外伝第6話 勇者とは何か




「あっ。」


 とある街中で、何の共通点もなさそうな三人が顔を合わせて声を上げた。

 一人は赤髪赤マフラーの前身真っ赤な装いの長身の青年。

 一人は上半身裸の筋骨隆々のスキンヘッドの大男。

 一人は首に縄を巻いてボロ布を纏った桃色の髪の見窄らしい格好の少女。


 何の共通点もなさそうな三人にはとある共通点がある。

 各地で奇妙な力を振るって暴れ回る謎多き怪人達、人々からは"イレギュラー"と呼ばれる傭兵集団として活動しているという共通点。

 もう一つは、彼らには前世の記憶があり、女神ヒトトセにより力を与えられた"転生者"であるという共通点である。


 真っ赤な男は"殺戮の勇者"、ゲシ。

 筋肉男は"闘争の勇者"、トウジ。

 ボロボロ少女は"束縛の勇者"、うらら。


 女神ヒトトセはこのデッカイドーの地で活躍するに足る勇者として四人の人物を選び、この世界に転生させたのだ。

 各々が自由に活動していた三人の怪人達は、久し振りに偶然の再会を果たした。




 近場の酒場に入るイレギュラー。

 話を切り出したのは筋肉男トウジであった。


「貴様等ッ!!! 力を貸せッ!!!」

「あァ? うるせェよ、公共の場で声張り上げンな。他所様に迷惑だろうが声抑えろォ。これだからテメェとは飲みたくねェんだよ。」


 普通に赤い男ゲシがトウジを注意する。

 殺戮の勇者という物騒な称号を持っている割には常識人なのである。

 今度はトウジは声のトーンを抑えた。


「貴様等力を貸せ。」

「声抑えられるんじゃねェか。できンなら最初からそうしろや。ンで、力を貸せってなンだよ?」

「我と共に偽りの勇者どもを倒そうぞ。」


 トウジの協力要請を聞いたゲシは苦い顔をした。


「お前まァだ、ンな事に拘ってンのか……。」

「真の勇者は我らなり。偽りの勇者どもを討ち倒しそれを証明するのだ。」


 トウジの言う「偽りの勇者」というのは、英雄王ユキによって選ばれた三人の勇者の事である。

 元々勇者として女神ヒトトセに選ばれて、この世界に転生した自分達こそが真の勇者であるというのがトウジの主張である。

 しかし、この主張にゲシとうららは乗り気ではない。 


「正直俺ァあの女神サンを信用してねェンだよなァ……。アイツ結構なマヌケだぜェ? 何かしら転生で手違いしてるんじゃねェのか?」


 ゲシがそう言うのは実際に女神が信用ならない事を経験しているからである。

 ゲシが転生の際の特典として女神に授かった"世界の書"、この世界のあらゆる秘密が記載された設定書のようなものなのだが、明らかに誤植が多いのである。


「貴様……女神様を愚弄するかッ!」

「だってよォ……この間、"世界の書"の『黄金がある』って情報信じて苦労して山奥の秘境まで行ったらうどん屋しかなかったんだぜェ?」


 黄金じゃなくておうどんだった。

 ちなみに、『魔王城に願望機がある』というのも『暖房器具』の間違いだったのだがそこは伏せるゲシ。魔王城に行った事や願望機を独り占めしようとした事は秘密なのである。

 流石に擁護しきれない間抜けなミスを上げられるとトウジも分が悪い。


「そもそも、俺らみてェなロクデナシが、英雄みてェなモンになれるとは思えねェし、なりたいとも思えねェよ。」

「それについては私も同意です。」


 興味なさそうに酒をあおっていた少女、うららがそこで口を挟んだ。


「私はただ、前世では満たせなかった性欲よっきゅうを満たせればそれでいいのです。未だ"運命のひと"は見つかりませんが、それでさえこの世界を漫喫しています。」

「コイツの変態趣味と一緒にされンのは癪だがよォ。俺も前世じゃクソの役に立たなかった才能で食っていけるってだけで満足してンだ。さっきは女神に文句も言ったが、一応感謝はしてンだぜェ?」


 前世ではろくでもない才能を持って生まれた為に、才能を活かせず、満たされぬまま一生を終えた怪人達。しかし、その欲求や才能を振り翳すのを前世では我慢したまま一生を終えたという点では実は常識人なのである。


「英雄王だか知らねェけど、偉い王様が選んだ勇者サマってンなら本当に勇者サマなんじゃねェの? 真とか偽とか知ったこっちゃねェや。」


 既に「女神が選んだ」という事の説得力がなくなっており、ぐぬぬとトウジが言い淀む。

 そこに更に追い討ちを掛けるように、うららがじろりとトウジを睨んだ。


「そもそも、どうして私達を誘ったんですか? あなたなら一人で勇者に勝負を挑みそうなものなのに。」


 その一言にトウジがぎくりとする。その反応をうららは見逃さない。


「さては……負けたんですか?」

「ま、負けてなどいないッ!!!」

「負けたんですね。」

「負けたッ!!!」


 言ってからトウジはハッとして口を手で塞ぐ。

 うららはわきわきと右手を動かしながら、トウジの目を見ていた。


「き、貴様ッ! "縄"の力は卑」

「どんな風に負けたんですか?」

「急に禍々しい魔法を撃ち込まれて! 強烈な吸引力で身体をバキバキに圧縮されながら! 魔法に閉じ込められたまま灼熱の炎で焼かれて! 逃げたいという意思すら抑制されながら嬲り殺しにされた!」

