第58話 新たな預言




 預言者シズが勇者の任命以降、久し振りの預言を授かったという噂があった。

 しかし、その預言の取り扱いについて、預言者一族では意見が割れているという。その為、まだ表には出されていないのだという話が次第に王都内に広まっていた。


「なんだか、預言者サマがマズイ事になってるみてェだぜェ。」


 とある拠点にて、赤髪赤服赤マフラーの全身真っ赤な青年が、分厚い本を開いて呟いた。同じ拠点で座っているのは、上半身裸の筋骨隆々スキンヘッドの大男と、ボロ布を纏い首に縄を巻いた幼い少女。真っ赤な青年、"殺戮の勇者"ゲシが呟いた話に、真っ先に食いついたのはスキンヘッドの大男、"闘争の勇者"トウジであった。


「おい、どういう事だ?」

「新しい預言を聞いたってェ話だけど、それがどうも信用されてねェらしい。預言者の資質が問われている……とかで、下手したら預言者の地位を剥奪されるかもしれねェらしい。」

「なに……?」


 預言者シズ。古くからデッカイドーの大地にて、天の神の声を聞く事を生業としてきた預言者一族の末裔であり、世代に一人しか現れない預言者その人である。

 トウジとあれこれがあって誘拐未遂事件に発展したり、ゲシやボロ布少女"束縛の勇者"うららとも話した事のある、この場に居る三人の"転生者"、"イレギュラー"達とも決して無関係ではない人物である。


 ゲシが捲っている本は、この世界に転生するに当たって、特典として与えられた"世界の書"と呼ばれる特別な本。この世界の全ての情報が書かれた世界の設定書であり、デッカイドーの情報が常時最新のものに更新されている。

 膨大な情報があるため、検索機能で望んだ情報をわざわざ指定する必要性があるのだが、ゲシは極力関わりのあった人物や出来事については頻繁にチェックを入れることにしていた。

 その中で、預言者シズの記載について更新があったため、他の二人にも情報を共有したのである。


「預言者一族ってェのも一枚岩じゃねェみてェだな。ここ最近素行の悪さが目立った預言者サマを気に入らねェって勢力がいるようだ。預言者一族と言いながら、主権は預言者サマにはねェって訳だ。一族のお偉いサンにとっちゃ預言者サマは従順なお人形で居て欲しいってェ事らしい。」

「なんともまぁ……この世界にもがあるんですね。ファンタジーな世界ではそういうしがらみもなくなるものと思っていましたが。」


 うららが少しつまらなさそうに溜め息をついた。

 元々はファンタジーとは無縁の異なる世界に生まれ、元居た世界に不満を抱きながら命を落とし、死後デッカイドーに転生した"転生者"。転生したところで元居た世界と似たような夢のない話を聞くとうんざりするらしい。


「新しい預言の内容を否定されてるとかいうのはどうでもいいンだが……知り合いになった子が面倒事に巻き込まれてると思うと気になるよなァ。」

「そういう伝統とかお家事情には立ち入らない方がいいですよ。私達なら預言者一族を殲滅するのも訳ないですが。」

「そこまで物騒な事しようなんざ言っちゃいねェがよォ。気弱そうな子だったし気に病んでねェかなァとか、ちょっと連絡とって励ました方がいいかなァとか思わねェか?」

「そういうところとことん常人ですよねぇ、ゲシって。」


 うららは感心したような顔をしつつ、呆れたように溜め息をつく。


「私のモットーは『人の嫌がる事をしない』。でも、『人が喜ぶ事をする』のにそこまで意欲的じゃないというか。そこのところ私は常人ではないんですよね。」

「別にその要素なくてもお前ェが常人だと思った事は一度もねェけどな。」

「おっ、喧嘩ですか? 受けて立ちますよ?」

「嘘です。すみませんでした。」


 即座に頭を下げるゲシ。

 一対一のルールなしの喧嘩になったら、この場で最も強いのはうららである。

 冗談を交わし小馬鹿にしあうものの、喧嘩になる前にゲシの方が無難に謝っておくのが毎度の流れになっている。


「ンな冗談はさておき。俺達も知らん顔してらンねェ話ではあるンだよなァ。多分預言者サマの立場が悪くなったのも、鹿が誘拐なんて真似したからだしよォ。」


 どこかの馬鹿という言葉と共に、腕を組んで座っているトウジの方にゲシが目をやる。軽い煽りのつもりで言ったので、怒って何か言い返してくるのかと思ったのだが、じっと目を閉じ黙っているのを見てゲシは拍子抜けした。


