第2話 破滅の足音

 ミランダの出張襲撃イベントが終わり、いつもの日常を取り戻したはずの砂漠都市ジェルスレイムに轟音が響き渡る。

 そして機能停止状態の双子、キーラとアディソンを収監した魔法のおりせた荷馬車の荷台が激しく燃え上がったんだ。

 荷台を包み込む業火によって焼き切れた綱につながれていた2頭の馬たちがいななきながら逃げ去っていく。

 突然の火の手に僕は驚いて尻もちをついてしまった。


「うひぃ!」


 そんな僕の両隣にミランダとジェネットがかがみ込む。


「何ビビッてんのよ! しっかりしなさい。アル!」

「アル様。そのまま姿勢を低くしていて下さい」


 2人はそれぞれ僕の肩に手を置いて頭上を見上げた。

 そしてジェネットが大きく声を張り上げる。


「上空から敵襲です!」


 彼女の声に従って僕も視線を頭上に向けた。

 すると上空には羽を生やした人型のNPCが旋回していたんだ。

 僕は目を凝らしてその人影を見つめる。

 そんな僕の隣でジェネットがいぶかしむような声を漏らした。


「あれは……獣人です。猛禽もうきん族ではないでしょうか」


 ジェネットの言う通り、それは確かにアビーのような獣人の中でも猛禽もうきん族と呼ばれる鳥型のNPCで自在に空を飛べる種族だった。

 で、でもどうして僕らを襲うんだ?

 僕が目を白黒させていると、その猛禽もうきん族は魔法による火炎放射を地上に向けて連続で放つ。

 再び轟音が響き渡った。


 だけど奇妙なことに、どうやら女性らしいその猛禽もうきん族は僕らをねらうのではなく、双子が収監されている荷馬車だけに火炎放射を浴びせていたんだ。

 いつでも反射魔法である応報の鏡リフレクションを展開できるよう準備をしていたと思しきジェネットが、ハッとして声を上げた。


「恐らくあの猛禽もうきん族は双子をゲームオーバーにさせて、この場から逃がすつもりです」


 そう言うジェネットの背後では、業を煮やしたミランダが上空に向けて闇閃光ヘル・レイザーを放つ。


「いい加減にしろ! この鳥女!」


 残り少ない魔力で撃ち放った闇閃光ヘル・レイザー猛禽もうきん族の片翼を見事に貫いた。

 猛禽もうきん族はバランスを崩してキリキリ舞いしながら地上に落下し、僕らの前方数メートルの地面に激突した。

 すぐさまミランダは亡者の手カンダタを発生させ、猛禽もうきん族の女性を拘束する。


「チッ! 面倒くさい。おかげで魔力使い切りよ」


 苛立いらだった声を上げるミランダの目の前で、猛禽もうきん族は無数の黒い手に押さえ込まれながら、なおも激しく抵抗しようとしている。

 その口からは意味不明な声が漏れていた。

 ど、どう見ても普通じゃないぞ。

 獣人はアビーのように人の言葉を話せる種族なのに……。


【正気を失っているな。誰か拘束具を持ってきて捕縛してくれ】


 神様がそう言うと、近くにいたブレイディが自分のアイテム・ストックから拘束用の強化ロープを取り出した。

 だけどその時、ミランダが驚いた声を上げた。


「な、何よコイツ!」


 見ると亡者の手カンダタに捕らえられている猛禽もうきん族の体にモザイクのような空間の揺らぎがまとわりついている。

 僕は思わず声を失って息を飲んだ。

 あ、あれは……。

 僕はおそらく相当に青ざめた表情をしながらジェネットと顔を見合わせた。


「アル様。あの現象は……」


 彼女の顔も驚愕きょうがくに染まっている。

 僕とジェネットは知っているんだ。

 あのモザイク現象は僕らから友達のアビーを奪い去ってしまったものであることを。

 そんな僕らの目の前で、猛禽もうきん族の女性はモザイクに飲み込まれて消えてしまった。


「き、消えた……」

「ど~なってるの?」


 事態を見つめるブレイディとエマさんは愕然がくぜんとし、すぐに神様を守るようにその前に立った。

 ミランダだけは落ち着きを取り戻して僕を振り返ると、整然と口を開く。


「アル。あれがあんたが言ってたやつ?」

「……うん。同じ現象だと思う」

「ミランダ。注意して下さい。あれに触れると私たちの身体的プログラムが溶解してしまいます」

「フンッ。要するに消えるってことでしょ」


 戦慄せんりつする僕の目の前で、激しい炎に巻かれた荷馬車の荷台が音を立てて崩れ落ち、そこに積載されていた魔法のおりが地面に放り出される。

 おそらく先ほどの猛禽もうきん族の女性は炎系の魔法が得意だったんだろう。

 火の勢いが強すぎてとても荷馬車には近寄れない。

 魔力を施された魔法のおりは業火にも溶け落ちることなく形を保っていたけれど、あれでは中に残された双子はひとたまりもないぞ。


「アル。あのままじゃ、あの双子、丸焼きよ。ま、いい気味だけど」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないよミランダ」


