第14話 消えゆく星の光

 夜が深まり、無数の星が輝きを放ちながら夜空を少しずつ移動していく。

 聖岩山せいがんざんの山頂でジェネットと過ごす夜は楽しくて、あっという間に時間は過ぎていった。

 アビーの作業も順調に進んでいる。

 彼女は作業に没頭し過ぎてしまうため、時折ジェネットが半ば強制的に作業を中断させて休憩を入れさせていた。

 そうこうするうちにもう夜明けが近づいている。

 そんな満天の星空の下、僕とジェネットは話を続けていた。


「砂漠都市ジェルスレイムでの一件の後、アリアナに直接連絡してみたのですか?」

「うん。あれからアリアナに何度もメッセージを送ってみたんだ。でもまったく返信がなくて……」

「そうですか……。アル様には辛いお話だと思いますが、アリアナはすでに双子によって自我を奪われているかもしれません。そうだとするとアル様からのメッセージも双子に握りつぶされている恐れがありますね」


 ジェネットの言葉に僕は思わずくちびるを噛んだ。

 それじゃあまるで奴隷どれいみたいじゃないか。

 アリアナの置かれた苦境を想像し、僕は暗澹あんたんたる気分を覚えた。

 せっかく望んでNPCになったのに、以降の彼女は辛いことばかりだ。

 僕はアリアナの笑顔を思い返した。

 自分がプレイ出来なくなった後もNPCとしてアリアナが生きられると喜んでいた彼女の顔を。

 あのときの嬉しそうな顔を思い出すほどに、現状が悔しくて僕は拳を握りしめた。

 そんな僕の拳にジェネットはそっと手を当てて言う。


「アル様。アル様とて苦境の時はありましたよね。楽しい時ばかりではなかったはずです。それを乗り越えられたのは何よりもアル様があきらめずに力を尽くしたからではないですか? アリアナにとっては今がその時なのだと私は思います」

「で、でも僕にはジェネットやミランダがいてくれたから……」

「私やミランダがアル様と共にあるのは、アル様の頑張りあってこそでした。アル様のそうしたお人柄がなければ私もミランダも手助けはしなかったかもしれません」


 ジェネットは一点の曇りもない目をこちらに向け、澱みのない口調で言った。


「我が主から話は聞いています。ミランダを救うためのワクチン・プログラムがアリアナを救う決定打になるかもしれないということ。仮にそうならなかったとしても、アリアナを双子から取り戻せれば、きっと元の彼女に戻すことが出来るはずです」

「ジェネット……ありがとう」


 ジェネットのおかげで僕はだいぶ救われている。

 僕が隣に彼女がいてくれることの心強さを噛みしめながら星空を見つめていると、ふいにジェネットがつぶやきを漏らした。


「……おや?」

「どうしたの?」

「いえ、何か星の瞬きが揺らいでいるような……」


 そう言うジェネットに僕も目を凝らして空を見つめる。

 すると確かに彼女の言う通り、さっきまで煌々こうこうと輝いていた無数の星の光が急に弱くなったり明滅を繰り返したりと不安定な様子を見せている。


「最初は目の錯覚かと思いましたが……」

「何だろうね。せっかく綺麗な星空だったのに」


 僕らがそう言っていぶかしんでいる間にも、星の光は揺らぎ続け、すぐに劇的な変化を見せたんだ。


「えっ……」


 星の光が次々と消えていく。

 少し前まで満天の星空だったのに星明かりの消えた空は暗闇に覆い尽くされていった。

 明らかな異変に僕とジェネットはすぐさま身を起こす。

 ジェネットは手元に置いたランタンを引き寄せて明かりを灯した。

 すぐに周囲が明るくなり、ジェネットはそれをかざして周辺の様子をうかがおうとしたんだけど、どういうわけかランタンの灯りはすぐに消えてしまったんだ。


「あっ……」


 辺りは再びやみに閉ざされ、わずかにアビーが操作するタッチパネルの明かりだけが薄い光を放っていた。

 僕は先ほどからの目まぐるしい明滅によって目がチカチカする中、幾度も目をしばたかせながらジェネットにたずねた。


「ジェネット。ランタンの故障?」

「……いえ。ランタンそのものが消失してしまいました」

「へっ?」


 僕はジェネットの言葉の意味が分からなかったけれど、そのことをそれ以上考えることは出来なかった。

 なぜならふいにジェネットが僕の腕をつかんで引っ張ったからだ。


「アル様!」

「うわっ!」


 ジェネットはそのまま僕の体を自分のほうに引き寄せた。

 僕は彼女の胸元に抱きすくめられるような格好で草の中に倒れ込む。


「うぷっ。ジェ、ジェネット?」


 頬に押し付けられる彼女の胸の柔らかさと甘い香りに戸惑いながら僕が声を漏らすと、ジェネットはそんな僕の口を手で押さえ、声を押し殺しながら言った。


「お静かに。何者かにねらわれています」

「えっ?」


 僕は驚きの声を必死に噛み殺し、ジェネットと共にその場で息を潜めた。

 やがて目が暗闇に慣れてくると、僕は周囲の光景に絶句した。

 さっき僕らが寝ころんでいた辺りの地面がごっそりとえぐられて無くなっている。

 ど、どういうこと?

