第四十六章

始まりのためのエピローグ

 ※ ※ ※


 ちゅぱちゅぱと、音を立ててナモミはソレにしゃぶりついていた。その様だけを見ると、幼児のソレにも見えなくもない。

「ナモミ様、いつまで一人でしゃぶっているのですか。そろそろ私も欲しいです」

 そんなところを横からプニカが小突いてくる。何をそんなに急かしているのかが分からない。

「せやで、ナモナモ。うちの分も残してな」

 キャナまでも押し寄せてきた。そんなに取り合うもんじゃないと思うのだが。第一、数が足りていないだろう。もう一度この場で出せとでもいうのか。

「ん……んん、ふぅ……らって、おいひぃんらもん……」

 口元を白くどろどろと汚した顔で、とろけそうな表情を浮かべる。俺のが大層お気に召した様子が見てとれる満足の笑みだ。

「へぇ~……そんなにいいんス? それならボクも頂きたいッス」

 興味を示してもらえるのは悪い気はしないが、お前らこれが本来はお前らの食べ物じゃないってことを忘れていないか?

「それにしてもゼックンも凄いなぁ、こんなに沢山作れるやなんて」

「これも子孫繁栄のためだ」

 自分でもまさかこんな量になるとは思ってもみなかったが。

「いい心がけッスね!」

「はぁ~ゼクのミルク、本当になかなかの出来映えね」

「お前もそろそろその哺乳瓶を手放したらどうだ?」

 まるでお前が赤ん坊みたいじゃないか。

 子供が生まれたから料理プログラムで乳児用ミルクの構成をもう一度見直そうとした結果がコレか。ちょっと味の調整を確認してもらいたかっただけなのだが。

「これくらいに調整できれば十分か?」

 栄養や液体の濃度、またアレルギー成分など、普通の食事に比べるとなかなか気を遣うところが多い。それだけでも苦労したが、他にも子供にとって安心できるデザインの哺乳瓶まで検討し始めたら随分と時間を食ってしまった。

「そうですね。このまま採用できそうです」

「ふぅ……料理も楽じゃないな」

 よくもまあナモミは材料からの調理などという古代式の料理を振る舞えるというもの。日頃のナモミの苦労も垣間見たように思う。

 最近はある程度のレパートリーが固まっているようで、自動調理システムも活用しているみたいだが。それでも、登録されている料理が元々はナモミの手作りであるという事実には変わりない。

「ゼックン、うちにも哺乳瓶出してぇな」

 まったく、この母親ときたら、子供の飯を取り上げる気か。まあ、ちょっと余計に量を作ってしまったから多少なり消費したところで困ることもあるまい。

 さて、うちの息子はといえば、今のところ、ナモミのベッドの傍らですやすやと眠っている。無菌カプセルベッドの中、とても心地よさそうだ。生後からもう早いもので五日ほど経っている。

 驚くほど小さい。こんなに小さいものなんだな。それはまあ、生まれたばかりだから当然のことなのだが。思えば、俺は赤ん坊というものを目の当たりにしたことはなかったのか。

 最初の第一子ということもあり、エメラたちによる細心にして丁重なる検査を幾度と行い、診断結果は健康そのものだそうだ。そうでなくては困る。

 一番懸念していた寿命の問題に関しても特に影響はないそうだ。ごく一般的な人類と同等の寿命になるとエメラも言っていた。自分の子が真っ当に生きていけると分かっているのならこれほど嬉しいことはない。

「ゼクラさん、またニヤけてるッスよ」

 ニヤニヤ顔でエメラに言われてしまった。そんな変な顔しているのだろうか。気を引き締めていないとすぐに緩んでしまうらしい。これはもう、しばらく気をつけないとならないな。

「サクラ、かわええもんなぁ~」

 キャナがカプセルを上から覗き込む。それについては強く同意せざるを得ない。うちのサクラは、この宇宙で最も愛しい存在であることを否定できまい。今の発想は少し、親バカかもしれないが。

「あっ、今お腹蹴りました! 私、産まれるかも!」

「いや、プニカ先輩、陣痛もまだじゃないッスか。気が早いッスよ」

 またえらく興奮気味のプニカをなだめるべくエメラが諭す。このやり取りも何度見たことか。

「名前は、もう決めたのか?」

「はい。やはりゼクラ様の考えて下さったポメラにしようかと思っています。女の子ですから、とてもよく似合っているかと」

 お腹を優しくさすりながら、おだやかな顔をこちらに送る。プニカもこんななりではあるが、母親らしくはなってきてはいるらしい。親になるというのはこういうことなのだろうか。

「うちも、ゼックンの考えてくれたマユリちゃんにするつもりや。女の子やしな、えへへ」

 うっとりと俯き、撫でるようにお腹を撫でてキャナが言う。あれだけ自分で候補を考えたとか言っておきながら結局俺の考えた方の名前を採用するんだな。考えた甲斐があったとも言えるが。

「なんだか『ノア』が女の子だらけになっちゃったね」

 哺乳瓶を手放したナモミがフッと息をもらして言う。満足したのだろうか。

「それを言い出すと、比率は元々そんなもんだと思うが」

 思えば、俺がこの『ノア』で目覚めたときは、俺とナモミとプニカしかいなかった。そこへキャナが加わってきたが、それでも男は俺たった一人だけ。

 果たして人類は繁栄できるのだろうか。そう思い悩んできたものだ。無謀なものに立ち向かっている。自棄な活動なんじゃないかと思っていたりもした。

 しかし、こうして今、新しい命が増えている。まだまだささやかな数であることは分かっている。だが、それでも、俺たちの踏み出した一歩は未来へと繋がっている。そう、確信できる。

 これからまた、沢山の大きな障害も待ち構えているだろうが、今はそれを無謀なんだとは考えていない。乗り越えられる障害なんだと思ってさえいるくらいだ。

「せやったら、ゼックン。もっともっと赤ちゃん作ろうなぁ」

「私も、ゼクラ様の赤ちゃん、欲しいです!」

「……あたしも」

 未来のことは未来になってみないと分からないことだが、今、目の前にある幸せを、より遠い未来まで残すために、俺にできることはあるはずだ。

 まあ、どうにも少々節操のないように思われてしまうかもしれないが、そこの辺りは口調を強めて言いたい。俺は、そう、この宇宙の果てで、この銀河の中で、プラトニックに生きていくつもりだ。

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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ 松本まつすけ @chu_black

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