「おい、どうしたよ。お前ェもしかして本気で反省してンのか?」


 トウジは顔をしかめて梅干しみたいな顔になった。


「……そんなに気になるなら連絡してみるか?」


 ゲシは以前に接触した際に、預言者シズにトウジ宛のものと自分宛の通話の魔石を手渡していた。一応、その気になれば何時でも連絡はできる状況ではある。

 トウジはごそりとポケットから魔石を取り出し、じっと見つめた後に、ぐっと魔石を握って渋い顔をした。


「……お前から話してくれないか? 俺から何を話していいのか分からん。」

「お前ェ意外と繊細な事言うのな。まァいいけどよォ。」


 どうやら本気で以前に掛けた迷惑を気にしているらしいので、それ以上突っつくことなく、ゲシは自分からシズに連絡を取ってみることにした。ゲシも冗談で済む範囲であればもっと弄り倒してやるつもりだったのだが、本気で気に病んでいるならそれ以上弄らないくらいに常識人なのである。

 魔石を胸に当て魔力を込めて、シズへと通話の接続をする。その通話の魔石を耳に当てずにテーブルに置いて、その場に居るトウジとうららも話が聞けるように取りはからう。


「……もしもォし。預言者サマですか?」

『……あっ、ゲ、ゲシさん……ですか……?』

「そうですゲシです。今大丈夫です?」

『あっ、だっ、大丈夫、です……す、すみません。ま、魔石を、頂いてたのに、ご、ご連絡できてなくて。』

「いえいえ。お気になさらず。好きなときに使ってくれて構わないンで。」


 気さくに預言者シズと会話を交わすゲシ。その音は魔石を囲んで座るトウジとうららにも聞こえて居た。

 心なしか弱々しく聞こえるシズの声を聞いて、ゲシは眉をひそめる。


「実は預言者一族で何か揉めてるってェ噂を聞きましてねェ。何かお困りなのかとか……あの馬鹿が迷惑掛けたせいじゃねェかと心配して連絡したンです。」

『ト、トウジさんのせいじゃないんです!』

「トウジのせいじゃねェけど、何かお困りの事はあるんですね?」

『あっ……。』

「すンません。引っ掛けのつもりで聞いた訳じゃねェんですが。』


 シズは口を滑らせたのだと思わず声を漏らした。

 ゲシも引っ掛けて失言を引き出すつもりはなかったのだが、思いもよらずシズの状況を聞き出す事ができてしまった。どうやら、大丈夫とは言い切れない状況らしい。


「大丈夫なんですか?」

『は、はい! 誤解を与えてしまってすみません! 大丈夫です!』

「駄目ですよ、ゲシ。その聞き方をしたら大丈夫と答えるに決まってます。」


 うららが指をくいくいと動かして魔石に語りかける。


「"建前"を"縛"ります。シズさん。本当に大丈夫なんですか?」

『…………っ!』

「あら。魔石越しだとやっぱり"縛"りが聞きづらいですね。"建前"を封じられてはいるけれど、"本音"を引き出すには至りませんか。」


 うららの持つ"束縛の縄"の能力。物質、概念問わずありとあらゆるものを縛る呪いの縄。"建前"を縛れば、縛られたものは建前を喋ることができなくなる。しかし、距離があれば束縛の力は弱まり、本音を出さずに押し黙る事ができるようだ。

