第二十八話 操り人形
To:クソ野郎
件名:わかったわ
真紀のフォローをする。
真紀の過去については分からないけど本人の口から聴くわ。
あんたの望み通り動いてやるわよ、気に入らないけど。
辻は俊へ返信してから、石光の様子を窺う。いつもより血色が悪くなっているように見える。辻は石光へメールを送った。
To:真紀
Bcc:クソ野郎
件名:大丈夫?
直接話しかけたいけど、度胸がなくてごめん。
昼休みに校舎裏で会えない?
決して碧の回し者じゃないから。
真紀は保健室に行くフリをして東側から回ってきて。
私はチャイムが鳴ったらすぐに西側から校舎裏に行って待ってるね。
体調が悪くてこれなかったら連絡してね。
辻が石光へメールを送ってから数分後に、『わかった』と一文だけのメールが着信した。
辻の行動を把握した俊は、山下に屋上からの監視を依頼した。昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ると、辻は一目散に教室から飛び出し、続いて俊、山下が順番に出ていき、他の生徒たちが次々と出ていった。教室が静かになってから、石光はゆっくりと立ち上がり教室を出ていった。
山下は、教師たちしか持っていないはずの鍵を使用し、立ち入り禁止の屋上に入る。そこから校舎裏の監視を開始する。しばらくすると俊が校舎裏の森に入っていくのが見えた。それを観測した山下は俊に電話を掛ける。
「小野寺君を視認したよ」
『了解した。電話代がかさむからこちらから掛けなおす』
山下が電話を切ると俊は折り返し電話を掛ける。
「今回も骨伝導マイクを使う。感明良好か、送れ」
『感明良好。前回同様繋げっぱなしでいいね?』
「ああ、頼む」
俊は山下との通信を確認するとバックパックからあるものを取り出す。頭部から肩のラインをぼかし、カモフラージュ性を高めるスニークフード(偽装網)を羽織り、草葉の陰から辻の周囲を観察する。
辻が校舎裏で待つこと10分、うつむいてよろよろ歩く石光が到着した。憔悴した石光の様子に驚き辻は慌てて駆け寄る。
「真紀、大丈夫?」
石光は、うん…ありがと…と小さくつぶやいた。あまりにも憔悴しきっていたので、辻は深く深呼吸をし、覚悟を決めて石光に問う。
「……無理にとは言わないから、出来るなら話してもらえるかな?」
石光は、力なく笑ってから話始めた。
「……まぁ、なんというか……、幼稚園、小学校と仲が良かった友達が居たんだけどね。中学に入ってからかな、イジメに遭うようになっちゃって……。中2の2学期の最初ぐらいだったと思う。その日は学校来なくなって、その子の親からも『いなくなった』と連絡があって……。……私が見つけたんだけど、ぜんぜん間に合ってなくってさ……それを思い出しちゃって、こんなふらふらになってる」
顔を背けてうなだれる石光を、辻は呆然と見つめていた。なんとなく嫌な予感はしていた。常に周囲に気をかけ、優しく微笑んで振舞っている様は何処か達観しており、その年不相応の振る舞いには何かよからぬ原因があるのではないかと。
「……辛かったね。言ってくれてありがとう。……無理はしないでね」
辻は石光にどんな言葉をかけてよいのかわからず、なんとか言葉を絞り出した。
「ううん、声かけてくれたの咲良だけだもん。ちゃんと言わなくちゃね。でも、ちょっとは無理させて?今日を逃して帰ってしまったら、明日から不登校になりそう。こういう経験があるから碧のやってることは許せなかったんだ。でも、結局意気地がなくて止められなかった。……だから、決着をつける」
憔悴していた石光の目に生気が宿り始めていた。
「咲良に話して、少し気が楽になったかも」
「……私も結局は何もできてないよ」
辻は何とも形容しがたい複雑な感情を抱いていた。自分自身では何も意思決定をしておらず、俊の言いなりで行動しているだけだが、自分の利になりそうな結果へ向かっている。心底気に入らないが、逆らっても意味がない。
辻が感情を処理できず、頭からプスプスと黒煙を上げそうな状態に陥っていると、石光が懐から封筒を取り出す。
「この封筒ってさ、咲良が下駄箱に入れてくれたの?」
石光が取り出した封筒に辻は見覚えがあった。忌々しいクソ野郎が使う封筒だ。
「……その封筒の差出人は私じゃないよ。でも誰かは知ってる。本当にとんでもないクソでゲスな奴だから関わらない方がいいよ。関わってほしくないから誰かは言わない、絶対に。あと、その封筒に書いてあることは私に伝えなくていいからね。下手に知ってしまったら、とんでもない災厄が降り注ぎそう」
辻が石光の持っている封筒を穢れの類とでも言わんばかりの態度をとっていると、石光は封筒と辻に交互に目線を送った。
「うん、わかった。内容は言わないことにする」
「そうして。その差出人は真紀がこれからすることに対して、封筒の中にある情報を使えってことだと思うよ」
辻はまったく腑に落ちてはいないが、俊から与えられた情報を使うよう石光にうながした。
「うん、確かに使えそうな情報だった。遠慮なく使わせてもらうことにする」
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