。なんでしょう。」
『えっ。何で敬語……?』
「…………いや、通話とか滅多にしないから、つい……。」
『……お前ェ、普段通話する友達とかいねェのか?』
「……………………………………………。」
『……悪ィ。俺が悪かったから無言はやめろ。まァ、そうだよな。電話口だと何か敬語になっちまう事もあるよな。』
ナツには友達が少ない。
この世界に転生して幼少時から父の元で武術の修行に励んでおり、個人の時間も来たるべき日に向けて地道な鍛錬に費やしてきた為に日常的に他人との交流が少なかったのである。
加えて、口に出す言葉を慎重に選びすぎる事もあり、口数の少ない気難しい人物と思われがちなので通話で話すといった機会がそもそもなかったのだ。
そして、ナツはそれを結構気にしているのである。
珍しく来た通話ひとつでここまで傷口を抉られるものかと消沈するナツ。謝ってフォローしてくる通話先のゲシの気遣いが余計に胸に刺さる。
そんな空気を察してか、慌てて話を繋ぐゲシ。
『きゅ、急に連絡して悪ィな。実は相談事があってよォ。都合の付く日とか時間とかねェかな?』
「…………相談事?」
ナツは考える。
(あれこれ揉め事があった後だし、気兼ねなく相談を受けられるのは悪い気はしないが、果たして俺に対処できる事なのだろうか。とりあえず、内容を聞いてからにして、安請け合いはしない方がいいか? いや、しかし……。)
あれこれと考えてから、ナツはようやく結論を出す。
「……相談事とは一体?」
『間がありすぎて通話切られたのかとハラハラしたよ。あァ、相談事ってェのはよ、実は俺達も正式に勇者として認定される事になってよォ。』
「おお。それは良かった。」
預言者一族のゴタゴタ等々でむしろ危ない立場にまでなっていたナツと同じ転生者三人。その三人を勇者に任命する預言が出たらしかったのだが、そのゴタゴタの影響で色々と手続きやら大変だったらしいが、無事に勇者と認定されるようである。
これで色々なトラブルも片付き、正式に王から使命を授かった者として肩を並べる事ができる。ナツは素直にそれを嬉しく思っていた。
『ンで、何か式典とやらに出るとかいう話があってよ。この世界のそういう式典の作法やら何やらを俺ら知らねェから、経験者である先輩勇者のナツさんにお話を伺いたいと思った訳だ。』
ナツも一応は一度勇者の任命式の式典に出席した経験はある。
しかし、本当にその一度きりであり、作法云々は目の前でやっていたアキの動きを見様見真似で真似していただけであった。
聞かれたところで答えられるものかとナツは悩む。
『またそっちで難しく考えてねェか? 別に経験談軽く話して貰うだけでいいンだぜ?』
「…………しかし……。」
『ああ、もう面倒臭ェ! この間まであれこれ揉めてただろ? これから同僚みてェなモンだし、その仲直りも兼ねて会わねェか? ……ってェ話だよ! 全部言わせンな!』
勇者の先輩の話を聞きたい……というのは建前らしい。
同僚になる事の報告と、話す機会を得られていなかった為に話の場を設けたというのが実際のところだったらしい。もしくは、ナツを引っ張り出す為の方便なのかも知れないが。
それを聞いてナツは安心して、むしろ断る方が悪いかと考える。
「……そういう事であれば、大丈夫だ。直近予定はないからそちらの都合でいい。」
『そうか。今日急に、ってェ訳にもいかねェだろ。明日の昼に集まるってェのはどうだ? メシでも食いながら話そうぜ。』
「……ああ。分かった。それでいい。」
こうして、ナツは同じ境遇の転生者と、勇者の先輩後輩として会うことになったのである。
待ち合わせ場所にいたナツは先に待っていた人物を見て固まった。
「よォ! 悪ィな、わざわざ来て貰って!」
愛想の良い笑顔で手を振る、赤い服赤マフラー、赤い髪と全身真っ赤な長身の青年ゲシ。
その後ろ側で、やけにバツの悪そうな顔をして腕組みをしている筋肉質なスキンヘッドの大男、トウジが立っていた。
固まるナツのところにゲシが歩み寄ってくる。そして、固まっているナツの視線を見て言わんとしている事にすぐに気付いた。
「あァ、トウジの奴も連れてくるの言ってなかったっけか? 悪ィ悪ィ。」
悪い、と言いつつ何処かわざとらしさを感じる笑みを浮かべているのは、恐らくは意図して黙っていたのだろうとナツは思った。
ナツとトウジは複雑な関係である。
預言者シズの誘拐犯として、ナツが後を追い掛けて争ったのが初対面だった。
その頃からトウジは勇者に敵対心を剥き出しにしており、割と思いっきり殴り合いの戦闘をしている。