「な、なンだそのエグイ処刑方法……。なンで生きてたンだお前ェ……」

「死後すぐに復活魔法と回復魔法を掛けられた!」


 全て話して、トウジはテーブルに蹲る。

 話したくなかった屈辱の記憶をうららの力で喋らされ、思い出したくもなかったトラウマを想起してしまいメンタルがやられてしまった。

 うららはトウジのやられ様を聞き出し、恍惚とした表情で頬に手を当てる。


「……羨ましい。」

「え。」

「ちなみに誰にやられたんですか?」

「勇者"魔導書"アキという魔法使いだ。」

「もしかして、その人が私の"運命のひと"……。」

「俺ァ絶対に嫌だからな! そんなやべェ奴らと戦うとかお断りだからな!」


 うららは勇者に興味を持ったようである。一方でゲシは断固拒否している。


「うららッ! 貴様が"魔導書"を相手してくれるだけでもいいッ! 我は他の勇者ならやれるッ!」

「完ッ全にトラウマになってンじゃねぇか。他の勇者もそいつと同じくれェやべェ奴だって想像もできねェのか。……ってか、そんな奴らが勇者ってェのも世も末だなァ。」


 ゲシはドン引きしながら、"世界の書"を取り出した。

 今まで英雄王に選ばれた勇者などというものに興味はなかったのだが、今のトウジが経験したエグイ魔法を聞いて少し興味が湧いたのである。 

 "世界の書"から勇者の項目を引き出し読んでみる。




 英雄王ユキによって選ばれた三人の勇者。

 各々が世界を破滅から救うために必要な力を持っている。

 選出基準は王家に仕える預言者シズが聞いた神託によるもの。

 各勇者の役割までは神託には語られていなかったものの、各々の特長から"剣姫"、"拳王"、"魔導書"と名付けられた。




「世界の破滅……ンなもン本当にあるのかねェ?」


 女神の誤植だらけの"世界の書"を半分疑いながら、勇者の項目を読み上げたゲシはトウジに言う。


「やっぱ"世界の書"でも、この世界で勇者と正式に定義されたのはあっちの勇者サンだとよ。」

「ぐっ……み、認めんッ……! 認めんぞッ……!」

「とにかく、俺ァ協力しねェからな。悪ィこたァ言わねェから、お前ェも余計なヤブを突くのはやめとけ。」


 ゲシは更にぺしんとうららの後頭部を叩く。


「お前ェもだよ。わざわざちょっかい掛けに行くんじゃねェぞ。」

「ちょっかいなんて掛けませんよ。なんてね。」


 ろくでもない事を考えているのだろう、とゲシは察した。

 しかし、うららはろくでもない変態ではあるものの、他人の嫌がる事はしないという変態らしからぬモットーは持っている。言っている通り「ちょっかい」は掛けないだろう。


 ゲシは"世界の書"をもう一度眺めながら考える。


(しっかし、何か引っ掛かるんだよなァ……。)


 トウジのアホな誘いがきっかけで、ゲシは今まで考えたこともなかった事に思考を巡らす。


 "勇者とは何か"。


 ゲシは前世のゲームや漫画といったものの記憶から、何となく"勇者"というものの固定観念を持っていた。

 何となく世界を救うような、悪者を倒して世界を救うような、そんな曖昧とした英雄像を思い浮かべていた。

 女神ヒトトセにそういった称号を与えられた時にも、自分達以外にそう呼ばれるものがこの世界に居ることを知った後も、特にそのイメージで考えていた。

 しかし、自分達は何かを女神から命じられた事はない。

 そして、この世界で勇者と呼ばれる者達は「魔王を倒す」という使命を与えられていると聞いたが、それが一体何に繋がるのか。


 魔物が全て消えてなくなる? そして世界は平和になる?

 ゲシはこの世界をある程度生きてきたから知っている。

 魔物が居ようが居まいが、世界は変わらず素晴らしくて、変わらず腐っている。

 魔物がいるからこそ食いつないでいるようなものもいれば、魔物がいなくとも悪事を働く人間がいる。

 魔王や魔物がいなくなったところで全てが良い方向に変わるとは思えない。

 

 ならば勇者は何をするのか。そんな無意味な事をする為に、王や女神はそんな大仰な称号を授けたのだろうか。


 魔王や魔物が悪だと言い聞かされて与えられた役目に盲目的に従う、王に選ばれた勇者とは違った、女神に選ばれた"別の世界"を知っている勇者だからこその視点。


 そんな思想にふけりながら、勇者の項目の記載を眺めて、ゲシはさらっと読み流していた一文の違和感に気付く。




 『各々が世界を破滅から救うために必要な力を持っている。』





「"破滅"……ってのはなンだァ?」


 魔物による被害は確かに存在している。

 しかし、それが人類によって大打撃になるようなものではない。勇者に頼らずとも、退治や防衛に困るような事はほぼない。 

 "破滅"などという、世界の終わりを示唆するような事象には、長年この世界に生きていても思い当たる節がない。


 ふと、背筋がぞっと冷えるような感覚にゲシは身を震わせた。


 今まで意識した事も無いキーワードを対象にして、慌てて"世界の書"のページを捲る。そして、見つけてしまう。


 勇者とは何か。



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