 うららが"束縛の縄"の力を行使するのを見て、トウジはぐっとうららの肩を掴んだ。


「強引な真似はやめろ。」

「あら。随分と強く握ってくれるんですね。私にとってはご褒美ですが。どうしたんですか、トウジ。随分と預言者様に入れ込んでいるようですが。」


 うららはトウジの顔を見上げてにたりと不気味に笑みを浮かべる。そして、指をくいと動かすと、トウジは更にうららの肩を掴む力を強めた。


「俺の"本音"を引き出すつもりなら気をつけろ。その瞬間に貴様を殺す。」

「あらぁ。怖い怖い。、お忘れなんですかね?」

「おいおいおい、やめろよお前ェら! お前ェらが喧嘩したって仕方ねェだろ!」


 トウジとうららの間に漂う険悪なムードに、ゲシが慌てて割って入る。

 その場の騒ぎが聞こえたのか、魔石の向こうで僅かにシズの声が漏れた。


「あァ、すみませんね預言者サマ! こっちの問題ですンでお気になさらずに!」

『…………!』

「もしかして、"本音"が出そうで向こうで口を塞いでるんですかね。シズさん、ごめんなさいね。もう私の束縛は解きましたから。言いたくないなら無理に言わなくて結構ですよ。私は『人が嫌がる事をしない』がモットーですので。」


 うららが「でも」と唇に手を当てて、怪しく笑う。


「シズさんが『本音を言うのが嫌』だとは思わなかったんです。吐き出せば気分が晴れるだろうと思って、良かれと思っての事だったんです。」

『…………。』

「もう縛ってないから喋っても大丈夫ですよ?」


 一切声が聞こえてこない事に気付いて、うららも若干心配そうに笑みを崩す。実際に騙そうというつもりはなく、本当に縛りは解いており、何かが縛られているという違和感が取れている筈なのだがシズは一向にして喋らない。

 声を押し殺すような息づかいが聞こえる。


「……そっちで何かありました?」

『……い、いえ、な、なんで、も……。』


 声は明らかに震えている。

 向こうで何か起こっているのだろうか。

 ゲシが声に出さずにうららに目配せをする。うららは無言で小さく頷く。

 トウジには止められたものの、尋常ではない事態が起こっているのではないか。トウジと此処で争いになっても、情報を引き出すべきではないか。

 目配せで意思疎通して、うららはすぐさま指を動かそうとする。しかし、それを制したのはトウジの一声だった。


「言いたい事があるなら言え。」

『ト、トウジさん……? トウジさんもそこにいるんですか……?』


 声色が更に変わる。先程よりは言葉に詰まってはいないものの、緊張はより強まっている。魔石の向こうから笑い声が聞こえた。シズの笑い声だったが、明らかに強がっているように強ばった笑い声だった。


『な、何でもないんです! 本当に! だ、だから……。』

「それならこちらから出向くとしよう。」

『え……?』


 トウジがガタッと立ち上がる。


「お前が黙っていようといまいと、俺は其方に出向くぞ。余計な心配など無用。」

『だ、駄目です……!』

「お前が止めようと止めまいと、俺は絶対に其方に出向く。これはもう決めた事だ。」


 魔石の向こうの呼吸が荒くなる。シズが明らかに動揺しているのが分かった。


「お前が何を言おうと関係無い。だから……。」

『…………。』


 トウジがガシッと魔石を掴む。そして、魔石に向かって全力で叫ぶ。


「思った事をそのまま話せッッッ!!!」

『ぴゃっ!?』

「うォッ!?」

「ひっ!?」


 トウジ以外の全員が耳を塞いだ。


「うるっっっせェよお前ェェ!!! 鼓膜破れるかと思っただろうがァ!!!」

「大声出すなら最初に言ってからにして下さいよ……!」


 うららに"束縛の縄"で縛り上げられ、ゲシにスキンヘッドをパンパンと叩かれながら、トウジは魔石に語りかける。


「これから俺が起こす行動はお前の言葉は関係無いッ!!! お前が来るなと言おうが来てくれと言おうが絶対に行くッ!!! だからッ!!! 余計な気遣いなどするなッ!!!」