結局それは色々と誤解があったわけなのだが、その誤解を解かず、敵対関係なのかどうなのか分からないままになぁなぁになっていた。
そして、その後に預言者シズの監禁事件。
監禁されたシズを救出したトウジ達に対して、預言者一族から依頼を受けたナツは誘拐犯相手として対峙した。
すれ違いがあった事は後に問題が解決して互いに理解をしたものの、それ以前に友好関係を築いていたゲシ等と違って、トウジとは互いのスタンスを理解せぬままなぁなぁになってきているのである。
トウジもその関係性に対して思うところがあるからこその、待ち合わせ場所でのバツの悪そうな顔なのだろう。
これから勇者として同僚になる関係性ながら、何となく普通に接しづらい間柄になってしまっている。
ゲシがナツと会いたいと連絡したのは、勿論勇者の先輩として色々とレクチャーを受けたいという思惑や以前の拗れた関係性にすっぱりと決着を着けたいという意図があるのは勿論そうなのだが、ナツとトウジの関係をしっかり修復したいという狙いもあったのである。
そこまでのゲシの意図を把握したナツは、無表情ながら若干上擦った声でゲシに返事をした。
「…………かまわない。」
ナツとしても、今後同じ勇者としてやっていくのであれば友好的に接したいと思っている。しかし、あまりそういうことを意識しすぎても接しづらいと思い、素っ気ない返事になってしまう。
腕を組んで待っていたトウジの方はというと、ちらちらとナツの様子を窺っているものの、自分から近付いてくる事はない。
二人の間に流れた微妙な空気を見かねて、ゲシがパンパンパンと手を叩いて場を取り仕切り。
「とりあえずメシでも行こうぜ! 話はそっからでいいだろ!」
こうして、勇者男子三人の男子会が開かれる。
適当な店に入って、三人揃ってテーブルを囲む。
各々料理を頼み終えたら、注文が届くまで待つ事になる。
ガタイのいいトウジ、割とガタイのいいナツに囲まれて、細身なゲシは気まずそうに目を泳がせた。
(暑苦しいな……!)
男三人、しかも二人は筋肉質、更には互いに口数少なく渋い顔で黙り込んでいる。
ナツの方の無口はゲシも普段通りと知っているが、いつもならうるさいくらいに声を張ってやたらと喋るトウジも黙っている。
その沈黙が余計にこの場に圧をもたらし、寒いデッカイドーの地にいるにも関わらずゲシは汗を流す。
「え、えーっと……実はナツに聞きてェ事があってよォ!」
「…………なんだ?」
「今度の式典に何を着ていきゃ良いと思う? 前にナツが出た時にはどんな服着てったよ? 何処で買った?」
ナツはゲシの質問を受けて黙り込む。
渋い顔で何やらじっと考え込み、何やら回答を考えているようである。
(何でそこで黙るんだ……? 大して難しい質問じゃねェだろ……?)
ナツは考える。
(どうだったかな……何かどこかで買いに行った記憶はあったのだが……確か、役人だかに同行して貰って仕立てて貰ったような覚えがあるんだが。ゲシ達はそういう案内とか受けてないのか? 方針が変わったのか? 担当する役人が替わったとか? 変に聞いてみればいいと言っても事情は分からないし。)
ひたすらに自身を鍛える事に時間を費やしてきたナツも実は大概世間知らずなのである。
やがて、アレも違うコレも違うと考えた末に、ナツは一つの答えを出した。
「…………担当者に聞いてみてはどうだろうか?」
(事務的な返答……!)
言われてみれば確かにそれが一番確実なのだが、思いの外事務的な返事が返ってきてゲシは面食らった。一応、交友関係を結ぶ為の会という目的を伝えてはいたものの、勇者の先輩にあれこれ聞きたかったのも本心である。まさかここまでドライに返されるとはゲシも思っていなかった。
「お、おう。そ、そうだな。」
最初の質問がそこで終わった。
「…………。」
「…………。」
再びの沈黙。
やがて、沈黙に耐えかねて再びゲシが口を開く。
「ま、まァでもよ! ナツはそういうファッションの店とか詳しくねェのか? 結構洒落た服着てるじゃねェか?」
先程の服の話から広げて、ナツの服を褒めつつゲシが話を広げようとする。
すると、ナツは今度はあまり間を開けずに答えた。
「……この服は贈り物でな。これ以外には式典に出た時の礼服くらいしか持っていない。俺自身はファッションとか全然詳しくない。」
「そ、そうなのか。」
話は終わった。
会話が全く広がらない。
ゲシの額に冷や汗が伝った。
沈黙が訪れる。
(……何でこいつら暑苦しい男三人の席でこんなに沈黙に耐えられンだよ……!)