 僕とジェネットが倒れ込んだ時、辺りは静寂に包まれていて何の衝撃も爆発もなかったはずだ。

 なのにどうしてあんなふうに地面がえぐり取られているんだ?

 僕は困惑して思考を右往左往させるけど、すぐにその恐ろしい現象を知ることになる。

 それは音もなく僕の足元すぐ近くの地面をえぐり取ったんだ。


「ひぐっ」


 僕は思わず声を漏らしそうになり、ジェネットが咄嗟とっさに僕の口を押さえる手に力を込める。

 僕は暗闇の中で確かに見た。

 足元の地面にモザイクのようなもやがかかり、それが草地の地面を消失させてしまったのを。

 それはまるで分解されて跡形もなく溶かされてしまったのような現象だった。


「ここは危険です。急いでアビーの元へ」


 ジェネットは僕にしか聞こえないようなささやき声でそう言うと僕の腕をつかんで駆け出した。

 僕はほとんどジェネットに引きずられるようにして必死に草原を駆け抜ける。

 後ろからまるで僕らを追うようにして不思議なモザイクが次々と地面をえぐり取っていく。

 な、何なんだコレは!

 未曽有みぞうの事態に恐怖と混乱で心を支配されかける僕だったけど、ジェネットは決して我を失うことなく僕を引っ張ってアビーの元へ向かう。


「でもこのまま向かうとアビーも危険なんじゃ……」

「敵が私達だけを狙っているという確証がない以上、アビーを1人にはしておけません。あの子は作業に没頭すると周りが見えなくなるところがありますから」


 そ、そうか。

 もしこれが無差別攻撃ならアビーも危ない。

 僕らが向かう先ではジェネットの言葉通り、アビーがこの異常事態に気付くこともなく巨大樹のタッチパネルに向かって作業を続けていた。

 それはもう夢中で、僕らがアビーの元にたどり着き、ジェネットがその肩を激しく揺らすまでまったく気がつかなったほどだ。


「あれ〜? お楽しみの時間は終わったのですか〜?」

「そんなノンキなことを言っている場合ではありません! 敵襲です!」


 ジェネットにピシャリと叱りつけられて首をすくめるアビーに僕は必死に呼びかける。


「アビー。すぐに作業を中止して避難しないと危ないんだ!」


 だけどアビーは顔を曇らせて首を横に振る。


「ダメです〜。今は解析中でして〜作業を中断するとまた一からやり直しなのです〜。朝までに間に合わなくなってしまうのです〜」

「そ、そんな……」


 困惑する僕の後ろではジェネットが何らかの気配を感じたようで、背後を振り返ると神聖魔法の詠唱を始めた。

 これは僕もよく知っているジェネットの得意魔法だ。


「人を呪わば穴二つ! 応報の鏡リフレクション!」


 キラキラと白い光を放って輝く大きな鏡が僕らを守るように展開される。

 これは相手の魔法を跳ね返すジェネットの特殊スキルだ。

 で、でもあの変なモザイクって魔法なのか?

 ふとそんなことを考えながら僕は視界の中に人影を認めて思わず目をしばたかせた。


 ジェネットの応報の鏡リフレクションが放つ光が照らし出した夜空の中、ひとつの人影が宙に浮かんでいる。

 ジェネットもすぐにそれを発見したようで、応報の鏡リフレクションを展開したまま頭上に注意を向けた。


「あれは……女性のようです」


 僕には人影程度にしか見えなかったけれど、ジェネットの目はそれが女性キャラであることを認識していた。


「どうやら向こうはたった今、こちらを認識したようですね。やはり先ほどの攻撃は無差別に行われていたようです。理由は分かりませんが」


 そう言うジェネットは応報の鏡リフレクションを展開したまま、右手で懲悪杖アストレアを握りしめた。

 すると人影が上空からスッと降りてきて数十メートル先の草地に降り立った。

 途端に草地がフワッとした風にあおられる。

 そしてその人影がゆっくりとこちらに近付いてくると、ようやく僕にもそれが女性であることが分かった。

 だけど……その姿はあまりにも異様だった。

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