第12話 明かされる出生の秘密

 IRリングによって吸収されたアビーのワクチンが僕の体内に浸透し、氷の力で再構築された僕の右腕は乳白色のそれへと変化した。

 僕は確かめるようにその腕を動かし、拳を二度三度と握ってみる。

 それまでの腕と同様に自分の意思で自在に動かせるぞ。

 そして腰に下げたさやからタリオを抜いて右手に握ってみた。

 すると先ほどまでの氷の腕と同様の乳白色へと変わる。

 よし。

 いけそうだ。


【ここまでの傾向を見ると、おまえがその力を行使する手段はタリオで斬りつける、へびに噛みつかせる、へびの吐息を吹きかける、IRリングの不可視エネルギーを使う、の4種類だったな。試してみろ】


 そう言う神様にうなづいて僕はまずIRリングの力を使い、乳白色の妖精を生み出してそれをジェネットに投与する。

 だけどジェネットの不調は治まらず、それを示すように彼女のステータスは低下したままだった。

 同じようにへびの吐息を吹きかけてみてもジェネットは一向に回復しない。


「そんな……このやり方じゃダメなのかな?」

【次の手段だ。へびによる噛みつきとタリオでの斬りつけを試してみろ】


 それはジェネットに少し痛い思いをさせてしまう方法だから、あまり気乗りはしないんだけど、苦しんでいる彼女を救うために僕はそれらの手段を試してみた。

 それでも事態は思うように進まなかったんだ。

 ジェネットの二の腕にへびの牙を立ててワクチンを注入しても、タリオの切っ先で軽く傷をつけても彼女の不調を治すことは出来なかった。


「や、やっぱりダメなんじゃ……」

【むう。何かが足りないのか】


 悄然しょうぜんとする僕と神様の目の前で、ふいにジェネットが声を上げた。


「ア、アル様。腕が……」


 彼女にそう言われて自分の腕を見た僕は思わずまゆを潜めた。

 乳白色だった右腕が肩口の辺りから徐々に変色し始めている。

 その色は僕の元々の肌の色であるペールオレンジというカラーだった。


「な、何だ?」


 本当に少しずつだけど、僕の腕は上から下へと指先に向かって、乳白色からペールオレンジへと徐々にその色を変えていく途中だった。

 まるでまゆから脱皮するかのように。

 そんな僕の様子を注視しながら神様は何かの答えを得たようだった。


【なるほど……ワクチンがネオ・ワクチンに変化するための熟成期間が必要なのかもしれん。その腕が全て変色し切った後でもう一度試してみるか】

「で、でも時間が……」

【分かっている。懺悔主党ザンゲストのメンバーもそろそろ作業を完成させるだろうし、我々は先に地上へ向かうぞ。移動の間に腕が完全に変色を遂げるかもしれんし、話すべきことが山ほどある】


 そう言うと神様はブレイディを呼び寄せ、彼女の薬液で僕とジェネットは再びフェレットの姿になった。

 これでメイン・システムを通さずともフェレット同士、直接神様と話せるぞ。


 そして僕らは地下空洞から地上を目指して小さな穴を登り始めたんだ。

 ジェネット、神様、僕の順に小さな体で穴を地上へとい登っていく 。

 アリアナや双子もブレイディが小動物化して地上へ運び出してくれるみたいだ。

 地上に出たら、アリアナは救護班に保護され、双子は運営本部に連行されることになる。

 そして穴を登り始めてすぐ、神様はある情報を僕らに教えてくれた。


「このゲームの運用を始めて何年になるか分かるか? 来月で10年目に突入する。開発期間を含めるとおよそ13年ほどになるな。そのプロジェクト開発段階の時期に黒幕の奴が運営会社に入社したんだ」


 そうなのか。

 以前の僕は所属するやみ洞窟どうくつのボスであるミランダが倒されると自分の記憶がリセットされる仕様だったため、自分がいつからこのゲームの中に存在するのかハッキリとは分からない。

 でも自分のいるゲームにそれだけの歴史があるというのは、素直に嬉しいことだった。

 数多くのプレイヤーが遊んでくれたのだと思うと感慨深いものがある。

 だけど、そんな僕の感慨を吹き飛ばすようなことを神様が言ったんだ。


「双子を操る黒幕はな、おまえを作った人物なんだ。アルフレッド」


 ……えっ?

 ……い、今なんて?

 僕は神様が何を言っているのかよく分からずに、言葉を失った。

 そんな僕の反応も当然だと言うように神様はうなづきながら話を続ける。


「奴がまだ新人だった頃の話だ。当時はこのゲームの開発中でな。奴はNPCの中でもモブキャラを作成する業務を割り当てられていた。まあ新人の仕事だな」


 街の住人や僕みたいな下級兵士、要するにその他大勢の脇役を作成する仕事だ。


「そ、そこで僕も黒幕に作られたってことですか」

「そうだ。私がサブリーダーを務めるそのプロジェクト・チームで黒幕の奴は最初の仕事をスタートしたんだ。奴は新人の中でも能力的にずば抜けていてな。もっと高度な仕事を与えるべきという意見もあったが、当時のリーダーが新人は例外なく基礎からやってもらうという方針を持っていた。私もその考えに賛同して奴に作業を指示したんだ」