ゲシから話を振らないと永遠に黙っていそうな二人。
ナツは沈黙に慣れている。トウジは我慢強い。二人はその気になれば黙ったまま座っている事にも耐えられるのである。
「お、贈り物ってェのは誰に貰ったんだァ?」
「……同じ勇者のアキだ。」
「お、おぉ~! そうなのかァ! 何だ贈り物されるような仲なのかよォ?」
「……そういうのアキに迷惑が掛かるから。」
「お、おぉ……ご、ごめん。」
話が終わった。
下手に茶化してしまって気まずいので、ゲシはすぐさま話題を切り替える。
「お、俺も実はファッションには詳しくねェンだよなァ!」
「…………そうなのか。」
再びファッションの話に切り替える。
「俺、全身真っ赤だろォ? 変だと思わねェか?」
「…………そんな事ないと思うぞ。」
そこは確かに変だとツッコンで欲しかったゲシ。
気遣いのつもりなのか、普通に否定してくるナツ。
「お、おう。ありがとう。……いや、じゃなくて。実は、この変なファッションにも理由があってよォ。」
「…………そうなのか。」
「俺ら便利屋稼業は、名前と見た目で売れてナンボの世界なンだよ。だから俺ァこっちの世界で"血染めの刃"なんて物騒な異名を付けられたンで、それが分かりやすいようにあえて赤で統一してるンだよ。」
「…………なるほどな。」
「まァ、勇者になっちまえば、名前だけで売れちまうだろうけどな!」
「…………よかったな。」
ゲシはハハハと笑った。
(相槌下手くそ過ぎンだろコイツ……!)
何か一人で喋っているような気分になって、ゲシが喋りづらくなる。
その視線はギッとトウジの方を向く。
(てめェもいつまで黙ってンだよ……!)
ゲシの視線を見たナツは、ハッと何かに気付いたように目を見開いた。
(トウジにも話を振った方がいいのか……? そう言えばさっきからトウジとは話ができてないな……。もしかして、ゲシは俺達が話すチャンスを与える為に、良く分からないファッションの話を振ってきたのか……? この視線は、俺にトウジに話しかけろという合図なのだろうか……?)
ナツはトウジの方を見る。腕を組んで目を閉じている。
時折薄目を開けてチラチラとナツとゲシを見ている事に気付いたのは、しばらく観察してからの事である。
ゲシもトウジのちらちらと状況を伺っている視線に気付く。
(コイツ……! 話し掛けて貰える事を待ってやがるのか……!? でけェ図体してそんなセコい構ってちゃんみてェな真似しやがって……!)
ゲシが必死に場を取り持とうとしている中でのまさかの受け身に、ゲシも若干イラッとした。
ここで話し掛けるのも何だか癪になってきて、ゲシが黙っていれば、ナツが此処で動き出す。
「…………トウジも名前を売るために上半身裸でハゲてるのか?」
まさかのパスにトウジがカッと目を見開く。
「…………我はサイズの合う服がないから着ていないだけだ。あと、ハゲているのではなく剃っているのだ。髪は敵に掴まれたりと邪魔だからな。」
「…………そうか。ごめん。」
「…………別にハゲと言われて気にした訳じゃない。謝るな。」
一応会話はできたものの、ハゲ呼ばわりで若干空気が重くなる。
(何で今日に限って大人しいんだよトウジ……!)
トウジはトウジで緊張していたのである。
一方的に喧嘩を売ったりしてきた相手の勇者ナツ。
今までの非礼を詫びた方がいいのだろうか? と考えてはいるものの、切り出すタイミングを逃してきてしまっているのが現状である。
何よりずっと黙っていて無表情すぎて感情が読めない男を前にして、トウジもいつものテンションで話すのは憚られていた。
ハゲと言われる事は珍しくないのでトウジもいちいち目くじらを立てる訳でもなく、ただ剃っているんだという訂正を入れただけなのだが、その整理の付かない感情から来る沈黙が重苦しい空気だと誤解を招いていく。
(ハゲは流石に不味かったか……そうだよな。)
ナツは反省しつつ、新しく話題を切り替える。
「…………服は着た方がいいと思う。俺は服を着ないから女の子に嫌われた。」
「そ、そうなのか……?」
「…………ああ。」
ナツはかつて同僚のアキに避けられていたのが、服を着ていなかったからだと未だに勘違いしているのである。
勇者としての経験談として、服は着た方がいいという善意の進言を行ったのだが、トウジからしたら突然飛んできたダメ出しにしか聞こえない一言に困惑した。
深刻そうな表情のナツを見て、トウジは経験談を交えた重い空気のダメ出しにごくりと息を呑む。
(確かに変な目で見られる事はあったが……そこまで言われる程に嫌われるのか……? 何なんだその悲壮な表情は……? 一体貴様に何があったのだ……"拳王"……!)
二人の間に流れるピリピリとした空気にゲシが顔を強ばらせる。
(何の話してるんだこいつら。)
勇者男子三人による男子会はまだ始まったばかりである。
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