 だけど今から消火しようとしてもとても間に合わない。

 地下空洞でタリオのへびが吐き出した氷の吐息の威力は相当なものだったらしく、うず巻く炎の中にあって双子を包み込む氷は溶けずに耐えていたけれど、ついにそれも限界だった。

 双子の体を凍てつかせていた氷が溶け落ち、激しい炎に身をさらされたキーラとアディソンのライフが一気にゼロになる。

 ああっ!

 ゲームオーバーだ!

 これじゃあ双子を運営本部に連行できない。


 事態を止めることも出来ずに見守るしかない僕らの目の前で、双子の体が光の粒子となって消えて……えっ?

 僕は思わず目を見張った。

 消えていくはずの二人の体が激しいノイズを発しながら、揺らぎ始めたんだ。

 その様子にミランダも思わず顔をしかめる。


 それは先日、やみ洞窟どうくつでミランダが双子を倒したときに発生した現象と同じものだった。

 その時はキーラもアディソンもそのまま不自然な形で消えてしまったんだけど、今回は様子が違った。 

 ノイズを発生させて消滅するキーラとアディソンの体から発された光の粒子は、鉄格子の隙間すきまから抜け出ると、燃え盛る荷馬車の前方に集約されていく。

 消えていくはずの2人のデータが……1つに交じり合っていく。


 それはひとつの人影へと形作られていった。

 体中にモザイクとノイズの揺らぎをまとい、そこに現れた一人の女性に僕は息を飲む。

 血のような色の真紅のローブを身につけたその女性の真っ白な長い髪は美しく、整った顔立ちをしているけれど、うつむき加減からこちらを見るその目には一切の生気が感じられない。


「セ……セクメト」


 そう。

 そこに現れたのは聖岩山せいがんざんで僕とジェネットを苦しめ、アビーを消してしまった恐るべき相手、セクメトだった。

 そ、そんな……どうして双子からセクメトが?

 混乱と戦慄せんりつが背すじを駆け登って脳髄のうずいしびれさせる。

 僕は反射的に叫び声を上げた。

 

「み、みんな! すぐ逃げ……」


 だけど僕が発した声は、セクメトが大きく口を開けて放った奇怪な音によってかき消されてしまった。


『ィィィィィィィ……キァァァァァァァァァッ!』


 それは声というにはあまりにも異質で異様で聞く者の脳を直接揺さぶるような衝撃的な音の波動だった。

 そしてセクメトがその声を発した途端、その体から無数のモザイクが四方八方に向かって放射されたんだ。

 

「あああっ!」

「アル! 伏せなさい!」


 ミランダが咄嗟とっさに僕の頭をつかんで地面に伏せる。

 ジェネットも同様に地面に素早く伏せた。

 僕らの頭上をモザイクが通り抜けていく。

 それは避けようもない最悪の破壊行為だった。

 

 その場にいた懺悔主党ザンゲストのメンバーたち、レストランの店員たちや一般市民のNPCたち、そして建物から街路樹に至るまでこのゲームの要素の一つ一つがモザイクを浴びて無慈悲に消えていく。

 その破壊行為は神様を守ろうと立ちはだかっていたエマさんやブレイディにも及んだんだ。

 ジェネットが叫び声を上げる。


「エマさん! ブレイディ!」

 

 モザイクを浴びたエマさんは左足を失い、ブレイディは右足を失った。

 2人はバランスを崩してその場に倒れてしまう。

 そして彼女たちが守ろうとしていた神様はモザイクをその全身に浴びてしまったんだ。

 猟犬姿の神様はモザイクに包まれていく。


【む、無念……】


 な、何てことだ……。

 か、神様が……神様が消されてしまった。

 予期せぬ事態に僕は愕然がくぜんとして言葉を失う。

 破壊のうずが容赦なく僕らを巻き込んでいったんだ。

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