第十話 人柄を知るには

 辻はJR八王子駅に向かうと5・6番線の横浜線ホームへ向かった。その後を小島も付けていく。辻は停車している東神奈川行に乗り込むとドア付近で手すりに掴まりながら電車が発車するのを待っていた。小島は辻が乗っている車両の1両うしろに乗車した。発車ベルが鳴り響き、『電車が発車します。無理なご乗車はおやめください』のアナウンスが流れる。自動ドアのエアコンプレッサーがプシューと音を立てて扉が閉まり始めた瞬間、辻は電車から降りた。意表を突かれた小島は反応することが出来ず、そのまま東神奈川方面へ向かっていった。


 新宿駅南口1800


 改札付近でスマートフォンを弄っている小野寺に辻が話しかける。

 「ったく、なんなのこのお食事会?参加条件が凄くめんどくさいんですけど?」

 「二日連続で悪いな」

 辻はホントよ、とボヤきながら下駄箱から持ってきた封筒を取り出し、中身の紙を読み上げる。

 「参加条件、JR八王子駅で横浜線東神奈川方面に乗車、ドアが閉まる瞬間に下車。次に、中央線東京方面に乗車、上記と同様に下車。新宿駅までは適度に降りるフェイントを行う。新宿駅で山手線渋谷方向に乗車、同様に下車。埼京線大宮方向に乗車、同様に下車。」

 「尾行を撒く必要があったからな」

 「碧なんて最初で簡単に撒けたわよ。それにしても、こんなにやる必要あったの?」

 「尾行は小島だけとは限らないだろう?」

 「それはそうかもだけど。それにしても碧がドアに張り付いて必死になってこっち見てたのは笑えた」

 「楽しんで頂いたようで何より」

 小野寺は辻の笑顔を見逃さず一言入れると、辻は我にかえり

 「別に楽しんでなんかないわよ」

 と否定した。

 「遠路はるばるお疲れ様でした」

 「そうよ、なんで新宿なのよ?」

 辻はわざわざ地元から離れたところを指定してきた小野寺に質問する。

 「君と会っているところを知られたくない」

 「何それ?どういう意味?私と一緒は嫌なわけ?」

 ムスっとした辻に小野寺は諭すように続ける。

 「質問を質問で返す様で申し訳ないが、会っていることを知られたらどうなるか想像してみてほしい。根掘り葉掘り聞かれるぞ?特に小島にはしつこく聞かれるのではないか?そのうち、君がやらかしたことも明るみになる恐れもある」

 「…確かにそうね」

 辻が納得したところで小野寺はお食事会の内容を伝える。

 「まぁ、今日は寿司食べ放題だ。そのあと喫茶室にでも行って話を聞こうか」

 「あんたってさ、お金持ちよね?どうせ良からぬことしてるんでしょ?」

 「ご想像にお任せするよ」

 訝し気に顔を覗き込む辻にも動じず、涼しい顔をして小野寺は答えた。

 新宿駅の改札から移動し寿司の食べ放題に行くと、辻は次から次へと寿司を頼んで平らげていった。小野寺は昨日のファミレスでの辻の食いっぷりを見て、食べ放題を選択したが大正解であった。

 寿司の食べ放題が終わると、喫茶室に向かい小野寺はアイスコーヒー、辻はアイスティーとチョコレートケーキを頼んだ。ウェイターが注文を受け、厨房へ向かっていくと辻が口を開いた。

 「あのさ、毎回ご飯奢ってくれんの?どこか後ろめたさとかあるの?」

 「いや、ないよ。強いて言うなら俺の趣味かな?」

 小野寺は、エソロジー(動物行動学)の『動物は嫌いな相手とは食事しない』の応用で、逆に一緒に食事を取ることで相手に安心感を与えようとするヒューミントテクニックを実施しているのだが、知られたくないために適当にはぐらかした。

 「はぁ?食べてる姿に興奮してるの?キモい!」

 辻から汚物を見るような視線を向けられた小野寺は淡々と返す。

 「まぁ、どう捉えて頂いても構わないが、食べ物をおいしそうに食べる女の子ってかわいいもんだろ?」

 「はぁ!?ばっバカじゃないの!?ほら、いやらしい目で見てる!最低!」

 今にも火を噴き出しそうな真っ赤な顔をして辻はいった。

 「では、本題に入ろう」

 辻のリアクションを気にせず、小野寺は仕切り直した。

 「高校生になってから、楽しかったことってある?」

 「雑!」

 小野寺のあまりにもザックリとした質問に辻は間髪入れずに突っ込んだ。

 「例えば、誰かとどっか行って楽しかったとか?」

 辻はうーんと言いながら、記憶のストレージを漁り始めた。

 「碧と真紀とお台場に行ったことかな?」

 「なるほど、小島と石光とね。その話詳しく」

 小野寺が詳細を話すよう促すと、辻はそのまま続けた。

 「まあ、色々見て回ったんだけど、その間、真紀は色々と気を利かせてくれて、お母さんかよって突っ込みたくなった。」

 なるほどと小野寺は頷く。

 (…これは勘の鋭いやつだな。石光に目を付けられると厄介だ)

 「あとはゲームとかで遊んだんだけど、碧は負けず嫌いでね。妙に色々なゲームに詳しかったんだけど、ゲーマーだったのかな?とにかく、自分が勝ちたいって欲求が強くて、最後の方はお母さんな真紀がアイコンタクトしてきて接待プレイの開始。それもそれで楽しかったわ」

 「ほほう。それでそのまま接待プレイを続けたわけ?」

 「そんな感じね。結構、人の言うこと聞かない感じかな?碧は」

 小野寺は過去にどのようなことがあったのかを聞き出し、誰がどのような行動を取ったかで、その人物がどのような思考の持ち主かを想定していく。

 インテリジェンスの世界では『人柄を知るのに、茶なら1年、酒なら1ヶ月、賭博と性交渉ならば1時間』といわれている。それに加えてゲームなども一緒にすることによって、短い時間で相手の思考パターンが見えてくることもある。ゲームをしているときの行動を聞けたのは収穫であった。

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