第六十五話 接触方法として悪手

 俊は左手に身に着けている腕時計を一瞥してから会議室内にいる人員に大声で話す。

 「そろそろ時間なんで一旦席についてもらえますか」

 俊の呼びかけに従い、それぞれが最初に座っていた席へ戻っていった。俊は軽く咳払いをしてから説明を始める。

 「それでは今日の集まりはお開きにしたいと思います。最後に大事なことなのでもう一度言います。我々の活動および協力関係について誰にも言わないこと、我々の連絡手段は最初にお伝えしたメッセンジャーを使うこと。これらは厳守でお願いいたします。では、解散。……ですが一斉に帰るのはやめましょう。数分ほど間隔をあけて帰ってください」

 会議室に集められた者たちは俊の発言に不満を漏らすことはなかった。なぜならば、今まで個別に接触していたときも俊は帰る時間をずらしていたり、別方向へ向かうことが多かったからだ。「ああ、いつものね」といった感じであった。そんな中、石光は青木のところに駆け寄っていった。

 「純ちゃん!」

 駆け寄ってきた石光に対し、青木は怪訝な顔をする。

 「な、……なんですか?」

 「後で連絡するね!」

 「何か重要なことでも?」

 青木が真面目な表情で言うと、石光はかぶりを振る。

 「何その業務的な受け答え、つれないなぁ。私は純ちゃんと仲良くしたいの」

 石光がむすっとしてから笑顔でいうと、青木が額に手を添えてかぶりを振った。

 「石光先輩、いいですか?私たちが接触していることを知られてはいけないんですよ?それなのに仲良くしたいって、小野寺先輩の言ってること忘れたんですか?鶏ですか?」

 石光の交友を深めたいという提案に対し、青木は辛辣な言い方で返した。

 「うーん、じゃあ共通点があってそこから知り合ったというのはどうだろう?」

 「どうだろう?じゃないです。何言ってるんですか!?」

 「そういえば、純ちゃんって陸上部なんだっけ?私も中学時代は陸上部だったよ!今は帰宅部だけどね」

 「人の話聞いてましたか!?」

 「純ちゃんって長距離って感じするね」

 「……そうですけど。な、なんでわかったんですか?」

 青木は石光が自分の種目を言い当てたことに驚きとともに恐怖を感じた。

 「いやぁ、身のこなしというか、そういうのが長距離やってる人っぽいなと思って。ちなみに私も長距離だったんだよね。これでも中学の時は都の大会で入賞してたりするんだよ」

 「……知ってます」

 青木が目をそらして答えると、石光は口を尖らせてから何か閃いた表情になった。

 「つれないなぁ、言ってくれればいいのに。うん、共通点は見つかったね。さてここからどうやって設定を作っていこうか。どこで出会ってどうやって仲良くなったのかとか」

 「カバーストーリーを勝手に作るのやめてください!というか、もう仲が良いって設定なんですか!?」

 青木が困り顔で言い返すと、石光は不敵な笑みを浮かべていた。

 「そうだよ?もう仲がいいってことにする。最近はSNSとか便利なツールがあるからね。『SNSで知り合って仲良くなった』とか言えば、後からいくらでもいえる!」

 自信満々な石光に対して、青木が至って冷静に返す。

 「入念に調べられたらバレるのでは?」

 「知り合ったのはSNSで、やり取りはDMでとか、あとはメッセンジャーでやり取りしてたと言えば、バレないんじゃない?プライベートなところの履歴までほじくり返されるとしたら、それはもう法執行機関ぐらいしかないんじゃないかな?」

 「はぁ……そうですか。でも正直あまり仲良くなりたくないです」

 青木が間に合ってますと言わんばかりの表情で答えると、石光は再び口を尖らせた。

 「なんでよぉ~、いいじゃん。仲良くしようよ」

 そんなやり取りを眺めていた俊が二人の間に入っていった。

 「真紀、露骨な『仲良くしよう』は悪手だってことは言ってなかったか?工作員の接触方法は知っている人間だったらアラート鳴りまくりだ。そもそも積極的に接触してくるってことは何か裏に意図があると勘繰られる」

 俊がたしなめると石光は目を瞑り、口角を上げて笑みを浮かべた

 「ふっふっふ、私は純ちゃんを試していたんだよ。安易に仲良くしようとしないかをね!」

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