 双子を操りアリアナを苦しめた黒幕が……僕の生みの親だったなんて……。

 僕はなか茫然ぼうぜんとしながら、自分が生み出される前の話に引き込まれるように聞き入った。


「ゲーム開発時期のプロジェクト・チームは昼も夜もないほど作業に忙殺される。来る日も来る日も単純作業ばかりさせられて、能力の高い黒幕の奴には苦痛な時間だったろう」


 一番先頭で穴の中を進み続けるジェネットも、僕同様に神様の話に聞き入っている。


「そんなある日、奴が問題行動を起こして私が厳重注意を与えたことがあった」

「問題行動?」

「日々の単調な業務に飽き飽きしていた奴は、自身が担当して作成したNPCたちに独断であるプログラムを搭載したんだ。それは当時、奴が個人的に開発していた成長因子グロス・ファクターというものだった」


 成長因子グロス・ファクター

 聞いたことないな。

 僕はそれが何を意味するのか分からず、神様の話の続きを待つ。


「当時からこのゲームは主要なNPCに限って一定の自我を持ち、自分で考えて行動するというシステムが売りだったが、これをしのぐ自立性を端役のNPCたちに与えたのが黒幕だったんだ。だが当時の奴が作ったシステムはまだ出来が粗くてな。その結果、テスト稼働の際に脇役のNPCたちが身勝手な行動を取るようになり、テストは失敗に終わった。勝手な行動が露見した黒幕本人はもちろん、監督役だった私も当時のリーダーから大目玉を食らったよ」

「そ、その身勝手な行動を起こしたNPCたちの中に僕が含まれていたってことですか?」


 僕の問いに神様は首肯した。

 そうだったのか。

 当然、開発段階のことなので僕にその記憶は残されていない。


「奴が作り出したNPCは全員クリーニングを受け、そのプログラムを外されて元に戻った。おまえも含めてな。だが……私は今もおまえの中にはそのプログラムが残されているんじゃないかと考えている。何かしらの原因でおまえからプログラムを外し切れなかったんじゃないか、とな」


 神様の言葉を噛み締めるように考えながら僕は黙って歩き続けた。

 僕の代わりにジェネットがたずねる。


「アル様が手にした タリオやIRリングが独自の変化を遂げたのは、その成長因子グロス・ファクターの影響ということですね。でもアル様も定期的なメンテナンスは受けてきたはずなのに、なぜその成長因子グロス・ファクターは発見されなかったのでしょうか」


 確かにその通りだ。

 一般NPCの僕はミランダやジェネットほど精密な検査は受けないけれど、それでも定期的なメンテナンスに合格してきた。

 その問いに神様は静かに答える。


「これは推論だが……最初の開発からゲームが実際に稼動し始めるまでの間に年月が経ってしまったために、成長因子グロス・ファクターがアルフレッドの体内で深く結びついてしまい、一体化してしまったために発見できなかったのかもしれん」


 僕を作り、成長因子グロス・ファクタープログラムを与えた黒幕。

 その事実は僕に複雑な思いを抱かせた。

 卑劣な手段でアリアナを傷つけた憎むべき敵が、自分を生み出してくれた人だったなんて。


「く、黒幕はそのことを知っていて、僕のことを危険人物だと報告書に書いたんでしょうか?」

「いや、報告書にあのような書き方をしているということは、おまえを作り出したこと自体覚えていない可能性もある。何しろ多忙極まる業務の中のほんの一作業に過ぎないからな。数知れず作成したNPCのうちの1人のことなど忘れてしまっていても何ら不思議ではない」


 確かに報告書の書き方を見る限り、僕のことを覚えているわけじゃなさそうだ。


「だが、その成長因子グロス・ファクターがあったからこそ、無力な下級兵士だったおまえが双子を倒すほどまでに成長した。タリオやIRリングを進化させてな。そう考えるのはさほど不自然なことではあるまい?」


 そう言う神様の言葉に僕はうなづいた。

 そうだ。

 僕はもうミランダの見張り役をしていただけのあの頃とは違う。

 少しの戸惑いと不安が僕の胸に広がる。

 でもこの変化を受け入れよう。

 過去の経緯はどうあれ、僕は実際に今、力を手にしている。

 あの頃と違って僕には何人も友達が出来た。

 その友達のために使える力なら大歓迎だ。


「アル様。地下空洞の領域を抜けましたので、メイン・システムの通信が全面的に回復しました。ミランダの様子を確認しましょう」


 ふいにそう言うジェネットの声に僕と神様は立ち止まった。

 そして皆で各々のメイン・システムを起動する。

 このゲームに存在しないはずの地下空洞は、外部との無線通信が不可能なようで、すぐ近くの相手のメイン・システムにはアクセスできても、地上の様子を見ることが出来なかった。

 双子のアジトだけは有線による通信網が整備されていたために、ミランダの戦いを見ることは出来たけれど。


 果たして僕らのメイン・システムは地上のオアシスの様子を映し出してくれた。

 よかった。

 これでミランダの様子を確認できるぞ。

 だけどモニターが繋がった途端、僕らの耳に飛び込んできたのはブゥ~といううず巻くような観衆からのブーイングだったんだ。

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