 トウジはシズの本音を引き出す為に全力で呼びかける。

 うるさすぎる大声で、全身全霊で声を送る。気遣いなど関係無いと行動で示そうとする。

 魔石の向こうで嗚咽が漏れた。


『ぐすっ……ごめん、なさいっ……! わ、私のせい、でっ……!』


 はっきりと泣き声が聞こえる。シズは隠していた本音を吐き出し始めた。


『わ、私がっ……私がワガママ言ったからっ……! 預言がっ……預言が来たのに信じて貰えなくてっ……!』


 ゲシが"世界の書"で読んだ通りの情報が出る。唯一、世界の書を見ても分からなかったのは、表に出ることがない預言の内容。

 シズは泣きながらその内容を告げた。


『こ、異なる世界から来た、勇者がいるって……! 神様がっ、トウジさんも、ゲシさんも、うららさんも、勇者なんだって……! なのに、おじいさまもっ、叔父さん達もみんなっ……!』


 異なる世界から来た勇者。転生者三人が顔を見合わせる。

 シズが聞いたという新たな預言の内容は、まさにその転生者三人を勇者と認定するという内容であった。


『世界が、大変な事になるって……! なのに……私が、ワガママ言ったから……! うわああああああん!!!』


 わんわんと泣く声が聞こえる。

 預言者一族のしがらみで、預言が揉み消されているというのは真実らしい。

 トウジはすぅと息を整え、声を抑えて魔石に語りかける。


「今、何処に居る? どういう状況なのだ?」

『……預言者一族の、秘密の蔵に入れられてて……外にもう出られなくて……連れてかれる時に、咄嗟に魔石だけは隠して……謝らなきゃって……私が余計な事しなきゃ、トウジさん達、ちゃんと勇者になれたのに……!』

「……閉じ込められてるんだな?」

『これ以上迷惑かけちゃいけないから……! 絶対に来ないで欲しいのに……! でも、とっても怖くて、辛くて……!』

「もういい。分かった。」


 魔石の先から小さな声がぽつりと呟く。


『…………助けて……!』

「言った筈だ。何を言おうと言うまいと、絶対に其方に行くと。」


 そう言うと、トウジは魔石をテーブルに置いた。

 

「……という訳だ。俺はシズの元に行く。必要とあらば、預言者一族であろうと、英雄王であろうと、デッカイドーであろうと、全てを敵に回してやる。これは俺の"闘争"だ。お前らはついてこなくていい。」


 トウジは一人で向かうつもりでいる。

 ゲシとうららを巻き込まないつもりでいる。

 そんなトウジの頭を、ペチンとゲシは軽く叩いた。


「バカ野郎がよォ。お前ェ、シズちゃんの居るとこ分かンのかよ?」

「……ぐ……ッ! そ、それはッ……!」

「俺の力が要るだろ? 格好付けンな筋肉ハゲ。あんなの聞いて放って置くほど俺ァメンタル強くねェンだ。」


 ゲシは"世界の書"をパラパラを開き、トウジの肩に肘を載せる。

 更に、とん、とトウジの脇腹をうららが肘で小突く。


「……私はゲシみたいなお節介でもないし、トウジみたいに熱くなる理由もないのですが……。」


 うららの口元がにやりと笑う。しかし、その目は笑っていなかった。


「"不自由"。縛られるのが大好きな私が唯一嫌いな"束縛"です。それを強いる者、強いられる者を見ていると、何というか…………むかっ腹が立つんですよ。」


 パキリと指を鳴らしてうららが「うふふふふ」と笑う。


「手伝いますよ。喧嘩上等というやつです。」

「お家事情には踏み入らない方がいいって言ったの誰だっけか?」

「踏み入りませんよ。踏みにじるだけです。」

「おーおー、おっかねェ。珍しくマジじゃねェか。」


 軽口を叩きながら、ゲシとうららがトウジに並び立つ。


「お前達……。」

「腐れ縁だァ、余計な遠慮は要らねェよ。所詮はオマケの人生だァ。雑に使っていこうぜェ?」

「まぁ、出来る限り事を荒立てずにいきましょう。私がいれば無理ではないの知ってるでしょう?」


 転生者、偽りの勇者、イレギュラー、奇妙な縁で結ばれた全く違う三人組が肩を並べてひとつの目的の為に動き出す。


「…………すまない。」


 トウジは小さく呟いた。

 預言者一族の歴史がひっくり返る大事件が始まる。




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